第179話 甘い対決Ⅱ

 かくして女性のしのぎを削るチョコレートクッキングが始まったわけだが、出来上がるのを待つだけの身としては不安しかない。


「とりあえず調理状況を見て回るか」


 一応今回の参加者は静さん、成瀬さん、雷火ちゃん、綺羅星、天の五人のはず。

 とりあえず不安なのは


 雷火ちゃん

 綺羅星

 成瀬さん


 辺りか。五人中三人不安ってどうなん? 静さんは別の意味で不安だが、多分食べれないものは出てこないと思う。ただ今あげた三人は、リアルで食べれないものを出してくる可能性が高い。

 さて、誰から巡回するか……。

 ちょうど雷火ちゃんが、食材確保用のバスケットにフルーツをしこたま入れて戻ってくるのが見えた。


「彼女にしよう」


 雷火ちゃんはキッチンの上に、フルーツと板チョコを並べ、よしっと満足げに頷く。


「雷火ちゃんは何を作ろうとしてるのかな?」

「あっ、悠介さん。それは秘密です。実はバレンタインデーになったらやろうと思って、温めていたレシピがありまして」

「そうなんだ、それは楽しみだ」

「フフッ、ちょっと待っててくださいね」


 彼女は食材と一緒に調理器具を取り出す。その中に理科用のビーカーや、メスシリンダー、アルコールランプが混じっていて「ん?」となる。


「こ、これ使うの? リトマス紙」

「はい、アルカリ性をはかるのにいりますよね?」


 ん? 平時にアルカリ性測ることあるかな?


