第159話 前夜

 眼前には今、ピザやらフライドチキンやらの残骸が散らばっており、引越し祝いで頼んだ出前を食い散らかして俺の部屋は凄惨な状況になっていた。

 なぜ天の引っ越し祝いを俺の部屋でやっているのかは謎である。

 その惨劇をせっせと片付けていく火恋先輩と静さん。

 雷火ちゃんと綺羅星、天、成瀬さんは桃鉄ゲームに夢中。 

 月は真凛愛さんとお話し中で、ラノベの挿絵がどうのこうのと仕事っぽい会話中。玲愛さんは相変わらず心ここにあらずと言った具合で、狭い部屋に主婦組、子供組、ビジネス組に分かれた女性陣の会話が響いていた。

 主婦組が一通り片付け終えると、月がパンと手を打つ。


「丁度良く参加者全員揃ってるから、明日のイベントの詳細話したいんだけど」


 そうか、もうイベント明日なんだな。

 みんながその場に座ると、月はアリスランドで行われるカップルイベントについて話を始める。


「この場でカップルとして参加するのはオタメガネと玲愛さんの2人だけだけど、一般で来場する皆も関係ある話だから聞いてて」


 そう言って月は真新しいパンフレットを人数分配っていく。


「まず簡単に日程だけど、当初は2日を予定してたんだけど種目の追加と優勝者パレードを強化することになって3日になったわ。種目の方はパンフレットを見て」


 俺たちがパンフレットを見やると、イベント競技【ビーチバレー、水泳、テニス、VRゲーム、シークレット】と書かれている。


 俺はスポーツ系多いなと、手錠を見て不安になった。

 パンフレットには、1日目はビーチバレーのみで、2日目に水泳、テニス、ゲーム大会の3種目で3日目にシークレットと優勝パレード、少々バランスの悪い日程となっていた。


「月、このVRゲームって言うのは具体的に何をするんだ?」

「水咲最新の立体筐体を使ったゲームよ。内容は公平性を担保するために秘密だけど、まぁアクション系とだけ言っておくわ」

「ダーリンアレっすよ、この前異世界行ったっしょ」

「あぁ、なるほど」


 この前のトラブルの原因になった異世界転移のあれか。

 確かにあれはすごかったし、参加者全員新世代のゲームに驚くことだろう。


「じゃあこのシークレットってのは?」

「シークレットはシークレットよ。何やるかわからないし、やることは一種目だけとも限らない。当日にオープンするわ」


 なるほど、俺たちにもまだ教えてくれないんだな。


「ここからが1番重要なんだけど、競技で上位に入賞するとポイントが貰えて、最終的にそのポイントが多かったカップルが優勝になるの」

「まぁバラエティとかでよくあるタイプだな」

「このポイントなんだけど、男性がもつことになったわ」

「ん? 持つってどういう意味?」

「いろいろあって、期間中自由にカップルの入れ替え可能にルールをかえたの」

「「「「はっ?」」」」」


 全員から疑問の声が上がる。

 えっ、それってつまり初日は玲愛さんとで二日目は雷火ちゃん、三日目は火恋先輩とペアになれるってことだろうか?


「今回のイベント募集で同性参加もOKにしてたんだけど、カップルより同性での応募が多くって、全体の約半数が同性ペアのお友達参加になっちゃったの。ここまで多いなら、フィーリングカップル的に新しくカップルが生まれやすくなるようにした方がいいかなって」

「なるほど。だからペアの途中変更可能にしたのか」


 本来はカップルで優勝を目指すって趣旨だったが、新たな恋人パートナーを探しながらイベントに参加するって方向性に変えたんだな。


「イベント参加者にはポイントカードを1枚配布するわ」


 月は名刺サイズの青色の厚紙を俺に手渡す。カードにはスタンプが押せる四角いマスが並んでいる。


「各競技1位になると5ポイント、2位が4ポイント、3位が3ポイントと1位から5位までポイントが与えられ、それぞれの順位で1ポイントの差があるわ」


 ってことは4位が2ポイントで5位が1ポイント、 全種目1位を獲得すると最高25ポイントか? シークレットが一種目だったらの話だが。


「それでなんでこのポイントカードを男性にだけ渡したかと言うと、女性の方のフットワークを軽くしようと思ったの。ポイントをペアで共通にすると容易にペア変更できないでしょ」


 ようはペア両方にポイントがあると、そのポイントの配分でもめるけど、最初から女性がポイントを持ってなかったら、気軽に違うペアを組めるんじゃないかって話だな。


「でもそれって強いカップルにはメリットなくない? 強いペアは相方変更したら弱くなっちゃうじゃん」


 綺羅星が突っ込むと、月は珍しくいいことに気づいたわねと褒める。


「そこでペア変更するとプラス5ポイントにしたわ」


 月がもう1枚赤色のカードを取り出して、玲愛さんに手渡す。


「もしペア変更する時は、このカードと新しいペアを連れて運営に変更申請して下さい。5ポイント分のポイントを付与します」


 なるほど、ペアを変更するとメリットあるよと言われると変更しやすくなるな。それに強いカップルの独走を防ぐ目的もあるのだろう。

 このシステムだとペア変更しないで優勝は難しいんじゃないか? ってかポイント上位カップルほど必須になる。俺がその事に気づくと、月の目が怪しく光ったような気がする。


「ねぇ月さん、このペア変更したときに貰えるポイントって何度でも貰えるんですか?」


 雷火ちゃんは玲愛さんの持っている赤いポイントカードをしげしげと眺めながら尋ねる。


「いいえ、1度限りよ。ペア変更時のポイントは女性の所持ポイントとなるから、ペア変更後に再度ペアを変更しても5ポイント以上付与されないわ」


 ペア変更する度にポイント入っちゃ、毎試合ペア変更しなきゃならなくなるもんな。


「ってことは10ポイント持ってる男性と、ペア変更した女性が一緒になったら5ポイントプラスされて15ポイントになると。でも女性がまたペア変更しちゃったらマイナス5ポイントってことでいいんだよね?」

