第180話 甘い戦いⅢ

 そして時間は流れ、チョコ対決実食の時間がやってきた。水咲の運営が参加者に向かってアナウンスを行う。


「審査員による評価が終わりましたので、これより実食に入ります。それでは実食担当の方はテーブルへついてください。チョコを残した場合、失格になりますのでご注意ください」


 確か賞品を貰うには、俺がちゃんとチョコを完食しないといけないんだな。

 もし仮に大賞に選ばれていて、俺が食べられなくて失格になったら可哀そうだ。

 そんなことを思っていると、天が肘で俺を突く。


「兄君、食べ終わったら100点満点で採点してよ」

「皆美味しいじゃダメなのか?」

「ダメだよ。一応乙女の戦いだからね」


 見た目一番乙女から遠いイケメン(♀)なのに。


「俺は貰い物にでも遠慮なく0点をつけられる男だけど大丈夫か?」

「うぐ、だ、大丈夫。僕は絶対0にはならないから。むしろ100点とる自信あるし」

「そりゃ凄い。皆もそれでいい?」


 そう聞くと、全員視線を泳がせ「だ、大丈夫だよ」と答える。本当か? 声裏返ってる子もいたが。今から不安になってきたな。

 俺がテーブルへつくと、エプロン姿の雷火ちゃんや綺羅星達は、己の作品が乗った皿を持つ。

 全ての皿にはハンカチがかけられていて、中を見ることはできない。

 ただ、明らかにデカいものや異質なオーラを放つものがあるのはわかる。


「じゃ……じゃあそれから行こうか」


 俺は一番の暗黒オーラを放つ皿を指さす。調理者である雷火ちゃんが緊張した面持ちでテーブルに皿を置くと、俺に目くばせする。


「気をしっかりもってくださいね……」


 どういうこと? 手料理を食べるときのセリフじゃないですよね?

 彼女がハンカチを取り払うと、予想通りヘドロの毒沼みたいなチョコが姿を現した。ヘドロの上にホワイトチョコソースで「ごめんなさい」と謝罪文が書かれている。


「環境汚染がこの皿の上で起きたのかな?」


 すると雷火ちゃんがビタンと倒れ、その場に四つん這いになった。


暗黒物質ダークマター作らないなんてイキって本当にすみませんでした」

「食べる前から謝罪するのやめてもらっていいかな」

「失敗した失敗した失敗した失敗した」

「怖い落ち込み方するのやめてもろて」


 まぁこの苦しみもがくようなベトベターを見て、誰も成功作とは思わないだろう。


「悠介さんの言う通り、油分が分離してちゃんと固まらなくて、何度か溶かして固めてを繰り返してたら、変な粉みたいなの浮いてきて……」

「このチョコの中に浮かぶフルーツが、生ゴミみたいな見た目でいい味を出してるよ」


 作品名をつけるなら、アローラベトベトンって感じだ。

 実際恐る恐る食べてみると、見た目悪いが、まぁ元がチョコとフルーツなので、どれだけダメにしても食べられなくはない。ただ絶望的なくらいに苦くて舌触りが悪いくらい。

 一応全てを完食し、俺は曖昧に笑った。


「ごちそうさまう、う、うん良かったよ」

「やめて! 全部食べ切る優しさがわたしに刺さります!」

「なんかこのビターな感じが味を引き締めてる感じがして、見た目もインパクトあるけど、そのギャップで意外とイケるじゃんみたいな感じで……」

「食レポアナウンサーが、激マズ料理をなんとか頑張って褒めるとこ探そうとしてるみたいで辛いです! これならマズイって一刀両断された方がまだマシですよ!」


 のたうち回る雷火ちゃんが面白いので、今度から彼女の料理は全部褒めることにしよう。


「まぁ、60点ってところかな」


 今後に期待ということで、50点くらい上乗せして採点した。


「次はあたしよ」


 次に皿を持ってきたのは予想外の人物、主催者の月だった。


「なんだねコレは?」


 俺が問うと作成者の金髪ツインテは笑顔で「顔」と答えた。彼女はインパクト抜群な、石仮面みたいな人面チョコを持ってきたのだった。というかなんで主催が参加しているんだ。


