第192話 ととのう
ゲームイベントもこれで終わりだな。そう思った瞬間、俺は眉を寄せた。
目の前に杖を突きつけられた静さんと、一ノ瀬さんの姿があったからだ。
「あの、一体何を?」
「三石君、抵抗しないで。そうじゃないとお姉さんがどうなるか」
「どうって、ええ?」
どういうことだ、この人操られてるのか?
と言っても残ってるプレイヤーは、俺たちと雷火ちゃん組だけでサイキックジョーはもういないはず。
「あの落ち着きましょう。ってかここゲームですから、静さんを倒してもゲームオーバーになるだけですよ」
「お願い三石君、負けて、お願いします」
一ノ瀬さんは今にも泣きそうな顔だ。その手は後に引けなくなった強盗みたいにプルプルと震えている。
「どういうことなんです?」
「三石君が勝つと困るの! 君が勝っちゃうと、内海君伊達さんと結婚できなくなっちゃう」
どういうことなんだ? なんでその話で一ノ瀬さんが出てくるんだ?
俺の頭が?マークだらけになっていると、ぶっ飛ばしたはずの内海さんが立ち上がる。
「あれ!? HPは0にしたはずじゃ!?」
「ごめんね三石君、グリッチの犯人彼女だよ」
「えぇ!?」
「そうだよね?」
一ノ瀬さんは心底申し訳無さそうな顔でコクコクと頷くと、中空に明らかにゲーム画面ではない、黒バックに白文字のシステムプロンプト画面を呼び出す。
「それは開発用のゲーム管理画面ですか?」
「わたし以前デバッグ募集で、このゲームに少しだけ参加したことがあるの。その時のツールを少しいじったら使えたの……」
デバッグツールとはキャラクターのHPを1にしたり、攻撃力を100万にしたりできる、バグ発見用のプログラムコード変更アプリである。
死んだはずの内海さんが蘇ったのは、体力を0から100に戻して無理やり復活させたのだろう。
そんな簡単にイジって使えちゃいましたってものじゃないだろうし、この人多分相当プログラミングの知識あるぞ。
「これは
「うん、思いっきり違法だけどね」
「なんでわかっててそんなことを……」
「わたし内海君のこと好きなの」
「えぇ!?」
俺マスオさんみたいな驚き方ばっかしてるな。
「好きだったら勝たせちゃダメなのでは? このゲームに勝つと内海さん結婚しちゃうんですよ?」
「好きだから幸せになってほしいの!」
世の中には自分の幸せより、好きな人が幸せになってくれることを望む人が存在する。例え自分と結ばれなかったとしても、その人が幸せであってくれればそれでいいと想う。
一ノ瀬さんはその人種らしく、内海さんのことが好きなのだが、玲愛さんと結婚して幸せになってくれることを望んでいるのだ。
俺がどうしていいかわからずにいると、内海さんはチャキッと斬鉄剣を抜く。
「悪いね三石君。これだけいい戦いをした後なのに」
マジかよ、さすがに俺も黙ってやられるわけにはいかないぞ。
そう思い銃を取り出そうと思ったが、銃が出ない!
一ノ瀬さん、俺の攻撃フラグいじったな!?
