第295話 私は今怒っている

 剣心さんに呼び出され、久しぶりにやってきた伊達家本邸。

 ちょっと前まで頻繁に来ていた和風のお屋敷を、俺と火恋先輩、雷火ちゃんは見上げる。


「姉さん、今更パパなんだと思います?」

「改心して、悠介君を許嫁に戻すと言う」

「ないない、パパがそんな人ならわたしたち初めから家出なんかしてませんし」

「まぁ……普通で考えれば、帰ってこいと言うだろうな」


 火恋先輩の話に、俺は頷く。

 そりゃそうだよな、放っておけばそのうち帰ってくると思っていた家出娘が、一向に帰ってくる様子がないから呼び戻したってとこだと思う。

 俺たちは伊達家の敷居をまたぎ、家政婦の田島さんに客間へと案内される。


 3人並んで正座して待っていると、A4くらいの封筒を手にしたオールバックに和服姿の伊達家頭首が登場した。

 明らかに不機嫌な空気オーラを放つ剣心さんは、俺の対面で正座するとこちらを見渡す。


「雷火、火恋、お前たちが今どこにいるかワシは把握しておる。悠介、お前が匿っておるな?」

「匿うというのは語弊があると思いますが……」

「雷火と火恋が、精神的に不安定になっていた事はワシもわかっている。そのため、お前達が悠介の元に行ったのも黙認してきた。だが、こんなものを出されたら黙っていられん」


 剣心さんは、封筒を開いて紙束を俺の前に叩きつけた。


「これはなんだ? ワシには理解できん」


 ばら撒かれたのは、開発費集めの為に作成したコスプレ写真集を印刷したものだ。


「伊達ともあろうものが、このような卑猥な写真を自らばらまき、金稼ぎの手段にするとは。この恥知らずともが!」


 ビリビリと鼓膜を振動させる怒声に、肩が縮み上がる思いだ。


「剣心さん、卑猥とおっしゃられていますが18禁的な写真は一枚もなく」

「当たり前だ! そんな写真があったら、ワシは貴様を叩き出しておるわ! 見ろ、この短いスカートを! 男を扇情する破廉恥としか言いようがない姿だ!」


 確かにコスプレしたセーラー戦士のスカート丈は、動けば見えてしまうくらい短い。

 実際俺も撮影後、パンチラ隠しの編集が忙しかったってその話はいいな。


「剣心さん、その下にはちゃんとアンダーウェアという見せても良いパンツが」

「見せても良いパンツなんかあるか、バカモンが!!」


 こりゃダメだ。剣心さんからすると、コスプレ写真も裸写真も大して差がないらしく怒髪天を衝くって奴だ。

 完全に頭に血が登っちゃってて、額の血管が浮き出てる。俺が言い訳しても火に油にしかならない。


「娘のメンタルが戻るまでと放置していたが……三石悠介、貴様このような卑猥な写真を売り捌くとは見下げ果てた男だ。二度とウチの娘に近づくな! さもなければ法的措置をとるぞ!」


 もし訴えられたら、法廷で剣心さんの雇ったすげぇ弁護士に、俺が雷火ちゃんたちを誘拐したとか変な罪着せられて負けるんだろうな。


「パパ、それは嫌々やらされたんじゃなくて、わたしたちからやらせて下さいって言ったんです!」

「その通りです。家を出た我々に親切にしてくれた彼の為、できることならなんでもする。それにその写真は私の趣味もかねているので、不快なことは一切ありませんでした」


 雷火ちゃんと火恋先輩が必死に擁護してくれるものの、今の剣心さんの耳には届かない。


「趣味だと? こんな破廉恥な格好で金を稼ぐことがか?」

「言い方が悪いです。写真集を発売しただけです」

「モデル気取りかバカ娘め! そもそもこんな気持ち悪い趣味をもたせた悠介が悪い! 貴様が一緒になってから、娘がおかしくなったのだ責任をとれ!」

「お父様、撤回して下さい!」

「気持ち悪いなんて酷い!」

「うるさい黙っていろ! 完璧に躾を間違ったわ! お前たちが持っている気色の悪い本や玩具も全て捨てるからな!」

「「!?」」


 ここで俺が反論したところで、こっちの立場が悪くなるだけだ。

 権力者に逆らっていいことなんか一つもないとわかっている。

 でも、それでも言っておかなきゃいけないことがある。


「剣心さん、なんでもかんでも否定することが躾なんですか」

「悪影響のある趣味をやめさせる、それが躾だ」

「趣味って可能性でしょ、夢中になって遊べるものがあって何が悪いんですか!? 火恋先輩も雷火ちゃんも学校では凄い成績をしているでしょ! 貴方から求められる学才は十分に持ってるはずです! なんでそれ以上のことを求めてくるんですか!? なんで人格すらあなたが矯正しようとするんですか、子供は親の玩具じゃないんですよ!?」

「知った口をきくな!」

「雷火ちゃんはゲームやアニメを通じて新しい友達ができた。火恋先輩はコスプレで自分の新たな一面を発見できた。それが本当に悪影響なんですか!? 楽しいことを無理やりとりあげる方がよっぽど悪影響じゃないですか!?」

「ワシに意見するつもりか! この世界の伊達を背負う、このワシに!」

「あんた世界有数の金持ちかもしれねぇけど、人間が小せぇんだよ! だから娘から嫌われるんだよ!」

「世の中を知らん若造が! 三石家を伊達から永久追放する! 今すぐワシの前から消え失せろ! さもなくば二度と塀の中から出られないようにするぞ!」


 剣心さんは「出あえ出あえ!」と悪代官が増援を呼ぶように声を荒げる。

 だが、いくら叫んでも誰も現れることはなかった。


「なぜ誰も来ぬ! こ奴を今すぐつまみ出せ!」

「誰もきませんよ父上」


 ハスキーな声に振り返った剣心さんは呆気にとられた。

 そこにいるのは長く美しい髪をしたグラマラスな女性。

 真っ白いセーターにタイトスカート、黒のストッキングを纏う美人姉妹の長女。切れ長の瞳に絶対零度を宿した、伊達家最強の女帝。


「伊達玲愛……帰還。父上、私がいない間に好き勝手やってくれましたね」


 サラサラと流れる横髪の隙間から、氷結晶みたいな瞳が覗く。

 剣心さんの100倍怖い目してるや。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る