第211話 アイドル成瀬 前編
「成瀬君、本当に君の音楽は最高だよ」
「あ、ありがとうございます」
都内音楽事務所に呼び出された成瀬は、スーツ姿の中年男性に褒めちぎられていた。
対面するこの男性は、有名アイドルグループを育成したと言われる敏腕プロデューサー安井康夫。成瀬のMutyubeを見て声をかけてきたのだ。
いつもは誰に対しても横柄な態度をとる成瀬だったが、さすがに彼の噂話は知っており、もしかしたら夢が叶うかもしれないと萎縮していた。
「成瀬君、君は将来的に音楽で食べていきたいんだろ?」
「は、はい」
「君の視聴者は君のデカパイのことにしか関心がないようだが、私は違う。君の歌動画を見てはっきりと確信している。君は売れる」
「あ、ありがとうございます」
「作詞作曲は誰かにやってもらってるのかね?」
「いえ、全部自分で」
「素晴らしい。どうだろう、我がグループの為に新曲を書いてもらえないだろうか? それがよければ……いきなりデビューは難しいが、候補生として我が事務所に迎えたい」
「あ、あの、生意気なんですけど、あたしアイドルじゃなくて、ソロのロックシンガーを目指してて……」
「成瀬君、君が愛川七瀬や、上本彩を目指してるのはわかってる」
「わかるんですか!?」
「ああ、君の音楽を聞いていたらね。理想を持つのは素晴らしいことだが、今は時代がかわってね。とにかくファンをつけないと、どれだけ音楽が良かろうと食っていけないんだよ。君もそれがわかってるから動画ではサムネで胸を露出し、とにかく人を呼び込もうとしてるわけだろ?」
「はい」
「それは正解だ。音楽もまずアイドルをして、ファンをつけよう。人が集まれば、私のように君の音楽の良さを理解する人はきっと出てくる。そこから君がやりたいロックシンガーを目指せば良いじゃないか」
「は、はい」
「私はアイドルの成瀬君も悪くないと思うがね」
「あ、あたしあんなフリフリ衣装で歌えませんよ……」
「ワハハハ、アイドルになりたいという女の子は山といるのに贅沢な子だ」
プロデューサーは実に面白いと腹を揺らしながら笑う。
「す、すみません」
「とにかく一曲作ってくれたまえ。よろしく頼むよ」
「はい!」
◇
最近成瀬さんの様子がおかしい。
いつも朝は飲みつぶれて酷いことになっていることが多いのに、ここんとこずっとパソコンとギターに向かいあったままだ。
「成瀬さん、朝ごはんできてますよ」
「おぉ、後で食う。今いい音が降りてきてんだよ」
でかいヘッドホンを頭につけ、ギターを持つ彼女は恐らく徹夜なのににこやかに笑う。
「いい音が降ってきたって、そんなミュージシャンじゃあるまいし」
「あたしは一応ミュージシャンだよ!」
怒った成瀬さんにこめかみを拳でグリグリと締め付けられる。
側頭部はくっそ痛いけど、後頭部は乳が当たって幸せ。
俺は部屋に戻り、静さんと真凛亞さんと共に朝食をとる。
「成瀬さんどうしたんですかね? 急に音楽に目覚めたみたいで」
「……なる先輩は元からシンガー。最近アイドル事務所の
「それってFire128とかいる超大手じゃないですか」
「わー凄いわなるちゃん。努力が実を結んだのね」
「努力?」
嬉しそうにする静さんだが、俺にはあの人がスライム風呂に入ったり、コーラにメントス入れてパニックになってる記憶しかないが?
俺はスマホからMutyubeにアクセスし、彼女の音楽動画を再生する。
『~~♪』
「大半の人間は、ギターの上に乗っかる乳にしか目がいかないだけで、曲自体は良いものだよね」
本人には絶対言わんが、とうとうそこにプロが気づいたらしい。
「なる先輩は報われない子だから」
「なるちゃんがFire128に入るかもしれないのね」
あの人がアイドル衣装を着て踊っている姿が、全く想像つかない。
でも、やっと降りてきた天からの糸。なんとか掴み取って、成功の道を歩んでほしい。
◇
それから数日間、成瀬さんは寝る間をおしんで新曲を完成させるのだった。
「~~♪…………どうだ?」
俺は成瀬さんの部屋で、新曲【BARIBARIビューティフルドリーマーZ】を聞き、難しい顔をしながら腕組みしていた。
「…………」
「なんか言えよ」
「…………タイトルが若干ダサい以外は完璧です」
「テメェ、必死に貶す部分がないか考えてただろ!」
ゴリゴリとげんこつで側頭部を締め付けられる、後頭部が以下略。
「いや、でも本当に魂がこもってると思います。音楽には全然詳しくないですけど素晴らしいです」
「…………お、お前がそこまで言うとは珍しいな」
「事実ですから。これで成瀬さんもアイドルですね」
「馬鹿野郎、まだプロデューサーに納品してねぇんだから、あんま期待もたせんな」
翌日、納品を終えた成瀬さんはやっと寝れると上機嫌だった。
「プロデューサーさんなんか言ってたんですか?」
「メールでのやりとりしかしてねぇけど、まぁそのなんだ……好感触だったよ」
謙遜してるけど、こりゃ相当良い事言ってもらえたんだろうな。
「本格的に成瀬さんのアイドル編が始まるわけですね」
「いや、始まったとしてもまず候補生からだし」
「そこから成り上がっていくわけですね」