内海さんは申し訳なさげに斬鉄剣が振るう。
「うっ……あっ」
小さいうめき声をあげて倒れたのは一ノ瀬さんだった。
「ごめんね、君の気持ちは知ってたんだけどね。君のやっていることはよくない」
内海さんの斬鉄剣は、一ノ瀬さんの喉を切り裂いたのだった。
彼女の体が光の粒子となって消えていく様を、悲しげな瞳で見守る内海さん。
「好きな女の子に、別の女の子との恋愛を応援されちゃったよ」
「内海さんも一ノ瀬さんのことを?」
「……三石君、また後で話そう」
そう言って彼は自分の腹を貫き自決した。
「なんだかなぁ……。一昔前の悲恋劇を見ている気分だ」
一ノ瀬さんは内海さんのことが好きだが、玲愛さんとの結婚を応援し、
内海さんは一ノ瀬さんが好きなのに、玲愛さんと結婚しようとしている。
それぞれ本音と建前の矢印が全部逆方向を向いてしまっている。
「大人って面倒だな……」
◇
ゲームは俺たち陣営の勝利で終わり、ログアウトしてカプセル筐体から出てきた一ノ瀬さんは運営によって連れて行かれることになった。
彼女のやったことは完全に威力業務妨害なのだが、なんとか警察沙汰にならないことを望む。
なんとなく勝ったのに大喜びできずにいると、一緒に出てきた雷火ちゃんが俺の服の袖を掴む。
「勝ちましたね」
「そうだね。雷火ちゃん、そっちの戦いはどうなったの? 全員で玲愛さんとやりあってたよね?」
「それなんですけど、途中から玲愛姉さん狙いじゃなくてバトルロイヤルに発展しまして」
「な、なんで?」
「原因がそれを聞きます?」
「ごめん」
「わたしたちの必殺技を全員同時に出して、驚きの同時KOですよ。最後はみんな這いつくばりながら、わたしの勝ちだーって言いながら拳を掲げあげて光の粒子になって消えていきました」
「バトルアニメの最終回かな?」
「ただ最後まで拳を上げてたのが玲愛姉さんぽいんですよね……」
「勝ちへの執念がえぐい」
「悠介さんの方はどうだったんですか? 一応最後まで立ってるのは見てたんですけど」
俺はかくかくしかじかでとグリッチの経緯を伝える。
「なるほど、だから今連れて行かれたんですね。なんか悲しいですね。一ノ瀬さんも内海さんも本当に好きな人を諦めて……」
「玲愛さんにこのこと言ったらブチギレそうだけどね……」
「そうですね、私は2号かってキレますね……。なんにしてもこれで優勝です」
「そうだね。後はコスプレミスコンだけだ」
火恋先輩や天たちも筐体から出てくると、俺たちの元へと集まってくる。
「悠介君、勝ったようだね」
「さすがダーリン、100対1で勝つとかマジパない」
「綺羅星、わたしが入ってませんが?」
「ついでに雷ちゃんもおめでとう」
「わたしは付属品ですか」
「兄君、本当によく頑張ったね」
「結局我々は何もできずにいた。申し訳ない」
「いや、皆が操られないでいてくれたからね。最後玲愛さんもおさえてくれたし」
その時キンコーンとアナウンスが響き、現在ゲームのポイント計算中で結果は明日出る旨が説明される。
それと想定外のバグにより迷惑をかけたとして、全員に金の水咲月像(多分メッキ)が配布される。
この像を持って次回アリスランドに来ると、全ての施設がタダで乗れるとか。
実質フリーパスは嬉しいのだが、この像を持っていかなきゃならんのか……。
「スーパーひとし君みたいな像ですね……」
「あーしは裏で自分の像を作ってる月が恐ろしいよ」
金の月像の台座にスイッチらしきものを見つけたので押して見ると『アリスランドサイコー、水咲サイコー』とボイスが流れてきた。
「宗教臭漂ってますね」
「そ、そうだね」
これもう邪神像だろう。
『本日のイベントはこれで最後となります。明日はコスプレミスコンとグランドフィナーレが予定されています。皆様、案内にしたがってホテルでお休み下さい』
俺たちがスタッフに連れられて地下ゲーム場を後にする時、玲愛さんと内海さんが残って話している姿が見えた。
恐らく一ノ瀬さんのことについて説明を行っているのだろう。
「ペアはどうするんだろうな」
玲愛さん達このまま継続するのか、それとも解散するのか。