「べ、別に、チョコバトルとは関係ないけど、ただ作ってみたくなっただけだし。か、勘違いしないでよオタメガネ!」


 ツンデレのテンプレやめろ。あと眼鏡はかけてない。


「これ誰の顔なの?」

「あたしの顔の型をとったデスマスク。高級チョコを溶かして固めたものよ」

「君は頭の病気か何かかね?」

「フフッ、唇の部分なめても構わないわよ」

「このバイオハザードのキーアイテムみたいな物を、さもエッチな物みたいに言うのをやめろ!」


 俺はデスマスクを半分にたたき割ると、パリパリと食べていく。

 さすが高級品。味は悪くないし油分分離もしていない。だが、これなら溶ける前の状態で欲しかった。


「ちょ、ちょっと! せっかくチョコに顔埋めて型とったのに!」

「それが気持ち悪いとなぜ気づかん!」

「ちゃんと顔洗ったわよ!」


 そういう問題ではない。この子頭いいんだけど、バカなところが玉に瑕だな。


「不味くはないが、見た目が気持ち悪いから10点な」


 ぐにゃっと腰砕けになる月。


「なんで……センスないわねあんた……」


 君にセンスの話をされたくない。


「全く、月には困ったものだね」


 そう言ってハンカチのかかった皿を持ってきた水咲家長女天。

 彼女の調理風景も見ていたが、イケメン(♀)すぎるせいで、周りに女の子がいっぱいやってきてキャーキャーさわがれてて近づけなかった。

 顔色から見ても自信があり、さっきも100点とると言っていたのでそれなりのものが出来ていると予想する。


「天のはまともだと信じてるぞ」

「当たり前だよ。これでも芸術に携わってきたんだ。味にも見た目にもこだわったよ」


 そう言って皿にかかったハンカチをとると、そこには三石悠介の生首型チョコが鎮座していた。


「封印されし三石悠介の首かな」

「君の顔を考えながら作ったものだよ。食べて♡」


 嬉しそうに自分の頬をおさえる天だが、自分の生首チョコって心底食いにくい。

 しかもこの生首なんで泣いてるの? せめて笑顔にしてよ……。

 チョコにナイフを刺し入れると、めちゃくちゃ痛がっているように見える。

 頭を開刀すると、中からオレンジ色のチョコがドロッとこぼれ出た。


「君の脳を再現した、脳漿モンブランチョコソースだよ」

「狂ってんのか!? 姉妹そろって発想がサイコパスなんだよ!」


 なにこれホラー枠!? 自分の脳を象ったチョコ食べて喜ぶ男いるの!?

 味はクッソ美味しいのがまた腹立つ。


「ど、どうかな……?」


 上目遣いで俺を見やる天。その顔は褒められるの待ちな期待が見える。


「美味しいよ」

「良かった……。じゃあ得点は」

「見た目が気持ち悪いから0だよ」


 天は月の隣に四つん這いになって倒れた。


「0? ……嘘でしょ? 産まれてから90点以下とったことないボクが?」


 当たり前だ。よくこれで100点とるて言ったな。生首チョコなんて気持ち悪すぎるだろ。

 多分天も感性が天才すぎてバカになっちゃったんだろうな。

 俺はこの現象をリバースバカと呼ぶことにした。


 そして水咲家最後の刺客、綺羅星。

 もはや食べれるものであれば、どんな状態で出されても驚かん。

 ベトベターでもベトベトンでもマタドガスでもなんでも持って来なさい。

 そう思い皿の上を見やると。


「チョコ……バナナ?」


 シンプルにバナナにチョコソースをかけて、その上にアーモンドを砕いてちりばめている。


「いろいろやったけど失敗しちゃったから」


 綺羅星はぷくっと頬を膨らませつつ、顔を赤くしている。思い通りに作れなくて相当悔しいらしい。彼女の指には絆創膏が巻かれている。この子ガンプラ作ってる時も不器用だったし、相当頑張ってくれたのだろう。

 俺は一口食す。うむ、普通のチョコバナナだ。パリパリとしたアーモンドの食感も良く、チョコってこんなに美味しいんだなって再確認させてくれる。


「90点」

「「「はぁ!!?」」」


 思いもよらぬ高得点に、採点済み女性陣が殺気に満ちる。


「やった! マジで、超嬉しいんですけど!」

「やっぱりシンプルイズベストなんだよな」

「こっちは顔拓までとってるのに、バナナにチョコかけただけの物に負けたってわけ!?」

「その通りだが?」


 何か問題でも?


「ぐぐぐぐぐ」


 さて、このままだと綺羅星チョコバナナが一番ということになるが、ラスト大ボスが控えている。

 静さんが恥ずかし気にハンカチのかかった大きな皿を持ってくる。

 あの薄い布の下に、静さんのパイ拓チョコがあると思うとドキドキする。それと同時に、一体チョコ何個使ったんだと言いたくなるデカさに血糖値も上がっていく。

 しかし例え自分の体を犠牲にしたとしても、これは食べなければいけないだろう。


「ユウ君、あんまり無理しないでね。たくさん食べてるから鼻血でちゃうわよ」

「大丈夫。男にはやらなきゃいけない時があるから」


 むしろ見ただけで鼻血を出してしまう危険性すらある。


「悠介さん今までロシアンルーレットやってるみたいな顔してたのに、急にワクワクした目になってますね」

「あたし審査員として採点したけど、おっぱい型チョコだったわ」

「あぁそれで……」


 雷火ちゃんと月の目が冷ややかなものになる。だけど気にしないぞ。ワイはパイ拓チョコ食べるんや。

 しかし静さんが皿をテーブルに置こうとしたとき、隣の机でワイワイと盛り上がっていた別の参加者にドンケツされてしまう。


「あ」


 後ろから押された拍子に静さんはバランスを崩し、皿は中空を舞うとガチャンと音をたてて床にひっくり返った。

 幸い皿は割れなかったものの、パイ型チョコは見るも無残に砕けてしまった。


「す、すみません!」


 ドンケツした参加者はひたすら静さんに平謝りする。ただ後ろを見ていなかっただけで、悪意はなかっただろう。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

「だ、大丈夫ですよ」


 披露宴でウェディングケーキを倒してしまったような、なんとも言えぬ気まずい空気が漂う。月が運営を呼んで片づけさせようとするが、俺は砕けたチョコの前に膝をつく。


「あー勿体ない……」


 ポリポリと砕けたチョコを食す。うん、味はチョコ。美味しい。


「ユウ君、無理しなくていいのよ」

「大丈夫。せっかく作ってくれたし、ちゃんと食べないと。もしかしたら静さんの作品が受賞してるかもしれないからね」

「悠介さん、なんだかんだ言って全部完食してますからね」


 床に散らばったチョコを一つ一つ食べていく。まぁ最悪腹壊すくらいだし、俺としては衛生面より今日食った分のカロリーの方が怖い。

 しばらく糖分禁止しようと思っていると、何か思いついたのか真凛愛さんと成瀬さんが散らばったチョコを拾い集めていく。


「ちょっと待ってろ作り直してやる。先生はこっちに」

「えっ?」


 三人はチョコの残骸を持ってキッチンへと引っ込んでいく。

 しかし当然そんな時間的余裕はなく、俺は静さんのチョコを完食することができなかった。


 実食タイムが終わり、水咲運営が結果発表を行う。


「それでは審査結果を発表します。最優秀メロメロチョコ賞は、製作者一ノ瀬様、実食者内海様のペアが獲得しました!」


 パチパチと場内で拍手が沸き起こる。

 そっか一ノ瀬さんのチョコ凄く出来が良かったもんな。

 一ノ瀬さんは月から純金の婚姻届を受け取る。これからレーザー刻印で一ノ瀬さんの名前が彫られるらしい。

 男性側の名前は空欄だろうか? それとも内海さんの名前が入るのか……。

 賞品を受け取った一ノ瀬さんは、ほんの少しだけ複雑そうな表情を浮かべていた。


「えーまたトラブルがあったのですが、本来大賞に選出されていた三石静さんにも、特別賞として純金のマリッジリングを贈呈いたします」

「えっ?」


 月がこちらにウインクする。

 そっか結果食べれなくなったから大賞にはできないけど、特別賞にしてくれたんだ。

 静さんがいないので、かわりに俺が月から純金のペアリングを受け取る。

 尚純金の婚姻届けに比べ、含まれている金の量は1000分の1以下らしいのだが、俺としてはそんなネタ賞品よりこっちの方が実用的じゃないかなと思う。

 表彰が終わり、参加者たちがホールを後にしていく。すると全てが終わってから成瀬さんがひょっこりと顔を出して、俺を手招きする。


「チョコ作り直したから来い」

「この短時間で凄いですね。でも、もう大賞も決まっちゃいましたし、なにより静さん特別賞に選ばれてましたよ」

「じゃあちゃんと先生のチョコ食べないとな」

「?」


 俺が案内されたのはキッチンスタジオのすぐ隣にあるシャワールーム。

 この辺りはイベント使用の為、貸し切りにされているので人の姿はない。


「なぜこんなところに?」

「ほれほれ奥行って」


 このシャワールームは一つ一つ壁で区切られた個室タイプで、俺はその中の一室に放り込まれた。

 それと同時に扉を閉められてしまう。


「なんなんだ?」


 狭いシャワー室には、タオルを体に巻いた静さんの姿があった。

 内股をすり合わせながら、酷く赤面している。


「あっ、静さん特別賞貰ってたよ」

「そ、そう。良かった」

「これなんだけど」


 俺は賞品のペアリングを取り出す。


「まぁ、凄く綺麗ね」

「はい」


 俺はリングを手渡そうとするが、静さんに押し返される。


「それはユウ君が使って。多分これから必要になるでしょ?」

「いや、俺がもし必要になったら自分で買うからいいよ。チョコは食べられなかったけど、これは静さんが受賞して得たものだからね」


 俺は彼女の手を取って、薬指にはめてみる。


「あっ……」


 静さんは自分の指にはまった指輪を見て艶めかしい吐息をつく。


「綺麗だね」

「うん……嬉しい、一生養っていくからね……」

「一生?」


 ん? ちょっと待って俺今やばいことしたんじゃ……。


「その……ユウ君に食べてほしいものがあるんだけど」

「あぁチョコでしょ。成瀬さんから作り直したって聞いたけど、どこに——」


 そう聞くと静さんはタオルの前を観音開きにして見せた。

 そこにはチョコを塗りたくられた、彼女の裸体があった。


「…………」

「え、えっと、あの壊れちゃったチョコを溶かして、その、塗りました」

「…………」

「本当は恥ずかしくてやめようと思ったんだけど、ユウ君ならいいかなって……」


 静さんは糸目を更に細め、真っ赤な顔で


「た、食べて♡」と


 パイチョコは生パイチョコに変化したのだった。





――――———

すみません、ちょっとリアルがバタついていて更新滞ってます。

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