第31話 オタと裏火恋
二人浴槽につかって天井を見上げる。
「悠介君、聞いていいかな?」
「何ですか?」
「今、私と雷火はどれぐらい差がついているのだろうか?」
「差って、そんな」
「私と雷火で大きく差がついているのはわかっているんだ。私は君の想いに気づかず、居土君の方になびいた。逆に雷火は君と同じ趣味を持ち、話も合う」
「…………」
「あの子は君の為に本気で怒り涙を流した。恋愛にゴールなんてものはないと思っているが、実は雷火はもうゴールに到着しようとしていて、私はまだ折り返し地点にすらついていないのではないか? そんな事ばかり考えてしまう」
先輩は不安げな表情で、湯船に顔の半分をつける。
「だから私は今こうやって、君と二人きりでいられる時間が凄く嬉しい」
「火恋先輩の言うとおりポイント制じゃないですし、何点とったから雷火ちゃんが勝ちとかありませんよ。さっきも言いましたが、脱げば勝ちとか本当にないんで……」
「本当にないのかい?」
「…………ちょっとだけあるかもしれないです。ほんのちょっとだけ」
そう言うとクスリと笑う先輩。
「フフッ、全く無いと言われると女として自信を失うところだったよ」
「す、すみません」
湯船の中で繋がれた手は優しい。とても心地よいぬるま湯。
一生こうしていたいと思えるほどだ。
だけど聞かなきゃいけない。
いつかたどり着く、三人の許嫁の終着点を。
「……先輩、今からクズなことを聞きますよ。そのことによって幻滅してもらってもかまいません」
「なんだい? 随分と脅かすね」
「もしもの話ですが、俺が先輩も雷火ちゃんも欲しいって言ったらどうします?」
最低な質問。世界中の女性を敵に回してもおかしくはない。
でも、玲愛さんが言っていた第三の可能性についてどう思うのか、それだけははっきりさせたい。
「………」
火恋先輩はまたブクブクと沈んでいくと、チラリとこちらを見る。
「姉さんに何か言われたね」
さすが火恋先輩、鋭い。
「違います、俺は二人共大好きです。ですから二人共離したくありません。そんな最低なクズ男の意見です」
「………優しいな。つくづく君には負担をかけているよ」
お湯の中で握られた手が、そっと撫でるように動いた。
「伊達のような訳有の家庭で、どっちかの手しか取れないって、それって結局どっちも幸せにならないじゃないですか。ならいっそ二人を……」
「そのようなことは社会や世間のルールが許さない。誰か一人を愛すべきだ。それが君の決めた事ならば私も雷火も文句なんて出さないし、出させないよ」
「先輩、俺は社会でも世間でもなくて、火恋先輩の意見を聞きたいです。ふざけるなと思えばぶん殴ってくれても構いません」
「………」
「もし、どちらかを選ぶ日が来た時、俺にどちらかの手を離す判断が下せる自信がありません。手を離す努力をするより、両方引き上げる努力をしたほうがいいんじゃないか? って今考えています」
矛盾だ。二人が好きで大切にしたい、と言いながら悲しませている。
「………」
「すみません。どれだけ取り繕ったところで、二股したいって言ってるようにしか聞こえませんよね」
「……君はあえて自分から嫌な言葉を選んでいるね」
本質をごまかすことになんら意味はない。結局二人といつまでも一緒にいたいなんて言うのはクズの所業。
温かい気持ちになれるのが恋愛。逆に痛みを伴うのも恋愛。
恋愛の関係が三角になった時点で、痛みを拒絶することは許されない。
「考えが曖昧なまま話が進んで、ぬるま湯から抜け出せなくなってからじゃ遅いです。それが大切な人ほど」
「…………」
なんとなく雰囲気が重くなってしまった。最初の浮ついた空気も消え去り、お互い沈黙が続いている。
「すみません、先に出ますね」
早いうちに消えてしまう方が良いだろう。困らせるような事ばっかり言って悪いことしたな。
俺が水しぶきを上げて浴槽から出ると、彼女は突然俺に足払いを入れてきた。
「えっ?」
唐突に天地が反転し、床に頭を打ち付けるかと思ったが、火恋先輩の持ってきたお風呂マットの上に倒れ込んだ。