仮面カップルとしてこのまま続けられなくもないと思うが、多分内海さん本人の気持ちについても正直に話しているんじゃないだろうか。
何にしても明日にならないとわからないだろう。
◇
俺達はホテルへと戻り、明日に備えて風呂に入って寝ることにする。
しかし俺は選択を間違えた。風呂なんかに入らずさっさと寝るべきだったと――
このアリスランドには温泉スパもあるということで、大浴場と個室のファミリー風呂があり、俺は個室を選択した。
大浴場だとtntn見られたら恥ずかしいしね。
イベント参加者は無料ということで、カラオケボックスのようにずらっと並んだ扉の中から、店員さんに渡された鍵の番号の部屋へと入る。
脱衣所にはソフトドリンクの入った冷蔵庫があり、どうやらこれも無料らしい。
浴室には4、5人用くらいのプールっぽい風呂に、サウナ完備と設備は良い。
壁にはアリスランドのキャラクターが描かれており、これにはお子様もニッコリ。
「サウナに入って汗でも流そうかな」
腰にタオルを巻いて個室サウナへと入り、じっとりと汗を流す。
蒸気を浴びて体の老廃物が流れ出ていくのは良いものだ。本当は10分くらいで出るのがいいらしいのだが、俺はヘタレなので5分くらいでギブアップ。
そろそろ出ようかと思った時、ガチャリと扉が開く。
「…………」
「…………」
お互い目と目があったまま硬直して動かない。
オレンジ髪のダメ人間にしてはやたらスタイルの良い成瀬さんは、風呂場なので当たり前といえば当たり前なのだが全裸。かろうじてタオルで危ないところは見えていない。
彼女は汗だくの俺を見てパチクリと目を開く。
「お前何してんの?」
「こっちのセリフですよ。ここ俺が借りた浴室なんですけど」
「あたしはここに来たら、受付が”あぁ家族さん来てますよ”って言われて……てっきりママさんが先に来てるのかと」
「もしかして静さん来ます?」
「多分来るぜ」
今すぐ逃げよう。このままだと全身くまなく洗われてしまう。
サウナから出ようとしたときだった、静さん真凛愛さんに続き、火恋先輩、雷火ちゃん、天、綺羅星と入ってくる。
ほぼ全員集合じゃん。
「いやーなんか全員でお風呂ってテンション上がるっすね!」
「天さんでっか……嘘でしょ、どうやってこれ隠してるんですか?」
「いや~、ボク着痩せするタイプで」
「皆風呂にはいるのは、まず体を洗ってからだ」
「出ましたよ姉さんの風呂奉行」
「ウフフ、皆でお風呂っていいわね♡」
今出ていったら雷火ちゃんのキャー悠介さんのエッチーからの、剣心さんの風呂場に隠れておった!? 許せんこの変態め、お前なんか許嫁失格じゃ! までの流れが見えた。
ドライもんのしずかちゃんみたいな展開で、社会的地位を失う。サウナとは違う意味で汗がダラダラと流れる。
なんでなんだ、こんなお約束ハプニング回いらんだろ。ホテルに帰って、三日目に突入コスプレミスコン編で良かったはずだろ。
「どうするんだお前?」
「このままサウナに隠れてます」
「アホか、女の風呂は結構なげぇんだよ。そのままここにいたら脱水で死ぬぞ」
「じゃあどうすれば。皆が成瀬さんみたいに、ガサツで悲鳴をあげない女性だったら良かったのに!」
「喧嘩売ってんのかお前! ってかワンチャンお前なら普通に出ていってもイケんじゃないか?」
「それイケなかった時俺警察行きですよ!? 成瀬さん助けて!」
「あら、なるちゃんどうしたのかしら?」
サウナの前でゴニョゴニョやってるのを不審に思った静さんが、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
成瀬さんはこちらに背中を向けると、グイグイとでかい尻で俺をサウナ部屋の奥に押し込み自分の体で見えないようにブロックする。
「いや、なんでもないっすよ! あたしサウナ入ってるんでお構いなく!」
バタンと慌てて扉を閉める。
「成瀬さん嘘下手すぎでは? めっちゃ怪しんでましたよ」
「うるせぇ。どうすんだよこっから!」
俺が聞きたい。
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