第194話 サウナからの脱出 後編

 助かったと思ったのも束の間。

 成瀬さんが水をくみにサウナを出ると、今度は火恋先輩とアマツ、静さんの姉組がサウナに入ってくる。

 俺は慌てて天井に張り付いて隠れる。


「へーこれがサウナかー。実は僕サウナ初めてなんだ~」

「ふふふ、わたしも久しぶりだわ」

「義姉上、ささこちらに」


 個室に入ってきた天と静さんと火恋先輩。

 最初しばらくは並んで座っていたのだが、火恋先輩は「ぬるいな……」とよくわからないことを言い出して、腕立てを始めた。

 どうやらこの程度の熱気で私に負荷をかけているつもりか? ぬるいなという意味らしい。

 多分この人、前世は修行好きな戦闘民族だったんだろうな。


「火恋ちゃん筋トレはさすがに見てるこっちが熱くなってくるよー」

「体を引き締めておかないと、悠介君に見られたときがっかりされるのは困る」

「あらユウ君、少しふくよかな方が好みよ」

「「そうなんですか!?」」

「年上好きだし」

「「そうなんですか!?」」


 あっさりと俺の好みをバラしてしまう静さん。ってか、なんであの人俺の好み知ってんの? もしかしてベッドの下見た?

 静さんが何か爆弾発言をしないかビクビクしつつ、天井から見下ろしていると俺は思った。


(今度は消しが薄い……)


 さっきはそこまで規制されたら逆に萎えるわってほど湯気がもうもうと上がっていたが、妹組が出た瞬間一気に湯気が飛んだ。

 そして謎の蒸気もよくわかんない光も出る気配がない。

 おかげで三人の巨乳が目立ってしょうがない。

 ボーイッシュなあいつは隠れ巨乳天、武闘派大和撫子脱いだら凄い火恋先輩、大艦巨砲ビッグマムの静さん。

 ミニタオルでギリッギリで見えてはいけない部分は隠れているが、スタイルに自信のある三人は、隠すものなどないと言いたげに肢体を披露している。


(いえ、だからと言って見ていい理由にはなりませんよ。そもそも静さんは姉です。そんな不埒な考えは捨てなさい!)


 心の中の理性ことエンジェル俺が久しぶりに現れる。


(ハァハァ彼女たちの瑞々しい肢体を、そんな獣欲にまみれた目で見てはいけません! ハァハァ、胸に張り付いたミニタオルに突起のようなものが浮いていますが、決して見てはいけないのです! あっ、すっごでっか……)


 俺の理性を司ってるくせに生々しい実況やめろ。あとハァハァすんな。

 俺はこんな卑猥な気持ちを吹き飛ばすため、友人の顔を思い浮かべる。

 よし、相野のニヤケ面を想像したら段々心が落ち着いてきたぞ。

 そんな俺の心に天が荒波を立てる。


「火恋ちゃんって細いのに胸おっきいよね。サイズいくつ?」

「94のHだな。また成長していて困っている」

「お姉さんもおっきいよね?」

「確か玲愛姉さんは100のJだかKだか。20超えても胸の成長は止まらなかったと言っていた」

「ワンメートルかぁ、じゃあ火恋ちゃんも最終的にはそれくらい行くかもね」


 目をつむる俺の鼻からダバダバと鼻血が流れ出た。

 すまない嘘だ。薄目で94のHを確認した。いや確認するだろう男の子として。

 落ち着け俺、たかが数字とアルファベットに何を興奮しているんだ。

 もう一度心頭滅却するんだ。来い幻想的友人イマジネーション相野。俺はスタンド使いの如く友人の顔を思い浮かべる。


「あの義姉上はどれくらいなのでしょうか?」

「僕も気になってた」

「私? 私は106のLよ」


 キングスライム! 俺は剣で斬られたかのように鼻からブシュッと血を吹き出す。

 もうダメだ、数字の暴力に耐えられない! のぼせてるのか出血多量なのかわからないが目眩がしてきた。俺はもう限界だ。そう思ったとき、突然風呂場の電気が消えた。


「あら、停電かしら?」


 静さん達がサウナを出て、電気を確認しに行く。

 俺はこの停電が、成瀬さんがやってくれたのだと気づいた。


(暗闇に乗じて脱出しろってことですね!)


