第330話 強襲真下姉妹

 弐式が我がサークルへと加入し、総勢11人体制で行われる同人ゲーム開発。

 多分、小さなソフトハウスより人がいる我がアパート。

 そんな大所帯アパートの地下防音室で、俺は遅延しているサウンドの制作を真下姉妹と共に行っていた。


「できましたわ」


 弐式がマックブックから、完成したBGM『日常』を再生する。

 俺と一式は、ゴクリと唾を飲み込みながら耳に集中する。


『♪~♫~♫~』

「「おぉ……音楽だ」」


 ちゃんとしたBGMになっている。繊細なピアノメロディが、ゲームの雰囲気とマッチしていると思う。

 俺と一式が製作した時みたいに、急にピッチが上がったり音外れてたりと不安になるようなものじゃない。


「凄いな。俺たちが何日もかけてやったことをたった一日で」

「この程度、大したことないと言いたいところですが、ファーストの作った音楽ファイルがありましたから」

「えっ、あのこき下ろされたやつ?」

「ええ、あれでどんなものを作りたいか、大体把握しましたから」


 あぁ、やっぱ阿吽の呼吸というか、姉妹間で何をしたいかすぐに理解できるんだな。

 一式はダイヤの原石で、弐式はそれを美しくカットする職人と言ったところだろうか。

 どちらにも価値はあるが、2つ合わさることで120%の力を発揮する。それが真下姉妹。


「まだOKが出てませんが、監督はこれでいいわけですの?」

「あぁ、文句のつけようもない。本当に才能の塊なんだなって確信した」

「そうでしょうそうでしょう、ようやくお気づきになりました?」

「やっぱり俺が凡夫で、少しDTMデスクトップミュージック、に触ったからわかる。やっぱ君らは天才だと思う」

「…………」

「美人で音楽センスがあって、それで声優とかもうほぼ地球圏最強の生物。弐号機可愛い!」

「もうやめて!」


 耳まで赤くした弐式が怒鳴る。どうやら褒められすぎて、羞恥心に耐えられなくなったらしい。

 最初ドヤ顔してるのが、段々羞恥で小さくなっていくのが面白いので、これからも弐式を褒めちぎっていこう。


 それから俺たちは、BGMを作成するとき、まず俺がこんな感じでと大体のイメージを伝え、それを一式が楽器で演奏し、弐式が音楽ファイルにおこすという連携作業を行った。



 作業開始数日で遅れは取り戻し、今現在サウンド部門の遅延はほぼ0になっていた。


「今日作るBGMなんだけど、ラブシーンに使用するものだ」

「「ラブシーン?」」

「ああ、一応ロボットモノだけどギャルゲだからね。好感度の高い部隊員に告白される時や、デートイベントなんかで使われる予定のものなんだ。スローテンポで、ちょっといかがわしいくらいがいいかな」


 俺は用意したサンプルミュージックをいくつかかける。

 どれも別のギャルゲで使われたBGMで、ムーディーな曲がラブシーンを盛り上げてくれる。

 サンプルを聞き終えると、一式は何か閃いた降りてきたのか、すぐさまギターを手にとってBGMを奏でる。


 一瞬で作り上げられた曲だというのに、その旋律は時に天使の祝福のような、時に男女の熱い絡みのような、情熱的な感情がこめられている。


 淀みなくかき鳴らされるギターに弐式も驚いているようで、いつもは一式の曲を聞きながらどういうふうにゲームミュージックにアレンジするかを考えているのに、今はポカンと口を開いたままだ。