「それであってるわ。だけどその10ポイントを所持している男性が、また新しい女性とペアになれば5ポイント入手することが出来るわ」


 なるほどな、男性がマックス25ポイント(多分)持つことが出来て、女性はマックス5ポイント、計30ポイント(多分)。ただし女性がポイントを得るにはペア変更しかないから、一度はペア変更しないと25ポイントが上限になると。


「種目も多いから、どうしてもゲームが進んでポイントが低くなったペアはモチベーションを保つことができないし、そこでペアを解体して、ポイントの高い異性と再び組むことができるようにすれば出会いのきっかけになると思うの」


 なるほどな、それだったら多少順位が低くても逆転の目はあるな。

 でも女の子に「あなたポイント低いわね、貴方より優れた男の人とペア組むわ。さよなら」って言われたら立ち直れないと思う。

 新しいカップルを生みそうだが、破局も生みそうなイベントだ。


「だからあんたもこの機会にペア変更してみない?」


 ニヤニヤといたずら猫みたいな目でこちらを見る月。その目は「あんた優勝しなきゃダメなんでしょ? じゃあペア変更しなくちゃね」と言っているようだ。


「はは、後が恐いんで遠慮するよ」


 そんなことしたら後で何を言われ……るだけならいいが、体を粉々にされる危険性さえある。

 だがチラリと玲愛さんを伺うと、無表情のまま「別にいいんじゃないか? ペア変更」なんて予想に反したことをおっしゃった。

 ガッツポーズする水咲姉妹と、困惑の表情を浮かべる伊達姉妹。

 ってか静さんが一番よしって顔してるのはなんでなのか。


「手錠さえどうにかなれば、ウチの妹のどちらかにペアを譲るのは構わん。別に私は優勝目的でもないからな」


 消沈する水咲姉妹と、なんだと胸をなでおろす雷火ちゃん。しかし火恋先輩だけが険しい表情で玲愛さんを見つめていた。


「なんだ火恋、そんなにも私がペアを譲ると言ったのが意外か?」

「……ええ。姉さんは悠介君を離さないと思ったから」

「バカを言うな。手錠で繋がってるから仕方なくくっついてるだけだ。今回のイベントも父さんに言われて仕方なくだからな」


 何をバカな事をと言ってのける玲愛さんに、雷火ちゃんも眉をひそめた。

 玲愛さんの言ってることは事実なので、俺に反論はない。

 ただこっちの心境を言わせてもらうと、仕方なくくっついてると言われるとちょびっとだけ傷つく。

 なんかこう、お荷物感がすごい。いや、実際玲愛さんからするとすさまじいお荷物なんだろうけど。


「な、なんか急に雰囲気重くなったんだけど、理解してもらえた?」


 月が珍しく視線をキョドらせながら聞くと、一同は頷いた。


 それから静ファミリー含めた伊達水咲姉妹は、お泊りをする為順次風呂へと入っていく。

 一番物が少ない天の部屋に布団を敷き詰め、全員で雑魚寝。なんか女子のパジャマ会に男がお邪魔してしまったようで気恥ずかしい。

 どうでもいいけど、女性の風呂上りってなんでこんなにも色っぽいのだろうか。



 その夜、ふと目を覚ますとスマホに1通のメールが届いていた。

 内容を確認すると、剣心さんからだ。


『明日の玲愛との婚約者候補会談予定タイムテーブル 【1】10時~10時30:青山繁 【2】10時35分~11時05分:石田健 【3】11時10分~11時40分:都筑明男 【4】11時45分~12時15分:木嶋弘 12時15分~13時昼食 13時~17時:第1回イベント 【5】17時半~18時:内海慎——』


 うわ、タイトなスケジュール……。

 全3日分の玲愛さんの会談予定者リストが届いて、俺は現実に引き戻されたような感覚に陥った。

 このイベントが3日にのびたのも、実は玲愛さんのお見合い時間を伸ばすためじゃないのか? と邪推してしまう。


『イベントの関係上、初日が1番多く人を入れられるので多くしている。万が一午前の人間がセッティングできなかった場合や、間延びした場合、イベント終了後に会談を行わせ、必ず候補者全員消化せよ。今回の目的はあくまで玲愛の見合いだ。そのことを忘れぬように。また会談の件は玲愛本人には伏せてある。気づかれぬようにやるのだ』


「やるのだと言われましても……」


 俺が玲愛さんと婚約者候補との間を取り持つのか……。

 今現在俺に背中を向けて寝ている玲愛さんの気持ちはよくわからない。

 昨日までは距離が近かった気がするのだが、今日になって急に離れたような気がする。


 明日から3日間、俺は玲愛さんのお見合いをサポートしなければいけないのかと思うと気が重い。

 剣心さんは気づかれないようにやれって言うけど、これだけ会談者が多ければ玲愛さんも意図に気づいて怒ってしまう可能性も十分考えられる。

 そうなればお見合いもぐちゃぐちゃになって縁談はご破算…………ほんの少し、そうなってほしいと思う気持ちもあり、エゴ丸出しな自分に蓋をするように布団を被った。

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