 サウナ室から全員がいなくなった後、俺もこっそりと後に続く。

 脱衣所の方も真っ暗になっていて、一人増えててもわからないはずだ。

 ってか、俺も誰がどこにいるのかわからない。


(やばい、マジで何も見えん)


 なんとか壁伝いに手さぐりで歩くと、何か柔らかな感触に触れる。


「ひゃう!? 誰僕の胸触ったのー?」

「い、今わたしの胸誰か触りましたよね!?」

「今あーしのお尻触ったの誰!?」


 まずい、凄い勢いで罪状がかさんでいく、早くこの風呂から出ないと!

 探り探りながらもなんとか脱衣所まで逃げることができた。

 助かった。今のうちに着替えて抜け出そう。


「ん~~ん~~!!」

「……かに……しろ」


 なんだこのうめき声?

 俺は脱衣所の電気をつけると、そこには成瀬さんと見知らぬ男。

 ふとっちょのオタクっぽい男は、成瀬さんを後ろから羽交い締めにしており普通の状況ではない。


「おい、何してるんだ!?」

「!」


 俺が声を荒げると男は成瀬さんを突き飛ばし逃走をはかる。


「あいつ下着泥だ!」


 成瀬さんの叫びを聞いて、俺は服も着ずに男を追いかける。


「テメェこの野郎、下着泥とはいい度胸だな!」

「くそっ、女しか入ってなかったはずなのになんで男が!?」


 スパエリアの受付を走り抜ける下着泥と全裸の男。


「キャアッ! お客様!?」


 カウンターの女性スタッフが困惑の声を上げる。


「前の奴下着泥の変態野郎なんだ! 警察に連絡して!」

「お客様、お召し物を着てください! お客様ぁ!」


 俺はスタッフの声援を受けながら下着泥を追う。

 相手は見た目通り体力が無いようで、ボイラー室の一角に追い込むことが出来た。

 年齢は20代後半から30くらいか? チェック服にメガネ装備の太っちょは、逃げ場を失いこちらに向き直る。


「よ、寄るな!」

「下着泥も許さないけど、成瀬さんに暴行したのはもっと許さないぞ!」


 男を追い詰めると、なぜか急にフヘヘと笑い出す。


「やっぱあいつなるるだったんだな」

「…………」


 成瀬さんのネット名義を知ってる。こいつもしかしてストーカーか?


「へへっ、なるるがツブヤイターでこの場所の画像をあげてたから、いるんじゃないかと思ってきたら当たりだった」


 男はスマホを取り出すと、嬉しそうに画像を見せてくる。


「見ろ、さっきもみ合いになったとき偶然なるるの裸写真がとれたんだ。それ以上近づいたらこれをネットにばらまくぞ」


 画像はブレてるし顔の判別もつきにくいが、多分成瀬さんの裸だろうと思われる写真だ。


「あんた成瀬さんのファンなんだろ。なんでこんな真似をする」

「あいつが調子に乗ってるからだよ! オレは昔からなるる推しでコメントでアドバイスとかしてきたのに、動画が伸びてきたら急にオレの意見を無視してきたんだ!」


 なるるはワシが育てたと言い張る妄想害悪リスナーという奴か。

 多分アドバイスというのも勝手にコメントして、勝手に聞いてくれている気になっていただけだろう。


「挙句の果てにツブヤイターでもMuTubeでもオレのことをBANしたんだ! 誰のおかげで今があるのか理解できてないんだ! 下着くらいもらったってバチは当たらないだろ!」


 当たるに決まってんだろうが。そりゃお前みたいな奴BANするわ。


「舐めたこと言うなよ。推しを輝かせるのがファンであって、困らせる奴はアンチ以外の何者でもない。挙げ句あんたは下着を盗んで、推すべき女性に危害を加えたただの犯罪者だ」

