オタオタ A8
第331話 女神
弐式加入後、順調にゲーム開発を続けて約2ヶ月が経過しようとしていた。
季節は過ぎ、初夏に差し掛かろうとしている今日このごろ。
俺は早朝、アパートのポストに投函された封筒を見て戦慄していた。
「とうとう来たか……」
コミックマーケット112(夏)、参加者案内と書かれた封筒を開くとコミケ運営からの挨拶文と、サークル参加の準備、サークル専用通行パスポート、会場案内図の書類が入っていた。
これが来たからには後には戻れない。初参加で作品を落とす無様なことにならないよう、気を引き締めないと。
そう思いながらアパートに戻ると、廊下を歩いていた静さんと雷火ちゃんに遭遇する。
雷火ちゃんは俺の持っているものに気づくと、すぐさま駆け寄ってきた。
「悠介さん、もしかしてそれって」
「あぁ、来たよ。コミケ参加者の案内」
「戦への招集司令が届いたわけですね……」
「その通りだ。今回の俺たちの任務は後方支援ではなく、前線で戦う戦士としてだ」
雷火ちゃんはゴクリと生唾を飲み込む。
「開発しているゲームを落とすというのは、MSが闊歩している戦場に生身で行くも同じ。連邦は恐らく新型を投入してくるだろう。こちらも情けないMSで出るわけにはいかない」
「了解です大佐、サイコフレームの起動実験を進めます」
「うむ、これよりアクシズを地球に落とす」
俺と雷火ちゃんが逆シャアのメインBGMを口ずさむと、多分元ネタわかってないが微笑む静さん。
「そういえば悠君、サークル名って結局どうしたのかしら? 参加する時、必ず必要よね?」
「あぁちゃんと決めたよ」
皆に案を求めたが、俺が決めていいということになったので。
「もしかしてオタクゲームですか? わたし一周回って結構好きなんですけど」
「それにしようと思ったんだけどね、もうシンプルにこうした」
俺はサークルの案内通知を見せる。
「【三石家】……ですか」
「うん、ファミーユとかファミリアとか家族を題材にしたネーミングにしようかと思ったんだけどね。もうわかりやすく、開発メンバーは全員三石家の人間ってことにした」
「なるほど、それはつまりここにいる女は全員俺の嫁と」
「ち、違うよ」
俺が慌てると、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべる雷火ちゃん。
「わかってますよ。悠介さんにそんな度胸がないことくらい」
「手厳しい」
「他にもネーミング候補ってあったんですか?」
「最後まで残ったのは、三石さん家ノ家庭事情かな」
「それはNTRの匂いがしますよ。NTRのメインヒロインみたいな人もいますし」
雷火ちゃんはチラリと
俺は絶対チャラ男に静さんを渡さないぞ。
そんな話をしていると、ポタリと一枚のハガキが俺の手元からこぼれ落ちた。
「なにかしら?」
静さんが拾い上げて確認すると、コミケとは全く関係ない商店街からのお知らせだった。
「あらあら、今日初夏祭っていうお祭りをするみたいよ」
「お祭りですか?」
「ウチの商店街、事あるごとに何かイベント企画するからな」
内容は神様へ今年の中間報告をしよう的な、わりと無理やり作りましたって感じがするお祭りである。
「へーへー、出店とかでるんですかね?」
「行きたい雷火ちゃん?」
「わたしわりと陰キャなんで、あんまりこういった行事に顔を出す機会がなくてですね」
「じゃあ全員で行ってみようか?」
「いいんですか?」
「開発も順調だし、1日くらい遊びに割り当てても大丈夫だよ。開発がうまくいくように神頼みもしておかないとね」
俺が開発のグループラインで、今日商店街の祭りに行く人? と参加を募ると、珍しく玲愛さん含め全員が参加表明をした。
