第30話 オタと暴走火恋
俺はバスチェアーに座り、先輩が流すシャワーを身体に浴びていた。
何で銭湯みたいな大きなお風呂って、シャワーの前に鏡があるんだろうね。
本日のラッキーアイテムは鏡で、バッドアイテムも鏡で決定なようだ。
その鏡の使い道は決して自分の体を洗ってくれている、先輩のタオル姿を盗み見る為のものではないと思う。
彼女は俺の頭にシャンプーをかけると、シャカシャカと音をたてて洗いはじめる。
「こうして君と、お風呂に入ることになるなんて思ってもいなかったよ」
「俺もです。どこでどうしたら、こうなるかわかんないです」
もし生まれ変わってハイスペック俺になったとしても、同じルートに入れるかと聞かれれば多分無理である。
「痛くないかい?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
お礼を言いながらも彼女の方をチラチラと盗み見る。
もしかして恥ずかしいのは俺だけで、先輩は恥ずかしくないのだろうか?
曇った鏡に写る火恋先輩の表情は赤いが、それが羞恥心によるものなのかお風呂の熱気によるものなのかは判別がつかなかった。
「どうかしたのかい?」
「いえ、何でもないです」
なんでもない事なんてない。バクンバクンと心臓は壊れたポンプのように、凄い勢いで血液を送り出していく。
「その、先輩は抵抗ないんですか? 男の体を洗うって」
「そんなことを言っていては跡継ぎづくりはできないだろう?」
そうなんですけども。
「少し幻滅してしまったかな? 私がこんなはしたない女で」
「いえ、全くそんなことは。嬉しいです」
「ありがとう……あまり緊張しなくていいよ」
肩がこわばっていたのか、ポンポンと背中を撫でる火恋先輩。
「すみません」
「やはり、格好が少しまずいか?」
彼女は胸元のタオルの合わせ目を引っ張る。
すると豊満な胸の谷間が露わになり、余計顔が赤くなってしまう。
「特大メロン! 2セット!」
「どうかしたのかい?」
「なんでもありません。ただの発作です」
「ふむ……そうだな……。このまま緊張させっぱなしも悪いし」
「もうやめときます?」
「いや、良いことを思いついた。少し待っていてくれ」
いたずらっ子みたいな笑みを残し、火恋先輩は急いで風呂場を出た。
何をするつもりなのだろうか……と思っていると、
外から『火恋、裸で廊下を走り回るな!』と玲愛さんの怒声が響いてきた。
「一体何をしているのか……」
しばらくすると、軽く息を切らせた先輩が戻ってきた。
「やぁ、待たせた」
「いえ、大丈……ぶっ!」
俺は彼女の姿を見て吹き出してしまった。
タオル一枚姿から、今度はエプロン一枚に着替えて戻ってきたからだ。
「先輩、それ裸エプロンというやつでは?」
「はは、期待させて悪いが、下に水着を着ているよ」
彼女はスカートをめくるように、エプロンの裾をまくると真紅のビキニパンツがチラリと見えた。
「よし、これで緊張しないだろう?」
全然しますが。むしろ心臓への負荷5割増しって感じですが。
「君の好きなコスプレをして、緊張もほぐせる一石二鳥だな」
我ながら名案と喜ぶ火恋先輩。
「さ、後ろを向いてくれ。今度は背中を流そう」
「はい」
俺は半回転して、火恋先輩に背中を向ける。
憧れの先輩に背中を流してもらえるなんて、人生最良の日かもしれない。
そんなことを思っていると、俺の背に柔らかな感触が這い回る。
「…………」
ん? スライムかな?
恐る恐る鏡を見ると、そこにはエプロンに泡をたくさんつけ、背中に体を押し付けている火恋先輩が映っている。
「…………(前のめりで固まっている)」
「ん……どう、だろうか?」
「あの……何をされているのでしょう?」
「洗っているだけだが?」
それが何か? と首をかしげる火恋先輩。
俺の洗うと先輩の洗うは少し概念が違うらしい。
あと、もう一つ気になることがある。
「先輩……水着、上つけてます?」
この背中に当たる感触は……。
「しているよ」
何食わぬ声。だが鏡に映る火恋先輩の視線が、一瞬振り子のように揺れた。
「し、してるならいいんですよ」
「そうとも、これは別に洗っているだけで何もやましいことはしていない。私は水着を着ているし、両者に強要もない。しかもここは自宅だし、お風呂場をどう過ごすかなんて個人の自由だ。そう思うだろう?」
「そうですね、何も間違ってないです。健全です。健全風呂です」
センシティブはありません。
ペタペタと体を洗う音だけが風呂場に響いているが、火恋先輩と至近距離にいる俺には艶めかしい息遣いが聞こえる。
健全とはいったが、多分これ雷火ちゃんを意識しての行動なんだろうな。あまりエスカレートしすぎると困ったことになりそうだ。
「あの、先輩。ほんとに無理しなくて大丈夫ですよ。雷火ちゃんと張り合ってるのでしたら、脱いだほうが勝ちとかありませんから」
「………」
「先輩?」
「あ、ああ、どうしたんだい?」
一心不乱に体を動かしていた先輩は、何も耳に入っていなかったようだ。
「あの、そんなに頑張らなくても……」
「大丈夫だ。こう見えて私は尽くすタイプだからな。むしろ、こうやって自分の体をスポンジ扱いされる方が……興奮、するんだ」
何を言っているのこの人は? 壊れちゃった?
コスプレの件から、若干その気があるんじゃないかと思ってたけどこの方やっぱり……。
それから彼女の気が済むまで、背中洗いは続いた。
「あの先輩、そろそろお風呂に入ろうかと思うんですが」
「前はいいのかい? 一応マットがあるのだが」
「大丈夫です! お風呂に入りましょう!」
「そうか……少し名残惜しいが、そうしよう」
二人並んで足を伸ばして浴槽につかると、先輩は浴槽の底についた俺の手をしっかりと握る。
浴槽に入っていないとただ並んで浸かっているようにしか見えないが、実際は五指を絡めて手をつなぎ合っている。
そんな内緒遊びみたいな行為が、たまらなく楽しかった。
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