「黙れクソガキ! お前にオレのなにがわかる!?」

「オタクの逆恨み話なんか聞きたくないね!」

「黙れ黙れ黙れ、ぶっ殺すぞ!」


 下着泥は懐からスタンガンを取り出すと、バチバチと青い光を光らせる。

 この野郎、それでなにするつもりだったんだ。

 危ないという気持ちより、大切な人たちを傷つけるもりだったこいつを許せないという気持ちが勝った。


「そんなにお宝写真がとりたいならとらせてやるよ!」


 俺は両足に力を込めてジャンプすると、大開脚で男の顔面にとびつく。

 咄嗟に俺の股間に謎の光がさす。


「ダイレクト大サービスアタック!」

「ぎゃあああ柔らかい感触が!」


 俺の太ももで顔を挟まれた下着泥は、仰向けに倒れ気を失った。


「成敗」


 俺は両腕をクロスし、エックスの決めポーズをとる。

 今のうちに下着泥のスマホを回収しよう。


「あーあ、液晶割れて大変なことになってんな……」


 倒れた拍子にスマホが壊れてしまったようだ。

 液漏れで虹色に光る画面。タッチしても何のレスポンスもかえってこないが、念のためこれは風呂の中に水没させておこう。

 悪は滅びたと思っていると、誰かが俺の肩をポンポンと叩く。

 振り返ると、警官が笑顔で俺を見つめていた。


「来てくれたんですねお巡りさん、こいつ変態下着泥です」

「うん……言いにくいんだが……君もだね」

「えっ?」


 何を言ってるんだろう、変態はこいつ。

 警官は咳払いを一つすると俺の体を指差す。

 自分の一糸まとわぬ姿を見て、言い逃れできないことを察する。


「とりあえずパトカー来てるから、同行願えるかね?」

「はい」


 めでたく俺はクマキチと同じく警察に連れていかれることになったのだった。



 その後、伊達家と水咲家によって誤解は解かれるが、1時間ほど全裸で取り調べを受けることになった。

 完全に湯冷めしてしまった為、再び風呂に入ったのだが女性陣が経緯を聞くため風呂に乱入(水着着用)。今現在狭い風呂の中、女性陣が俺を取り囲むようにして入浴しており、完全に針のむしろである。


「悠介さん、またあなた無茶しましたね」

「ユウ君が潜んでいたお風呂に下着泥が入ってくるなんて」

「月に言っておくよ。もっと警備強化しろって」

「警備に関しては伊達の領分でもある、姉上に話をあげておこう」


 天と火恋先輩が首脳会議をしている間も、俺は風呂で正座中である。

 昔友人がいつか女風呂に入るのが夢だと熱く語っていたが、実際は凄まじく居心地の悪いものである。


「それはそれとしてユウ君、皆に謝らないとダメよ。下着泥を捕まえたのはお手柄だけど、覗きをしていたんでしょ? なんで私に言ってくれないのかしら、お姉さんならいつで――」

「申し訳ございませんでした!」


 俺は静さんの言葉を遮って謝罪すると、天たちは顔を見合わせて苦笑いする。


「元はと言えば、兄君が入ってたとこに僕らが後からやってきたのが悪いんだけどね」

「それに覗きというのは可哀想ですよ。覗く意思はなくて隠れていただけですし。わたしも間違って男風呂に入っちゃって出られなくなったら隠れてると思いますから」

「なる先輩が黙ってたのが悪い」

「すんません。あたしが電気消して暗闇をつくってやろうと思ったら、下着泥と鉢合わせしちまって」


 トラブルとトラブルが重なってしまった結果だろう。

 そのおかげで下着泥を捕まえることができたとも言える。


「悠介君、相手はスタンガンを持っていたと聞く。無茶なことをしてはいけない。君にもしものことがあったら私はそいつを殺さなければいけなくなる」


 さらっと火恋先輩恐ろしいこと言ったな。


「そうですよ悠介さん、強盗とかにあったら財布全部渡して逃げてもらうのが正解ですからね。下手に抵抗してナイフでグサーなんてことになったら大変ですから」

「そうだね、今度からそうするよ」


 俺が頷くと成瀬さんがそっと耳打ちしてくる。


「下着泥の犯人、あたしのファンだったんだろ。すまねぇ」

「いや、成瀬さんは何も悪くないですよ。ファンが1万人いたら1人くらいはネジ外れた人もいますからね」

「警官が言ってたんだけど、お前下着泥のスマホを風呂に投げ捨てたって」

「ちょっと手が滑ったんですよ」

「あたし脱衣所で下着泥に写真とられた気がするんだよ。全裸の」

「あーそりゃたまたま良かった」

「バカのふりすんな。ああいう奴がその画像をどう使うかくらいわかってる。データ消すためにやったんだろ」

「ちょっとよくわからないですね」

「そんな画像無視していいんだからな。マジで、お前が刺されたりするほうがつれぇんだから……」

「気をつけます」

「でも……ありがとよ。守ってくれて」


 成瀬さんが心配そうな顔をしながら背中からくっつくと、巨大な双乳が背中で潰れる。

 その様子を見て麻凛愛さんと雷火ちゃんの視線が鋭くなる。


「「なんか距離近くないですか?」」

「ち、近くねぇよ!」


 慌てて離れたが、余計怪しいだけだった。

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