◇
その日の午後――
駅前に近づくとちらりほらりと若者や家族連れの姿が見え、商店街につくと娯楽に飢えた人たちでごった返していた。
「人が多いな、これから更に人がいるところに行くとは正気とは思えん」
白地に紫陽花模様の浴衣を着た玲愛さんが、げんなりしていた。
俺は着替えが早く終わった玲愛さんと静さんと共に、先に商店街にやって来ていたのだった。
「玲愛さんは、こういうお祭りって行くことあるんですか?」
「昔は火恋や雷火を連れて来ていた。と言っても雷火が8歳くらい迄だから、大分前の話だな。悠、お前は子供の時来てたのか?」
「子供の時ですか……」
俺がちょっと切ない表情を浮かべると、静さんが爆乳体当たりで玲愛さんを一歩のけぞらせる。
「義姉上どうかされましたか?」
「玲愛ちゃん、悠君に小学生の頃の話しちゃダメなの」
玲愛さんは気づいてはっとする。
小学生時代、俺はバチボコにネグレクトを受けていたので、祭りなんていけなかったのである。
「す、すまない」
「いや、いいんですいいんです。全然普通の会話の流れでしたし、小学生時代にトラウマ抱えてる俺の方が悪いですからね。気を使わせてすみません」
「すまんな……私が真っ黒に塗りつぶして……」
「いや、ほんと小学生時代だけですから。中学入ってからは、静さんと毎年行ってましたし」
「そうなの、悠君と二人でお祭りに行くと、急に履物の鼻緒が切れちゃったり、二人っきりで花火を見ることになったりしたわね」
「そうなんだよな。静さんおぶって帰ったり、変に雰囲気の良いところで花火見れたりね」
「…………」
この話を友人相野にしたことがあるが、「そんなラブコメの教科書みたいなこと起きんやろ」と一蹴された記憶がある。
「見て見て、悠君」
静さんが何かに気づいて指をさすと、そこには射的屋があった。
その景品の中に、昔静さんにプレゼントしたことがある、玩具の指輪が並んでいた。
「うわー懐かしい、セーラープリンセスの変身リングだよね」
「ふふっ、昔とってくれたやつね」
「とったというかコルク玉が反射して、なぜかそれが落ちてきちゃったんだよ」
あのときはまるでコルク弾が、意志を持っているかのように玩具の指輪を撃ち落としたのだ。
「静さん、しばらくあの指輪つけてたよね」
「ふふっ、嬉しかったから。あの指輪、まだ大事にケースに入れて残ってるのよ」
昔を懐かしむように言う静さんの薬指には、水咲のイベントで貰ったダイヤモンドリングがしっかりとはまっている。
その話を聞いて、ややご機嫌斜めな玲愛さんが俺に体当たりしてきた。
「ど、どうしたんですか?」
「私も欲しい」
「えっ、あの玩具の指輪ですか?」
「そうだ」
「玲愛さんなら2,300万する指輪でも買えるんじゃ……」
「私もそういうフラグアイテムみたいなのが欲しいんだ!」
いや、確かに昔プレゼントした玩具の指輪とか、ルート分岐に必要なアイテムっぽいけど。
「でもああいうのって、小さい時に渡すから意味があるんじゃ」
「うるさい、いいから早くとれ」
そう言うと玲愛さんは、射的屋のねじり鉢巻のオヤジに声をかける。
「1回」
「あいよ、5発500円だよ」
俺は玲愛さんから、鉄砲とコルクの入った皿を受け取る。
「当たるかな」
台に腕を乗せ銃を構えて発射すると、見事プリンセスリングの入った箱に命中する。しかし威力が弱すぎて、箱が若干揺れただけにとどまった。
「このまま押していけば落ちるかな」
ポコンと軽い音を立てて第二射を放つも、箱はきかんと言いたげにピクリとも動かなかった。
そのまま五発全弾撃ち尽くしても、箱は初期位置からほとんど動いていない。
「くそ~」