「えっ? 先輩?」
「話が終わってないのに出るのはよくないよ」
彼女は倒れた俺の上に四つん這いになって迫ってくると、顔を近づけた。
「君が言っているのは、徒競走で全員一位にしたいと言っているのと同じだ。普通そんなのおかしいだろう?」
「そうですね」
「勝っている人間からすればふざけるなと思うだろう、でも負けている人間はどう思う?」
「どうでしょう、正々堂々やりたかったって言う人もいるかもしれません」
「私はどう思うと思う?」
先輩の目に怪しい光が灯っていて、ちょっと恐い。
「火恋先輩なら、そんな勝負は無意味だと言うんじゃないかと」
いつだって正々堂々としている火恋先輩が、弱者救済みたいな意見に傾くとは思えない。
「はずれだね、正解は嬉しいだよ」
そう言って先輩は俺の上に跨ると、そのグラマーな体を強く押し付けてきた。
「さっきは建前で社会や世間を引き合いに出したが、私個人の意見で言わせてもらえば君の案は大いに有りだ」
「ほ……んとですか?」
「ああ。今のうちに断言しておくが、私は例え君が雷火を選び挙式をあげ、子を成したとしてもモーションはかけつづけるよ」
「それは……その……」
「延長戦だよ。婚約した程度で終わったと思わないでほしい。恐らくこれは雷火も同じことを言う。……油断すればかすめとると」
火恋先輩の目が今まで見たことのない、獰猛な獣のようにギラついている。
「それに……私の予想だが、もしどちらかを選ぶ未来が来た時、君は第4の選択肢をとる可能性が高い」
「…………」
「1つは私をとる、2つは雷火をとる、3っつは両方、第4は”両方とらず身を引く”だ」
「…………」
「どちらかが幸せになってどちらかが不幸せになるくらいなら、三人とも不幸せになった方がいい。優しい君は痛みの共有を考えるだろう」
どちらか一人の勝利ではなく、全員負けにする。
正確には俺が許嫁候補から外れることによって、この話を振出に戻すことができる。一度限りのリセット。
「せっかく好意を寄せた男性が候補者になってくれたのに、我々のことを思って身を引かれるのは忍びない。そうなるくらいならば妹との関係も認めるさ」
「…………」
「意外かい? 私がこのようなぬるい関係を容認するなんて」
「正直言ってそうですね」
「普通はそうだろう。でも伊達という特殊な環境下においては、君が作ったカゴの中に私と雷火が入ったほうがメリットが多い。それに……私は許されない関係性というのに惹かれている」
「あの……それは……」
「君が私をかえた。初めてコスプレしろと命令された時は、本当にドキドキしたよ。脳内にたくさんのアドレナリンが出ているのがわかった。あれが快感というやつかもしれない」
まずい、何か歪めてはいけないものを歪めてしまった気がする。
「気を悪くしないでほしいが、私は自分より弱いものに服従させられたり、飼われたりするのがたまらなく興奮する」
変態だぁ!!
「これが雷火の言っていたシュチュエーション萌えというやつなのだね」
それ多分違います。
「えっと、その……」
「どうだろう、私を君なしではいられない女にしてみないか?」
背徳的なプロポーズのような言葉を受け、俺の脳は沸騰して正常な判断ができなくなっていく。
先輩は密着したまま、熱を帯びた瞳でこちらを見据える。
「せ、先輩いつもの先輩に戻って下さい」
「私はいつもどおりだよ。さぁ……また私に好きに命令すると良い」
まずい、エロマンガなら目の中にハートが浮かんでるやつだ!
すると――
「悠介さーん、お背中流しにき……えっ……(困惑)」
風呂場の光景を見て固まる伊達家三女。
どうやら後片付けを終えて乱入しにきたらしい。
「破廉恥ぃぃぃ!!」
雷火ちゃんの投げた湯おけが、俺の頭部にヒットして意識が闇へと落ちる。
雷火ちゃん来てくれて本当にありがとう。
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