2&3 水咲編
前編 水咲月は本物になりたい
第34話 オタは知らぬうちにフラグが立っている
プロローグ――
目の前の少女はつば広の帽子を取り、俺と雷火ちゃん達にその不敵な笑みを見せた。
「えっ?」
「げっ……」
「久しぶりですわね、このオタメガネ」
「メガネかけとらんわ!」
反射的にツッコミが出てしまった。
この唐突なオタクいじり。やはり……。
「まさか本当に君なのか……
俺は目の前にいる金髪縦ロールの少女に戦慄する。
「ウフフフ、よくもアタシのこと捨ててくれやがりましたわねオタメガネ」
少女は会いたくて会いたくて、一日千秋の思いで待ち焦がれたと言わんばかりの攻撃的な笑みを浮かべる。
「ま、まさか
◇◆◇
時間は、伊達家お泊りから数日前に遡る。
ガラステーブルを挟んで話す、熟年の男性二人。
テーブルの上にはブランデーのグラスが置かれており、琥珀色の液体の中にまん丸の氷が揺れる。
ソファーに腰掛けているのは和服姿の強面、伊達家当主、
その対面でグラスに酒を注ぐ、細身の体躯にスーツ姿、30代といっても通りそうな、やり手ビジネスマン風の男。大手アミューズメントメーカー【
「しかし、お前の部屋はいつ来ても散らかっておるな……。外にいるメイドとやらに掃除させたらどうだ?」
剣心は整理はされているものの、フィギュアやカード、携帯ゲーム、プラモデルなど、幼児向けから大人向け問わず玩具だらけの部屋を見回す。
「玩具メーカーの社長ですからね。
「全くいい歳した大人が……後任はおらんのか?」
「今のところは。水咲は死ぬまで僕が社長ですよ。その後は継ぎたい人が継げばいいんじゃないかと」
「相変わらずいい加減だな。責任感が足らん」
「ハハハ、僕が一番嫌いな言葉ですね」
剣心はそれでよくやると呆れた視線を寄越す。
「それで伊達さん、こうして高いお酒を持って僕のところに来たんですから、何かあるのでしょう?」
「うむ……最近困ったことがあってな」
「困ったことですか? 珍しい、貴方に解決できないことがあるんですね」
「娘のことだ」
そう言うと遊人は得心したように頷く。
「なるほど、それはお金ではどうにもならない。反抗期ですか?」
「うちの娘が反抗期になどなるわけがないだろう!!」
テーブルをドンと叩き怒鳴る剣心。遊人は剣心が、超のつく親バカなのを忘れていたと後悔する。
しかし彼の怒りは一過性で、すぐに収まるともとの強面へと戻る。
「許嫁のことで少しな」
「許嫁ですか? そういえばもう決まったと聞きましたが」
「ワシもそのつもりでおったのだが、本命がタヌキだったようでな」
剣心の言う狸とは、化けの皮を被った悪い奴という意味である。
「それは大変ですね。選考のやりなおしですか?」
「いや……実は許嫁候補は二人おって、残った方に決定すると娘たちは言っている」
「なら大丈夫じゃないですか。保険をかけておいてよかったですね」
「大丈夫ではない。その残ったほうが伊達にふさわしくない凡夫なのだ。にもかかわらず娘たちが好意的でな」
「まぁまぁ思春期ですから。何かの拍子にその子がカッコよく見えたのでしょう。その頃の子供は何にでも熱しやすく冷めやすい」
「冷静な
「ほぉ、あの火恋ちゃんが」
「しかも奴より優秀な許嫁候補は山ほどいるというのに、上の娘が全てそれをせき止めている」
「へぇ……少しその許嫁に興味が出ましたよ」
遊人はあまり剣心のことは信用していないが、長女
あの冷徹な機械のような女性が認めた男が、一体どのようなものか気になるのは無理からぬ事である。
「遊人よ、そこで頼みがあるのだが」
「なんです?」
「この許嫁、主のとこで引き受けてはくれんか? お主のところも確か年頃の三姉妹がおったであろう?」
「いやー、いますけど皆気が強い子たちばかりですからね。僕からあてがった男なんて相手にしませんよ」
「話だけでも通してもらえんか?」
「伊達さん、厄介払いにウチを使わないでほしいですよ」
ハハハと笑ってみせる遊人。
本心半分と、その許嫁を引き取り伊達家に恩を売るのも悪くないとも思っている。
(しかし後々伊達の実権を握るのが玲愛嬢なら、引き受けるべきではないか……)
「なんとかならぬものか……。この件を受けてくれたら、お主の計画しておるテーマパーク事業、伊達が後ろから押してやっても構わん」
「よろしいんですか?」
「構わぬ」
「書面にしても?」
「疑り深い男だ。なんでも持ってくるが良い」
「わかりました。他ならぬ伊達さんのためです。引き受けましょう」
「本当か?」
「ええ。どのような筋書きがお望みですか?」
「奴が自分から許嫁を辞めたいと言わせてほしい。生じた費用はすべてウチに回して構わん」
「わかりました。許嫁を説得するにあたって、伊達さんご本人に協力いただいたり、口裏合わせをお願いしてもよろしいですか?」
「構わん」
――数日後
遊人は剣心から送られてきた、
「へー……この子が伊達姉妹のお気に入り。まぁ確かに利発的には見えないかな。さて、どういう脚本で彼には舞台から降りてもらうか……」
そうつぶやいていると、自室に一人の少女が入ってくる。
金色のツインテを軽く縦に巻いた、今どき見ない縦ロールスタイル。
整った顔立ちに目尻は少しつり上がっていて、気の強そうな雰囲気がある。
ブルーのブレザーに首には赤のリボン、下はミニのスクールスカートを纏った、お嬢様風の少女。
彼女こそが遊人の娘、
「プロット上がったわ」
「あぁ、ありがとうありがとう。そこ置いといてくれる?」
「……何見てるの?」
「哀れな道化をね……。伊達さんから不良債権を押し付けられたんだ」
「不良債権?」
「伊達さんとこ、後継者を作るために許嫁選考を行っていてね。二人の男の子をレース形式で走らせてたみたいなんだけど、本命が自滅して大穴が残っちゃったらしい。だから今困ってるんだって」
「断ればいいじゃん」
「それが娘さんたちは大穴をいたく気に入ってるんだよ。でも伊達さんはさっさと別れさせたいと」
「自分で選んでおいて勝手ね」
「しょうがないよ。選択肢を与えているように見えて、その実結果ありきの選考だからね」
「当事者全てを自分の駒と勘違いしてるわね。子供の幸せなんて二の次なんでしょ」
「手厳しいね~月ちゃんは」
「それでその人どうするの?」
「伊達さんからは、彼の口から許嫁を辞退しますと言わせたいらしい。そうだ月ちゃん、この少年でシナリオ書かない? モテモテのハーレム男が全てを失う悲恋の物語」
「ふーん、いけすかない男なら書いてもいいけど」
すると――
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「ど、どしたの月ちゃん? お嬢様がそんなお下品な声あげちゃダメだよ」
「こ、コイツ……まさかこんなところで出会うなんて……」
「知り合い?」
「因縁の……相手。くっ、三石悠介……積年の恨み果たすわ。パパ、コイツの相手あたしがやるわ」
「う、うん……いいけど。月ちゃん殴り倒しちゃダメだからね」
「時と場合によるわ」
―――――
第2章開始しました。
新規が多く、毎日更新は難しいかもしれませんが頑張ります。
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