多分重りとかはついてないと思うけど、いかんせん鉄砲の威力が弱すぎる。このままじゃ100発撃っても箱は落ちないぞ。
後ろで鬼教官みたいに腕組みしている玲愛さんも、その事に気づいて苛ついているようだ。
「もう一回だ」
「はい、500円ね」
更に5発追加で撃ってみるが、やっぱり箱はびくともしない。
「おい、まさか箱に重りをつけてるんじゃないだろうな?」
玲愛さんが、とてもカタギとは思えない圧を店主にかけると、店主は箱を軽く持ち上げて見せた。
「そんなあこぎなことしませんて」
箱には何もしてないよ、箱にはね、とニヤニヤする店主。
やっぱり細工してるのは景品じゃなくて、この鉄砲の方だろうな。
明らかに
俺は一旦標的を変えてみるかと、銃口を景品の中で彷徨わせる。
「悠君、悠君お姉ちゃんアレが欲しいわ」
静さんが指さすのは、女性に大人気の”ピィかわ”のぬいぐるみ。500mlのペットボトルくらいのでかさで、どう見ても玩具の箱より難易度が高い。
「ぬいぐるみは更に威力を吸収するからな~」
試しに一発ポコンと撃ってみると、ピィかわの頭にヘッドショットが決まった。ぬいぐるみはぐらっと大きく揺れると、そのまま後ろに倒れた。
「えっ?」
「はっ?」
俺と同時に驚きの声を上げたのは店主だった。
オヤジは明らかに「馬鹿な、絶対に落ちないはずなのになぜ落ちたんだ」って顔をしている。
店主は渋々、ピィかわのぬいぐるみを静さんに渡す。
「お、おめでとう」
「や~ん、悠君ありがと~」
「なんで倒れたんだろ」
「恐らくぬいぐるみの頭がでかくて、コルク弾によって重心が崩れたのだろう」
玲愛さんが冷静に分析するが、そんなうまいこと行く? と、俺と店主は首を傾げた。
「まぁなぜか静さんと一緒にいると、うまくいくこと多いからね。女神がついてるのかもしれない」
「そんな女神なんて」
ピィかわを爆乳で抱き潰しながら照れる静さん。
女神は女神でもラブコメの女神かもしれないが。
その様子を見て、更に不機嫌になる玲愛さん。
「おいオヤジ、銃をもっと強いのにかえろ」
「そりゃ無茶ってもんだよ綺麗なお姉ちゃん。皆同じ銃を使ってるんだから」
玲愛さんの無茶振りに、店主はダメダメと笑いながら首をふる。
しかし彼女はそっと10万円を台に置いた。
その瞬間、店主から表情が消えた。
「…………お兄ちゃん、こっちの銃を使いな」
オヤジは店の裏からアサルトライフルのようなモデルガンを取り出すと、俺に手渡した。
スコープまでついているフルカスタムなので、これ絶対外さないぞ。
「これガスガンじゃ……」
俺は脇を締めてトリガーを引くと、ダララララララ! っと凄まじい速度でBB弾が発射される。
圧縮ガスによって弾き出された弾丸の雨を食らって、玩具の箱は吹っ飛んでいった。
「えぇ……課金武器じゃん……」
店主は「おめでとう!」とカランカランとベルを鳴らした。
◇
その後祭りを見て回る中で、玲愛さんの指には玩具の指輪がはめられていた。
「力づくで手に入れたって感じですね」
「どのような手段でも手に入ればそれでいい」
「あの射的、インチキしてたと思います?」
「してたと思うが、そういうところも含めて祭りというものだろう」
確かに、あぁいうインチキ射的に騙されるのも祭りの思い出ってやつかもしれない。
俺も玲愛さんが射的屋買収したら、店主がアサルトライフル出してきたって、ちょっと面白い思い出が出来たし。
「悠君、たこ焼きを食べましょう。店主さんが今だけタコ2倍キャンペーンしてくれるって♡」
「多分それ静さん限定キャンペーンだよ」
なんだか幸運の女神と、必勝の女神を引き連れている気分だ。
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