「ま、まぁ、あたしもあんま知らねぇけど……年齢とか大丈夫かな。あたしもう20だけど」
「成瀬さんは美人だから大丈夫ですよ」
「…………面と向かって言うなバカ。お前女褒めなれてんだろ」
「俺は本当に思ったことしか言いませんよ。貴女に気を使ってもしょうがないですし」
「な、なんだよそれ……」
珍しく照れてる。いつもこんなだったら可愛いのに。
「でも成瀬さんがアイドルになったら、多分もっとセキュリティの強い場所に引っ越ししなきゃならないでしょうね。ファンとかつめよせてくるかも」
「あ……そうなると、ここ出ることになるんだな」
「……そうですね」
「…………」
「…………」
疑似家族生活の終わりに気づき、二人して沈黙してしまう。
いずれそういうときが来るとは思っていたが、巣立ちは唐突だったな。
「なんでそんな複雑そうな顔してるんですか。夢が叶うんですよ」
「あ、あぁそうだな……」
◇
それから数週間後の夜――
俺はテレビの音楽番組を見て、あれ? と首を傾げた。
『Fire128の新曲、ビューティフルドリーマーZ聞いて下さい』
100人を超える有名アイドルグループが歌う新曲。それは紛うことなき成瀬さんが作った曲だった。
しかし音楽のテロップには作詞作曲安井康夫と、プロデューサー名になっている。
「なんでこの曲が……?」
「なる先輩、新曲とられたっぽいです」
「どういうこと?」
「プロデューサーが、君の名前だと売れないから私の名義でリリースするって」
「はぁ!? 盗作じゃないですか!」
「君の作った音楽をトップアイドルが歌う、凄い名誉なことだって丸め込まれたみたい……」
「おかしいでしょう! あの人ならふざけんじゃねぇってグーパン入れてもおかしくないのに! 成瀬さんはどうしたんですか!?」
「なる先輩は候補生のレッスンがあるって……」
「嘘でしょ、曲パクられたのに候補生やってるんですか!?」
丁度その時、玄関の音がして成瀬さんが帰ってきた。
俺は慌てて彼女を迎えに行く。
「成瀬さん、どういうことですか!?」
「どうって、いきなりなんだよ」
「新曲ですよ! プロデューサーにとられたって!」
「とられたって大げさな……」
俺は怒っているのに、パクられた本人のテンションは低い。
「えっ!? なんでそんな納得してるんですか!?」
「別に納得してるわけじゃねぇけど、プロデューサーが言うように、あたしの名義で出しても多分売れないしな」
「いや、だから事務所に入れてもらったんじゃないんですか!? ちゃんと作曲料とか貰ってるんですか?」
「あたしの曲じゃないんだから入るわけ無いだろ」
「はぁ!? えっ!?」
「強いて言うなら候補生のレッスン料があたしだけ無料なんだ」
「いやいやいや! 向こうは成瀬さんの曲で何億と稼いでるんですよ! それがレッスン料免除だけって、そんなの搾取じゃないですか!」
「うるせーな、あたしは次の曲作りに忙しいんだ」
「ちょっと待って下さい、次こそは成瀬さんの名義で出されるんですよね!?」
「そんなのわかんねぇよ、プロデューサー次第だ」
俺は頭がくらっとした。
この人完全に安井康夫のゴーストライターにされてる。
いや、この安井康夫って人確か60歳超えてて、毎回なんでこんなフレッシュな曲を作曲できるんだって思ってたけど、こういうカラクリかよ。
「俺抗議してきますよ! 成瀬さんの名前をちゃんと出せって!」
「やめろ、クビになんだろうが! あそこ結構厳しいんだよ。今日も素行不良の候補生がクビになったし」
「やたら卒業が多いのもそのせいですか」
「とにかくお前には関係ねぇんだ、口出ししてくんじゃねぇ」
自分の権力を利用し、若く才能のあるクリエーターから搾取する。
なにがプロデューサーだ。
俺たちの間に重い空気がたちこめる。
◇
それから数週間後、今度は別グループのWind256の新曲がリリースされたが、それも成瀬さんからの盗作だった。
なぜわかるかって? 簡単だ、夜中彼女の部屋から聞こえてくるメロディと新曲が全く同じだからだ。
成瀬さんはレッスンと作曲の同時進行で過労になり、Mutyubeの更新も約1ヶ月近くストップしてしまっている。
俺はこのままでは、Mutyubeでの人気も落とし、音楽の才能も吸われるだけの存在になると気づいていた。
もしかしたらこのプロデューサーが、待っていればいずれ成瀬さんを使ってくれるのかもしれないが、恐らく俺が盗作する側の立場なら絶対にアイドルとして舞台に上げることはない。
そりゃそうだろ「本当はこの曲私が作ってるんですよ」なんて言われた日には終わりだ。
きっと候補生として飼い殺し、才能を吸い出せるだけ吸い出したら捨てられることだろう。
俺は同じアミューズメント業界に知識がある月に話を聞くと、案の定あのプロデューサーにいい噂はないらしい。
ただ、水咲もおいそれと口出しできないくらいの権力を持っているため、関わらないのが吉と言われた。
「もう遅いんだよな……」
水咲でどうにもならないなら、俺がやるしかあるまい。
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