第158話 玲愛、心に走る痛み
いい加減な警察な敬礼のポーズをとりながら入ってきたのは綺羅星で、大量の紙袋を抱えていた。
その後ろに火恋先輩がショップで購入したのであろう、Kブックスと書かれた紙袋を大事そうに持っていた。
さらに雷火ちゃんと、珍しく
「天、帰国したなら一回くらい家帰りなさいよ。パパ怒ってるわよ」
「はは~ごめんね月。君には迷惑かけるよ。さ、中入って」
天の部屋に集合した、俺、玲愛さん、火恋先輩、雷火ちゃん、綺羅星、月、天の七人。
今の状況地味に凄いんじゃないか? まさかの伊達水咲姉妹全員が同じ部屋にいるなんて、ちょっとした首脳会談じゃないか。
狭いながらも、それぞれ皆で話し合っている姿は華やかだった。
「見て見てダーリン、ガンプラっすよぉ! どうせガンニョム買ったら、にわかめってバカにされるに決まってるんで、コアなところをついて買ってきたよ!」
嬉しそうにプラモの箱を掲げる綺羅星だったが、その箱には新世紀エヴァンジュリン8号機と書かれていた。完全に別の作品のプラモだった。
「綺羅星、それガンプラじゃないよ……」
「えっ!? 雷ちゃんがこれガンプラだって」
慌てて箱を確認する綺羅星。
「新世紀エヴァンジュリン……なにこれ?」
「エヴァくらい知っておいてくれ。世代によっちゃガンニョムより有名だ」
「ってか、どゆこと雷ちゃん!?」
雷火ちゃんはお腹を抑えて、笑いを噛み殺し……いや笑ってるな。むしろ爆笑。
「わたしはガンプラみたいな物ですって言っただけで、ガンプラとは一言も」
「はぁ!? パチモンつかまされたんですけど!?」
それは騙される君が悪い。エヴァとガンニョム間違えるってガンニョマーに怒られるぞ。
相変わらずのにわかっぷりで逆に安心する。
「まぁおんなじロボットだし、ピンクでかわいいし、見方を変えればコイツも機動戦士みたいなもんっしょ?」
「勝手にエヴァを宇宙世紀に放り込むんじゃない」
綺羅星は買ってきたプラモやガンニョムマーカーを、鼻歌を歌いながら広げていく。
にわかではあるが、ちゃんとモデラーの道を進んでいるらしい。
その様子を見てため息をつくのは姉の月。
「あんたが変な趣味教えるから、この子アルティメットニッパーで爪切りやってて引いたわ」
「マニキュアをエアブラシでやり始めたら完璧だな」
「バカ言わないで」
「月も一緒に買い物行ったのか?」
「あたしは水咲本社でイベントの最終確認をしてたの。その後、電気街のTCGイベントにも顔を出して、皆とはその時に会ったわ」
「忙しそうだな。天と綺羅星は転校してきたけど、月もこっちに来るんだよな?」
「ええ、行くわよ。手続きとかあるから、まだもうちょっと先になるけど」
「勿体ない。今良い学校通ってるのに」
「あたしら別に学歴関係ないし」
そうでした。君ら社長の娘でしたわ。
「それに基本学歴って最終の学校が物言うし、中間は別にどこ行ってても問題ないわ」
「普通の人は最終をよくする為に中間を頑張るんですけどね。まぁそういうもんか」
金持ちに一般常識を説いたとこで無駄だもんな。
「なにのんきなこと言ってんのよ。水咲が三人とも同じ学校に行く意味わかってんの?」
「綺羅星と一緒の学校に行きたかった」
「…………それもあるけどさ」
綺羅星と月は仲たがいして別々の学校に行くことになったから、もう一度一緒の学校に行くのは良いと思う。
ウチの学校なら、綺羅星も落ちこぼれて退学とかならないと思うし。水咲姉妹が仲良く同じ学校に行く世界線がここにはある。
「今度は仲良くな」
「わ、わかってるわよ。あんたに言われなくても……」
「なにかあったら力になる」
「…………」
急に真っ赤になって押し黙る月。あれ? なんかヒットした?
「それってさ……つまり、あたしのこと好――」
「勿論友達としてだ」
そう爽やかに言うと、突然月は俺の鳩尾に飛び膝蹴りを見舞った。
「おごぇぇぇぇぇ」
「死ね」
「えっ、なんで!?」
「鈍感ラブコメ主人公は殺す、空気読めないやつも殺す」
マジでどこで地雷を踏んだのかわからん。
すると隣で見ていた玲愛さんから「今のは期待を持たせたお前が悪い」と言われた。
皆でワイワイ話している中で、唯一火恋先輩だけがちょこんと座ったまま動いていない。
「火恋先輩どうかしました?」
「な、な、なんでもない」
なが多い、どうしたのだろうと覗き込むと、そっと手元にあった紙袋を後ろに隠した。
「火恋先輩、わかりやすすぎません?」
「な、なんのことかな?」
なんとなく察しはついているのだが。
「火恋先輩、まさかとは思いますが18禁的なものを……」
「わ、私は18だから問題ないはずだ!」
語るに落ちた、てか落ちるの早すぎ。
本人も気づいたようで、頬をカァァっと赤く染めていく。
「何買ったんですか?」
「見せない」
「見せてくださいよ。もしかして相当やばいもんを」
手をわきわきさせながら近づいていく。
「や、やめないか!」
火恋先輩が慌ててのけぞった拍子に紙袋が倒れ、中身の一つがコロンと軽い音をたてて転がる。
床に落ちたのは、プラスチックの球体を革のベルトでつないだギャグボールだった。
あぁほんとにやべぇもん出てきちゃったわ。
「…………さて、雷火ちゃんは何買ってきたのかな(視線そらしつつ)」
「今君触れてはならん女と思っただろう!」
女性の持ち物からアダルトグッズが出てきてたら、そりゃ男は見て見ぬふりをするだろう。その優しい気遣いが円滑な人間関係を構築する。多分空気読みゲームなら『めちゃくちゃ空気読めてる』と判定されるだろう。
「大丈夫、俺は味方ですから」
「そんな慈愛に満ちた目で私を見るな! 君もこんなの持ってるんだろ!?」
「いや、エロ本はありますけど、ここまでガチなグッズはないです」
ってか紙袋の中に乗馬鞭みたいなの見えるんですけど、マジでどこ行ってたの?
