第212話 アイドル成瀬 中編

 俺は悪徳プロデューサーに突撃する前に、警察沙汰になることを考え、玲愛さんに連絡だけしておく。



 午後8時、ELEMENTが所有するレコーディングスタジオ近くの駐車場にて――


 俺は安井康夫の使用する車の前でじっと待ち続けていた。

 彼が使用する高級外車は週刊誌に載っていて、スタジオ近くの駐車場をしらみつぶしに調べることで特定した。

 夜10時過ぎ、駐車場にやってきたマスクをつけた中年のおっさん。

 俺は仕事を終えた安井康夫で間違いないと確信し、車の影から飛び出す。


「うわ、びっくりした。なんだね君は?」

「突然すみません、俺は三石悠介と言います。ELEMENTのプロデューサー安井康夫さんであってますよね?」

「あーなんだね、ウチのアイドルのファンかね?」


 俺を厄介オタクだと思った安井は、タバコに火をつけ鬱陶しそうな目をする。


「成瀬という人物を知ってますよね?」

「あー成瀬君? 最近入った子だね、彼女のファンなの? じゃあレッスン終わったからもうじき出てくるよ」

「あなた彼女から曲盗んでますよね?」


 俺の言葉に、急に視線が鋭くなる安井。


「…………どういう意味かね?」

「そのままの意味です。Fire128のビューティフルドリーマーZ、Wind256の翼はウイング、あれ全部成瀬さんの曲ですよね?」

「なんの話をしとるのかさっぱりわからんな。これ以上変なことを言うつもりなら警備を呼ぶぞ」

「お願いがあります。彼女の名前をどうか出してください」

「君はあれかね、彼女の彼氏かね?」

「違います。同居人で家族みたいなものです」

「む~男がいたのか……面倒だな。まだ2曲しか使ってないのに」


 使ってないってどういう意味だ。2曲しか盗作してないのにってことか。

 安井はヤレヤレと言いたげに首をすくめる。


「私は君の言うことがさっぱりわからん。だがこれだけは言える、君がゴネればゴネるほど彼女の立ち位置が悪くなる。彼女音楽で食っていくことが夢なんだろ? 私を怒らせていいことは一つもないよ」

「ですからお願いに来ました」


 盗作しているのに全く悪びれない安井を、本当は心の底からぶん殴ってやりたいのだが、それで気分が晴れるのは俺だけだ。

 そんななんの解決にもならないことをしても意味はない。

 俺は駐車場に手を付き、頭を地面にこすりつける。


「どうか成瀬さんから奪わないで下さい。あの人は真剣に努力して、音楽でやっていきたいと思ってるんです。人間性はかなりダメ人間で、すぐ手が出ますけど根っこはとても善人なんです。あなたはもう金も名声も潤沢に潤っているはずだ。それをカラカラの若人から搾り取らないで下さい、どうかお願いします!」


 安井はタバコをふーっと吹くと、頭をかく。


「はぁ……」

「…………」

「三石君と言ったかね? 土下座してないで顔をあげたまえ」

「はい」


 どうにか改心してくれたのではないかと、膝をついたまま顔を上げると、安井は口元を吊り上げ笑っていた。


「答えはNOだ。私は売れない人間の曲を再利用して”作品に仕上げている”奪うなんていうのはとんだ言いがかりだ」

「それを盗作って言うんですよ!」

「だからなんだね。悔しければ自分の力で売れてみるがいいさ」

「あなたは他人の才能を奪って自分の名誉にしている。これが初犯じゃないだろ!」

「君みたいに私のことを泥棒と罵る子もいたが、私が手をかけ宣伝してやらなければその曲は日の目を浴びることなく消えていったんだ。感謝されることはあっても恨まれる言われはない」


 なんて盗人猛々しい奴なんだ。


「他人の曲を盗むことになんの罪悪感も感じてないんですか!?」

「ないね。私の名前で世に出たらそれは私の曲。私が本物だ」

「これじゃ苦しい思いをして曲を作ってる成瀬さんがあんまりだ。どうせこのままアイドルにもしてもらえないんでしょ」

「ワハハハ、よくわかってるじゃないか。元から彼女の体はアイドル向きじゃないんだよ。Kカップだったか? あれだけ胸がでかい子がテレビで踊ると性的すぎるってクレームが来るからね」

「じゃああんたははなから搾取目的で近づいたってことですよね」

「そう怒るな。別のプロデューサーが彼女の体に興味津々でね。その人と寝たらデビューできるかもしれんな。ワハハハハ」


 こんの野郎、そうやって立場の弱い女性を食い散らかしてきたな。

 俺はポケットに手を入れ、スマホを取り出す。


「実はこの話、録音していたと言ったらどうしますか?」

「な、なんだってー!? いろんなことを喋ってしまったー! ……なんて言うとでも思ったかね? それをネットにリークするか? それとも裁判でもするかい?」

「あなた次第です」

「やめておけ、私は100万人以上のファンを持つアイドルグループの親だ。ネットに出したところでコラージュ扱いされ叩かれるのは君だ。それに私のバックには殺人事件でも無罪にしてしまう弁護士がついているし、荒事を担当する人間もいる」


 893までついてるわけですね。そりゃ皆泣き寝入りだわ。


「君がその音声を今すぐ削除して、このまま帰るというのなら、私も今日のことはなかったことにしてあげよう」

「それはできません、あなたが成瀬さんを解放して音楽をパクったことを謝罪するまでは」

「はぁ……このガキ、まだ自分の立場がわかってないな」


 頭に血が登った安井は、膝をついたままの俺に蹴りを入れると革靴で足蹴りの連打を浴びせてきた。


「やめてください、暴行罪ですよ」

「はぁ? 私は人殺したって無罪になるんだよ、金と権力があれば司法の外にいられる。お前みたいな正義感でなんとかなると思ってるガキが一番嫌いだ!」


 俺は容赦のない蹴りから、亀のポーズで身を守る。

 反撃してやりたいが、ここで一回でも手を出してしまったら、奴はそこから無罪を主張するだろう。


「私をなめるなよ、貴様の人生ぶっ壊すぐらい簡単なんだぞ! この蛆虫が! 何が謝罪しろだ、お前が謝罪しろ!」

「……くたばれ贋作野郎」


 俺が蹴られながらも凸指をたてると、安井は顔を真赤にして蹴りを強める。


「死ね、クソガキが! 死ね死ね!」

「なにしてんだテメェ、やめろ!」


 突然響いた低い女性の声と共に蹴りがやんだ。

 俺は血がポタつく顔を上げる。

 レッスンが終わって帰るところだったのだろうか? 駐車場にやってきた成瀬さんと目と目があった。

 彼女はボコられていたのが俺だと気づき、一気に形相が変わる。


「なにやってんだよテメェ……コラ」


 成瀬さんは一気にリミッターが外れ、安井の胸ぐらを掴み上げた。

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