「さーてやりますか」


 雷火ちゃんは笑顔で熱したフライパンにチョコをぶち込もうとするので、慌てて止める。


「ら、雷火ちゃんチョコを溶かすときは湯煎だよ!」


「えっ?」という虚をつかれた顔。


「ふふ、やですね。それくらい知ってますよ(早口)」


 フライパンを電気コンロからどけて、ビーカーに水を入れてお湯を沸かし始める雷火ちゃん。……不安だ。


「え、えっと、50度以上のお湯で溶かすと、チョコの油分が分離してクソまずになっちゃうから気を付けてね」

「心配性ですね、安心してください。わたしをチョコ菓子の一つも作れない女だと思ってますか?」


 正直思っています。


「大丈夫ですよ。自分でも身の程はわきまえてますから。悠介さん、絶対わたしが暗黒物質ダークマター作ると思ってますよね?」

「い、いやぁ、そんなことはないよ」

「大丈夫ですよ。もし不味かったら残してくれていいですから。わたし家でお料理しても失敗ばかりですけど、ちゃんと残さず自分で処理してますから」


 ――だから、不味いって言われてもちっとも気にしませんから。


 ほんの少し彼女の目尻に健気さを隠す涙が見えた。


「だ、大丈夫! 絶対完食するから安心して!」


 守護らなければ、この笑顔。

 彼女が愛をこめて作ってくれるというのなら、愛を持って食そう。例え我が胃を犠牲にしたとしても。

 その時は拳を天に掲げ、前のめりに倒れよう。


 俺は覚悟完了した漢の顔で次のキッチンに行くと、綺羅星が鼻にチョコをつけながらガンプラを眺めていた。

 なんでこいつキッチンでガンプラのポージングやってんの? と思いながら眺めていると、彼女は溶かしたチョコを用意し、刷毛でガンプラに塗り始めた。

 しばらくすると、チョコ塗装されたガンニョムが出来上がる。


「や~ん完璧~♪ 1/144チョコダムゥ~早くダーリンに食べてほしぃ~♪」

「食えるかそんなもん」


 俺は背後から彼女の頭にチョップを落とした。


「えぇ!? なんで!? 痛い!?」

「中身プラモのチョコなんか食えるか」


 口の中血まみれになるわ。

 良かった、作成風景見てなかったら気づかずに食ってたぞ。


「めっちゃ可愛くできたのに!」

「チョコ塗りたくられてガンニョム泣いてるぞ」

「これからスパンコールでキラキラデコっちゃおうかなって」

「食べ物と食べられないものを組みあわせるのはやめなさい」

「ぶー、じゃあ何作ればいいんすか」

「もっと簡単なものの方がいいと思うよ。1/144チョコダムなんか料理の鉄人くらいしか作れないし。雷火ちゃんも結構簡単なレシピで苦労してたよ」

「そだ、雷ちゃんと一緒に作っちゃお! 確かこれってペアの概念ないから、誰かと作ってもいいんだよね?」

「ん~確か賞品でもめないなら、合作でもいいみたいだけど」

「むふ~♪ じゃあ雷ちゃんと作ろ~♪」


 ガンプラ片手に、上機嫌で雷火ちゃんのキッチンに向かう綺羅星。

 なぜ君らはマイナスとマイナスでタッグを組もうとするのか。いや、もしかしたらあの二人なら何か化学反応を起こして、凄いものが出来るかも?


「無理だろうな……」


 あのペアは諦めて次に行こう。

 俺は気になっていた、静さんのキッチンへと向かう。

 さて蛇が出るか鬼が出るか。あの人なら口移しチョコとか作っててもおかしくはない。

 すると何をやっているのか、真凛愛さんと成瀬さんが【KEEP OUT】と書かれたバスタオルを広げた状態で立っていた。二人は調理内容を見せないように目隠しをしているようだ。


