第296話 してない

 玲愛さんが帰ってきた瞬間、一気に青ざめる剣心さん。


「れ、玲愛、もう帰ったのか……」

「私からするとやっと帰れたですがね。誰かが、私が帰ってこられないように根回ししてくれたようで」

「ゆ、許せんな~一体どこのどいつが」


 剣心さんが白を切ると、玲愛さんの目が一瞬殺人鬼みたいに鋭くなった。

 完全に堅気の目じゃない。


「そ、そう怖い目をするな」

「まぁ帰ってこられたので私のことはいいでしょう。なにやら自分のことを棚上げされて憤慨していたようですが、どうかしましたか?」

「う、うむ。悠介が、火恋たちの猥褻な写真を撮って販売していたのだ。これに怒らぬ親がどこにいる?」


 剣心さんは印刷された写真集を指差す。

 玲愛さんは畳に散らばった紙を拾うと、ほぉっと息をつく。


「確かにこれは猥褻ととられてもおかしくない」

「じゃろう!」

「ですが、父上がこの子達の口座を凍結しなければ、そもそもこんなことにならなかったのでは?」

「ぐっ、なぜそのことを……」

「私が帰国するまでの間、何があったかは調べさせてもらいましたので」


 玲愛さんの目は、下手な嘘をついても無駄ですと取り調べを行う警察官のように鋭い。


「そ、それは金がなくなったら帰ってくると思ってだな」

「言い訳ですね。最低限の金銭も持たせず、家出を放置することは育児放棄です」

「玲愛、もう少し言い方があるだろう」

「雷火たちを保護した悠介に、容赦なく”二度と塀の中から出られなくする”などと恫喝したあなたが言い方を指摘しますか?」

「あれは言葉のあやというやつで……」

「大本をたどれば、私がいない隙を狙い許嫁関係を一方的に解消し、この子たちを精神的に追い詰めたのは父上でしょう」

「ワシは火恋、雷火の未来を思って悠介と縁を切れと言っているのだ」

「突然の許嫁解消に反抗して家を出た二人が、精神的支柱を求めるのは当然。より強固に悠介に依存していきます。火恋達が言うことをきかないのは、全て父上の行動が自分にかえってきているだけとなぜ気づかないのです?」


 剣心さんは眉間に深いシワを寄せ、悔しげに歯噛みする。


「悠介は火恋と雷火に住む場所を与え、働く場所を与え、楽しい趣味を与え、体と心を守ってきたのです。世話を見てもらって感謝すべきところを、己の強い嫉妬心を大人気なくぶつけ、悠介の心を砕こうとする。私には到底許すことはできません」


 玲愛さんの固有結界絶対零度が発動し、室内の温度が一気に2,3度下がった気がする。

 マンガだったら彼女の周囲に、氷エフェクトが舞っているだろう。

 怒筋を浮かべていた剣心さんは、完全に縮こまっていた。


「わ、ワシは伊達の未来を憂いているというのに」

「父上、伊達家を隠れ蓑にして悠介を攻撃するのはやめてください。貴方のやってることは、娘を彼氏にとられて嫉妬に狂う父親です。これ以上何かするつもりでしたら、この私が相手になります」