あとアキバの店員は制服姿の女の子に、アダルトグッズを売らないでほしい。
一通り全員触れて回ると、雷火ちゃんが「はい」と手を挙げる。
「わたし悠介さんの部屋見たいです」
「あーしもー」
「わ、私も行くよ! 見られた分君のも見るから!」
「別にいいですけど」
天と月は姉妹で話に花が咲いているようなので、放っておくことにしよう。
俺が隣の自室を開けると、雷火ちゃんと綺羅星はヒャッホーイオタク部屋だ~と叫びながらベッドの上にダイブした。
すると、二人は「「む?」」と固まる。
「どうした?」
雷火ちゃんはそろりそろりと布団をめくると、そこにはなぜか全裸で眠る成瀬さんの姿があった。
「悠介さん? 女が寝てますけど?」
雷火ちゃんがハイライトの消えた目で俺を見やる。やめてよ、なんで俺の美少女フィギュアの首を持つの!?
「誤解だよ! 俺今日久しぶりに帰ってきたんだよ! そしたらこの人が布団の中で生成されてたんだ!」
「嘘だったらこのフィギュアの首を折ります」
ハドラーみたいなこと言わないでよ!
「いや~ダーリンやるなぁ。ベッドに裸の女隠すとか」
「悠介君、私は君のアダルトグッズを見に来たんだ。これじゃただのアダルトじゃないか」
「違うから!!」
全員から冷ややかな視線を浴びていると、本人が起き上がり大きく伸びをする。
当然裸で伸びをしたらどうなるかはわかりきっていることで、その大きな胸に目が行きかけた瞬間、雷火ちゃんの
「あーーーー!! 目が目がぁぁぁ!!」
「悠介さんはそこでバルスくらってて下さい!」
「なんだ、騒がしいな」
「成瀬さんは早く着替えて!」
俺が床をのたうち回っている間に、成瀬さんはヒョウ柄の下着に着替えベッドの上であぐらをかく。
「なんで俺の部屋にいるんですか?」
「あぁスマンスマン。今アタシの部屋ぐっちゃぐちゃで入れないんだわ」
「なんでですか?」
「バケツいっぱいのスライムに爆竹さしてみたって企画やったら、思いの他大爆発して無茶苦茶になった」
「あぁ……底辺Mutyuberがやりがちな奴ですね……。ってかあなたサ胸釣り系音楽Mutyuberでしょう」
「サブチャンで体張ったやつもやろうかなって。水着でやると再生数伸びるんだわ」
垢BANくらったらいいのにな。
「そんでしばらくお前の部屋使ってた。あっ、勿論ママさんには許可とってるからな」
「本人に許可とってください」
俺は成瀬さんには引越ししてきたアマツ含め全員のことを話す。
「は~、お前のコネえぐいな」
「まぁ伊達と水咲にコネあったら、大体どこにでもコネできますよ」
「そのトップと繋がってるってのがやべぇんだよ。陰キャオタクみたいな顔して世界動かせるじゃねぇか」
「無理ですよ。常に自分の首心配してるのに」
「よし、アタシも媚び売ってこよう。隣の部屋か?」
「その格好で行くのはやめてください。まとめて話するんで、後で真凛愛さんと静さん連れて来てください」
「OK~」
「ちょっ、ダーリン」
成瀬さんと話していると、綺羅星が俺の服を引っ張る。
「なに?」
「この人もしかして、なるるっすか?」
「よくわかったな。顔出ししてないのに」
綺羅星の質問に本人が答える。
「うっそマジで!? あーし動画見てます!」
「あざーす。見たら高評価押しといてね」
「うっそ信じらんない! マジやばいって! あーしなるるさんみたいになるの夢なんだ!」
「やめとけ、ダメ人間日本代表みたいな人だぞ」
「んだテメェ?」
俺は成瀬さんにヘッドロックされながらもがき苦しむ。
「あーしもなるるさんみたいに水着でガンプラ作る配信やってみようかな」
「エヴァとガンニョムの区別もつかん奴がやると怒られるからやめなさい」
その後は綺羅星が俺のプラモぶっ壊したり、火恋先輩がエロ本の隠し場所見つけたり、雷火ちゃんが俺のパソコンでいやらしいゲームを始めたりと、ここは託児所かといった気分だった。
しかしながら俺はずっと黙りっぱなしの玲愛さんが気になってしょうがない。
「元気ないですね」
「……そんなことはないさ。ただお前はいろんな奴に好かれているなと思っただけだ」
なんでもないと言いつつも玲愛さんの表情は複雑だ。いや、見た目はいつもの無感情フェイスなのだが、俺は詳しいからわかるんだ。
それがわかってもどうすればいいかわからなくて、ただその横顔を見つめるしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます