第193話 サウナからの脱出 前編

 サウナに閉じ込められた俺は、成瀬さんとどうやってここから脱出するかを考えていた。


「どうしましょう。このままじゃ俺ギャグマンガ日◯のクマさんみたいになるんですけど」


 ミニタオルを腰に巻き、腕ブラで胸を隠した成瀬さんはう~むと唸る。


「このサウナから浴場の出口は数メートル。走れば2,3秒で出られるが、当然ママさんやお前の女がいる風呂を横切らなきゃいけねぇ」

「お前の女っていうのやめてください」

「出口の左サイドにシャワーが3つ、右側に風呂、その奥にこの個室サウナ。今ママさんとアホそうなギャルの子と、理系っぽい胸の小さい女の子がシャワー使ってんな……」


 それは静さんと綺羅星と雷火ちゃんってことだろうか。

 雷火ちゃんの名誉のために言っておくが、他がおかしいだけで彼女のサイズは普通である。


「風呂側にはあっちゃんと、ポニテのキリッとした女の子と宝塚みたいな子が入ってる」


 それは麻凛愛さんと火恋先輩と天ってことだろうか。


「3,3に分かれてるから、どうやっても視線をかいくぐって外に出るのは無理だ」

「全員がシャワー使ってるとかだったら、その隙きにこっそり行けたかもしれませんけどね……」


 この個室風呂、4,5人用だからな。そこに7人入ってる時点でほぼ詰みである。


「脱出は難しいな」

「俺がオロロロロと蛮族的な奇声あげながら出ていったら、皆ポカンとしてやりすごせるんじゃないでしょうか?」

「アタシは伊達と水咲が、なんでこんなバカとりあってるのか心底わからん」

「顔……でしょうか?」

「おこがましいわ。よしアタシがここ出るから、お前はぴったり歩幅合わせて一緒に歩け」

「そんな忍者みたいなことできませんよ。ってか風呂側の一方向から見られてるだけならいけるかもしれませんけど、シャワー側から見られたら終わりですよ」

「シャワー側はケツ向けてるし行けるだろ」


 その時、こちらに向かって声が聞こえてきた。


「あっ、個室サウナがありますよ。わたしサウナ行ってきます」

「あーしも行くー雷ちゃん我慢比べしない?」

「そんな子供みたいなことしません」


 まずい、雷火ちゃんと綺羅星がこっちに来る!


「ちょっやばい、理系とギャルが来るぞ隠れろ!」

「隠れろって、この狭いサウナのどこに隠れるんですか!?」

「いいから隠れろ!」


 成瀬さんがサウナ前に仁王立ちして、なんとか二人の進行を阻む。


「あれ? 成瀬さんどうかしました?」

「いやっ、このサウナちょっと調子悪いみたいで、めっちゃ熱くなるんだよ」

「えっ、そうなんですか?」

「そうそう激ヤバ。人間の入る温度じゃねぇ。入った瞬間溶解する」

「なるるさんってばまたまた~。温度計は結構普通じゃないっすか?」

「いや、壊れてんじゃないか~?」


 成瀬さんは壁にかかっていた温度計をとり、わざとサウナストーンに近づけ温度をあげようとする。


「大丈夫っすよ、あーし熱いの好きだから」

「そうですね、ダメそうならすぐ出ますし」


 綺羅星と雷火ちゃんは成瀬さんの脇をすり抜け中へと入る。


「あっ、ちょっ!」

「うわーあっつー。でもサウナならこんなもんじゃない?」

「ですよね」


 綺羅星と雷火ちゃんが木製のベンチに座って汗を流し始める。

 健康的に日焼けしたkira☆kira綺羅星と、真っ白い新雪のような雷火ちゃんの肌を流れ落ちる雫が艶めかしい。

 伊達家水咲家の妹組のボディは十分すぎるほどのポテンシャルを秘めており、将来姉と遜色のないスタイルになることだろう。

 しかしながらなぜか彼女たちの周りに尋常じゃないくらい湯気が発生しており、もはや視界を遮るスチームバリアと化していた。


(規制が強すぎる!)


 成瀬さんは急にいなくなった俺の姿を探し、キョロキョロと首を振る。

 彼女は上を向いて肩をビクッと震わせた。

 俺が天井の角で手足を突っ張って張り付いていたからだ。ちなみにこの技は玲愛さんから習得した。

 成瀬さんの口が(お前はセミかよ)と動く。

 頼む気づかないでくれと願っていると、三人は横並びになって、明日のことについて話し合う。


「明日のコスプレミスコンってどうなるんでしょうね」

「あーしコスプレはよくわかんないなぁ。雷ちゃんはなんかしたいコスプレとかある?」

「えっ、わたしですか? そうですね、シン劇のプラグインスーツとかあれば着てみたいですけど」

「あーシンゲキねシンゲキ……わかる」


 明らかにわかっていない綺羅星は「シンゲキ深いよね」と、極めて浅い返答を返しながら頷く。


「あーしもガンニョムのパイロットスーツ着てみたい」

「でも多分アニメ系はないと思いますよ。一般の方が多いイベントですし、メイドとか看護婦とか、当たり障りのない衣装しかないんじゃないかと」

「それつまんないね」

「あっ、そうだ。わたし自分がするのとは違うんですけど、悠介さんにやってほしいコスがあって」


 俺にしてほしいコスプレってなんだろ。

 あんまりかっこいいコスプレとか絶対似合わないけど、もしかしたら王子様のコスしてほしいとか言うかもしれないぞ。参ったな雷火ちゃんってば。

 まぁでもゲームでは大活躍だったし、最後くらい希望を聞いても――。


「悠介さんに女装してもらいたくて」


 この子は何を言ってるの?


「その姿を写真か動画で撮らせてほしいんです」


 地獄。


「それをネットに拡散して、皆に賛同をもらいたくて……」


 地獄。


「雷ちゃん……それいいねだよ。あーしいいねボタン1000回押す」


 いいことあるか。

 この二人俺を社会的に終わらせようとしてない?

 雷火ちゃんの頼みなら多少無茶でも飲む覚悟はあるのだが、さすがに黒歴史をデジタルタトゥーにするのは無理だ。


 5分ほど経過して、俺は汗だくになっていた。それもそのはず、熱を発するサウナストーンが真下にあり、熱気が直にやってくるのだ。

 しかもなぜか雷火ちゃん達が入ってきてから、水をかけたわけでもないのに明らかに蒸気量が増した。

 ヒロインの裸をそう簡単に拝ませるものかと天から言われているようだ。

 手足が汗で滑り落ちそうになっていると、成瀬さんがなんとか二人をサウナから追い出そうと声をかける。


「なっ、そろそろ出ないか? もう汗出ただろ?」

「なに言ってんですかなるるさん。あーし、今日は体中の老廃物を全部流し切るまででませんよ!」

「わたしも自己ベストに挑戦してみようかと」

「いいのか、サウナ長く入ると痩せるぞ?」


 成瀬さんの言葉に、逆に喜ぶ二人。


「痩せるなら最高じゃないっすか!」

「そうですよ。悠介さんに痩せたねって言ってもらいたいですし」

「いや、お前ら元が細いから……多分痩せると乳が萎むぞ」


 二人の背景に稲妻が走り、顔がさっと青ざめる。

 確かに女性がダイエットすると、胸から痩せるという話はよく聞く。


「あーしのGカップ萎んじゃダメー!」

「G、えっ? G!?」


 カップ数を聞いた雷火ちゃんが、友人だと思っていたら実は裏切り者だった奴を見る目になる。


「あーし出るー!」

「わ、わたしも出ます!」


 成瀬さんのファインプレーにより二人はサウナを退出していく。

 俺は天井からボタりと落ちると、ぜぇぜぇと息を吐いた。


「あ、ありがとうございます。助かりました」

「お前蒸気もろに当たって死にかけてただろ」

「はい、ってかもうクマキチになってもいいから外に出たいです」


 サウナに入って15分ほど経つ。そろそろ限界が近い。

 ってか脱水症状おこしかけてる気がする。


「ちょっと待ってろ」


 成瀬さんはサウナを出ると、両手に水をためて持ってきてくれる。


「飲んでいいぞ」


 人の手にある水を飲むって凄まじく恥ずかしいが、そんなことを言ってる場合ではない。

 一瞬で水を飲み干し礼を言う。


「すみません、ありがとうございます」

「本当は桶使って持ってきたかったんだけど、皆使ってんだよな。ちょっともっかい行ってくるわ」


 成瀬さんってぶっきらぼうに見えて優しい人だな。

 あとあの人気づいてんのかな、手で水すくってるから腕ブラ外れてるってこと。

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