 ラスボスの風格で仁王立ちする玲愛さん。その目は冷たい怒りに燃えている。

 火恋先輩と雷火ちゃんが、俺の隣で震えている。


「あぁなったら終わりですよ。姉さんは家族でも容赦しませんから」

「早期降伏して被害を最小限に減らす以外、戦争を終わらせる方法はない。謝るまで殴るのをやめないからね」


 それから玲愛さんは、白旗上げた剣心さんを引きずって二人で話し合いに行った。

 できる限り、玲愛さんが出国する前の状態に戻してくれるとのこと。



 1時間ほど経過して、剣心さんは許嫁破棄の撤回を認めてくれた。

 これで一応俺は伊達家の許嫁に戻るはずなのだが、水咲家が俺の身柄を引き取っている。

 こっちに関しては玲愛さんが既に水咲家に手を回しており、100億払うから俺を返してくれと頼んだものの拒否されたらしい。

 今更剣心さんが許嫁破棄の撤回を行ったところで、恐らく水咲は応じないだろうとのこと。

 つまり伊達での問題は解消したものの、水咲と話し合いをしないことには完全に元の状態に戻ることは出来ない。

 それでも、伊達家に捨てられたという事実が消えたのは大きいことだと思う。


「ふぅ、とりあえずパパから攻撃されることはなくなったわけですね」

「我々の口座凍結も解除されている」


 ってことは、もうあのボロアパートに住む必要もなくなったってわけだな。


「あっ、悠介さん、今わたしたちが実家に戻るんじゃないかって思いませんでした?」

「うん、ちょっとだけ」

「ゲームができるまでは戻るつもりないですよ」

「あぁ、喫茶鈴蘭でのバイトもやめるつもりはない」

「大丈夫、剣心さん?」

「パパも今回のは相当応えたと思うので、多分大丈夫ですよ」

「私もこれを機に一人暮らしを考えたいと思う」


 皮肉なことに、剣心さんは娘を引き止めたかったのに一人暮らしを決意させてしまったようだ。

 何はともあれ、アパートでのゲーム開発は続けられるってことなんだな。

 ちょっとほっとした。

 すると剣心さんと話していた玲愛さんが客間にもどってきた。


「父上には水咲に悠介の返還を求めるように言っておいた。もし成功しなければ、金無スマホ無しでタンザニアの無人島に行ってもらうことに決定した」

「ディスカバリーTVみたいだ……」

「口座を凍結された火恋達が、どういう気持ちだったのかを知ってもらう」


 さすが頼もしい伊達家長女。


「玲愛さん言う機会を逃したんですが」

「なんだ?」

「お帰りなさい」


 そう言うと、玲愛さんは俺の襟首を掴んで無理やり胸元に抱き寄せる。

 彼女が至近距離で深く深呼吸するので、大きな胸が更に膨らみ、俺の顔は胸の中に埋没した。


「ただいま」

「お帰りなさい」

「すーはー……数週間ぶりに酸素を吸った気分だ」

「大げさですよ。大げさ……」


 あれ、なんかホッとしたら力抜けて涙出てきた。

 なんでだろ。

 玲愛さんは、その姿を見て痛ましい表情になる。


「ごめんな、ごめんな、私がもっとちゃんと守ってやらないといけなかった」

「いや、大丈夫ですよ。もう……」

「悠介さん、本当に理不尽なモラハラ受けてましたから……」

「普通の人間なら、父上の攻撃で簡単に壊れてしまうのだが、お前は打たれ強い。そのせいで、父上は躍起になってお前を壊しにかかった」


 さっさとKOされたら良かったのに、変に立ち向かっちゃったのがよくなかったんだろうな。

 権力者の剣心さんからしたら、生意気なことこの上なかっただろう。


「安心して休め」

「はい」


 俺は全身から力を抜いて、玲愛さんの柔らかな胸に身を委ねた。


「ようやく……私の腕の中に戻ってきたな」


 先ほどとは比べものにならないくらい温かい声で囁く玲愛さん。

 その様子をじっと見つめる妹二人。


「姉さん、久しぶりで愛情ホルモンオキシトシンドバドバ分泌するのはわかりますけど、あんまりその下品な胸で悠介さんを包むのやめてください」

「そうだそうだ、独占禁止法違反だ!」


 ブーブー言う妹二人に、玲愛さんは眉を寄せる。


「かたいことを言うな。お前らはもうセックスしたんだろ」

「「は?」」

「私がいない間に、当然関係を進めていたのだろう」

「「…………」」


 雷火ちゃんと火恋先輩は一瞬キョトンとした後、気まずそうに視線をそらす。

 それに対して玲愛さんは「は?」と眉を寄せる。


「お前たち、一緒に住んでたんだろ?」

「それはまぁそうですが」

「しただろ? セックス」

「「…………」」


 無言で視線をそらす妹二人に、玲愛さんは冗談だろと震える。


「まさか……何もしてないのか?」

「……してませんけど。悪いですか」

「バカなのか!? なんでしてないんだ!? チャンスはいくらでもあっただろ!?」


 普通姉妹間でセックスしてなくて怒られることある?


「わたし達はプラトニックなんです! そういう大人の考えを押し付けないで下さい!」

「お前らがセックスしてれば、水咲をはねのけることができたんだぞ!? この阿呆ども!」

「わたしたちの交際は少年ジャソプ……ヤングジャソプくらいで、レーティングの上がる性交はしないんです!」

「わけのわからん例えをするな! エロ本山ほど持ってるくせに!」

「同人誌です! エロ本って言わないで下さい!」


 あぁこの感じ、三姉妹が戻ったなという感がある。


「この根性なしどもめ……」


 玲愛さんは、これじゃ水咲にとられるわと天を仰いだ。

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