「あの、何やってるんですか?」

「チョコ作ってんだよ。先生が優勝したいっていうから、あたしとあっちゃんでアイデア出し合ったんだ」

「絶対、優勝間違いなし」


 ぐっと親指を立てる真凛愛さん。

 凄い自信だ。何やってるかめちゃくちゃ気になる。


「中チラ見していいですか?」

「お前ならいいんじゃね?」

「なる先輩、先生怒るよ」

「怒らねぇって、むしろ喜ぶ。さっ、入れ」


 成瀬さんはバスタオルのカーテンを上げると、俺を入れてくれる。

 中ではキッチンに上体を倒して、微動だにしない静さんの姿があった。


「静さん、何してるの?」

「えっ、ユウ君?」


 静さんは驚いて体を起こすと、ボロンと露になった爆乳の暴力が見えて俺は慌ててそっぽを向いた。

 こ、この人、自分の胸でパイ拓とってる。

 銀トレイの中に溶けたチョコを敷いて、そこに自分の胸を押し付けてつくるパイ拓。静さんは水着も外して、生パイの型をとっていたのだった。だからあの二人が隠してたのか。


「キャアッ!」


 生パイ晒していることに気づいて、慌てて胸をチョコ沼に隠す静さん。


「ご、ごめん、見えてはない! チョコで見えなかったから!」


 ククククと成瀬さんの笑い声が聞こえる。あの人こうなるとわかってて、中に入れたな。

 ドッキリで着替え中の更衣室に誘いこまれた気分だ。


「な、なにしてるの? それ?」

「ま、真凛愛ちゃんとなるちゃんが、優勝するならこれくらいインパクトがある方がいいって」


 くっ、あのエロ漫画家とサ胸釣りmutyuberめ。無垢な静さんを騙すなんて、なんて非道を。もっとやれ。


「静さん、それ出来上がったら静さんのパイ型が出来ちゃうってことだよね?」

「そ、そうね」

「それって他の人にもパイ拓見られちゃうんじゃ……」

「だ、大丈夫よ。練乳とフルーツでデコレーションするから!」


 余計卑猥なだけでは? チョコの女体盛りを想像してしまう。


「あ、あのユウ君お願いがあるんだけど」

「な、なに?」

「髪の毛、チョコに入らないように持っててくれない?」


 見ると静さんの長い髪が、銀トレイの中に入ってしまいそうだった。


「う、うん」


 彼女の後ろ髪をまとめて持ち上げると、白いうなじと背中、そして後ろからでもハミ出た横乳が目に入る。

 これはマズイですよ……。

 精一杯目線を逸らしながら、チョコが固まるまで待った。

 そのあと「チョコ固まったかな?」と上体を起こして、再び生乳を晒した静さん。


「隙が多すぎるよ静さん」


 絶対悪い男に捕まるから、しっかりした人に貰われた方がいいと、本気で思うのだった。


 逃げるようにして別のキッチンに向かうと、その中に一ノ瀬さんの姿を見つける。

 ゆるふわお姉さんの一ノ瀬さんは玲愛さんのお友達で、確か一回戦のバレーの時は内海さんと組んでいた。内海さんがペアを変わってからどうなったんだろうと思っていたが、まだイベントに参加し続けてくれているらしい。


「一ノ瀬さん」

「あっ、やっほー三石君」

「もう帰られたかと思ってました」

「いやね、イベント参加者は施設利用料無料だから最後まで使い倒すわよ」


 意外とたくましい人だ。


「チョコ作ってたんですか?」

「まぁね、このイベントやったらフルーツ食べ放題らしいし」

「バレンタインの予行演習みたいなもんですか?」

「違うわよ、バレンタインでへったくそな手作り渡されるより、お金かけた市販品の方が嬉しいでしょ?」

「そうですか? 俺は手作り嬉しいですけどね」


 味も重視されるんだろうけど、俺としては作る手間をとってくれただけで十分嬉しい。なので、雷火ちゃんや綺羅星が失敗しようと別に構わなかったりする。

 それは多分全国の男が同じことで、女の子が頑張って作ってくれたのもであれば、どのようなものでも美味いと言うだろう。


「チョコ作ってるってことは誰かに食べてもらうんですよね?」

「えっ……いやぁ、ん~まぁ……」


 一ノ瀬さんは顔を赤らめて視線を逸らす。

 わかりやすく照れてるなと思いながらその視線の先を見やると、会場の隅で休憩している内海さんの姿が見えた。

 玲愛さんはホテルに戻ったのに、あの人だけ戻らないなってちょっと気になってたんだ。


「一ノ瀬さん、内海さんのこと好きなんですか?」

「な、なに言ってるのかな~? お、お姉さんよくわかんないな~。ダメだよ三石君変なこと言っちゃ」


 ぶじゅると汚い音をたてて、持っていたチョコチューブを握りつぶす一ノ瀬さん。


「内海君は凄い人だし、あたしなんて眼中にないから……」

「そうですか? 仲良くない人を泊りがけのイベントに誘ったりしないと思いますけど」

「……女と思われてないのよ。多分ね」


 深いため息を吐く一ノ瀬さん。


「内海君はおバカなところもあるけど、あれでもエリートだから」

「内海さんとはいつ頃からの知り合いなんですか?」

「ん~、実は小学生から……」

「えっ、じゃあ幼馴染じゃないですか」

「ま、まぁ住んでたところが近かったし、あたし年下だから上級生の内海君に連れられて登校してたのよね。だから飄々とした兄と、口の悪い妹みたいなポジションでさ」

「ビーチバレーのとき、チョップで内海さんを砂浜に埋没させてましたもんね」

「そ、そうなのよね……こう、つい手が出ちゃうというか」


 逆を言うと、凄く気安い関係なのかもしれない。


「アタシも相手が伊達さんじゃなかったらワンチャンあったかなって思うけど、もう100:0で負けじゃん?」

「そうですね……残念ながら」

「そこは負けてませんよってフォローなさいよ」


 卑屈なのか女捨ててないのか判断に困る人だ。


「でも、俺は挫けずにアタックしてもいいと思いますよ。チョコレートもうまく出来てますし」

「そう……かなぁ……」


 一ノ瀬さんは出来上がったチョコケーキを見やる。本当にお菓子屋さんのような出来栄えだ。

 もしかしたら玲愛さんサイドもこじれてるけど、内海さんサイドも結構こじれてるのかもしれないなぁ。


 そして時間は流れ、実食の時間がやってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る