「どう……でしょうか?」


 ギターを引き終えると、一式は恐る恐るこちらを見る。


「いい、すごく良いけどちょっと長いかも。3分半くらいあったよね?」


 通常BGMは1分から2分くらいなのだが、今回のは興が乗ったのか一式の曲は長かった。


「すみません、もう少し短くしましょうか」

「いや、これでいいよ。ラブシーンは長尺だから、これくらいあっても大丈夫。俺から直すとこもないから、弐号機これをPCに……」


 起こしてと言おうとして、弐式がまだ固まっていることに気づいた。


「どしたの?」

「で、できませんわ」

「何か問題でもあった?」

「こ、こんな音楽、他人のセックスシーンを公開するのと同じですわ!」

「?」


 独特の表現すぎて、凡人の俺には理解が追いつかなかった。


「18禁、18禁ですわ! こんなの乗せたら発禁になりますわよ!」

「いや、別に歌詞があるわけじゃないが……」

「ファースト、なぜこんなエッ……な曲を演奏したのです!?」

「これは、愛という感情を乗せた曲だから」

「あ……い?」


 感情のないモンスターが、初めて愛という言葉を教えてもらったトーンでつぶやく弐式。


「なん……ですの、それは?」

「愛っていうのはね、どうしようもなく苦しくなったり、時に激しい炎で焦がされるような、時に暖かな気持ちに包まれるような、そんな感情……」

「ただの情緒不安定ではないのです?」

「違います! セカンド、こっちに来てください」


 一式に呼ばれ、弐式が彼女の前に立つ。


「御主人様の方を向いて」

「なんですの――キャァッ!」


 一式は俺の方を向いた弐式を、ドンっと背中から突き飛ばした。

 弐式は体勢を崩しながら、俺に抱きついてくる

 超至近距離で目と目があって、さすがにこれは俺も恥ずかしい。


「キャアッ!」

「ふべら!」


 激しいビンタをパーンっと食らって、目玉から火が出そうになった。


「ファーストのバカ! 知りませんわ!」


 弐式は怒って部屋を飛び出していってしまった。


「す、すみません御主人様。あの子にドキドキしてもらおうと思ったのですが、ドキドキしたら手が出てしまったようです」

「いや、いいよ」


 抱きつかれた時、胸触っちゃったし。

 あれでビンタ一発なら安いものだろう。



 その日の晩――


 俺は電気を消して、久しぶりにちゃんとベッドに入って眠りにつこうとしていた。


「サウンドの遅延がなくなったから、ようやくちゃんと寝られそうだ……」


 最近4時間睡眠の20時間運用が基本だったから、睡眠負債の取り立てがひっきりなしに来ていた。

 今日は8時間ちゃんと寝て、明日のパフォーマンスを上げよう。

 そう思って目を閉じていると、カチャッとドアが開く音がした。

 俺はベッドからチラッと見やると、玲愛さんが勝手に作った増設扉(地下)が開いている。

 そこからショートボブの少女が二人姿を現し、部屋の中に侵入してくる。

 二人は音を立てないように地下扉を閉めると、俺の寝ているベッドにそろりそろりと近づいてくる。


(これは起きた方がいいのか、それとも寝たふりを続けた方が良いのか)


「ほらセカンド」

「ふぁ、ファースト……これは流石に……」

「セカンドが、愛ってどういう感情か知りたいって言ったんですよ」

「それはそうですが、こんな夜這いみたいなこと……起きたら怒られますわ」

「大丈夫、御主人様はその程度では怒りませんよ。それにこれは添い寝ご奉仕の業務ですから」

「そんな業務ありませんわ!」

「シーッ」


 暗くてシルエットしかわからなかった1号と2号のディティールは、白と黒のランジェリー姿で、二人はベッドに四つん這いになって乗っかる。


(完全に起きるタイミングを見誤った)


 ベッドに乗る前だったら、何やってるんだ早く部屋に戻りなさいですんだのに。

 薄目で彼女たちの姿を確認すると、もう完全に捕食態勢に入っており、猫が獲物に近づくようにジリジリとすり寄ってくる。


「ご就寝中ですねぇ♪」

「ファ、ファースト、これからどうしたらいいんですの? どうしたらいいんですの!?」


 余裕がなく真っ赤になってる弐式と、それを楽しそうに見る一式。

 いかん、姉妹同衾なんて真下さんのお父さんに叱られてしまう。そう思ったが、よくよく考えると俺真下パパから、いつ結婚するんだって聞かれていた。

【じゃあ別に何の問題なくない?】とデビル俺が囁く。

【姉妹仲良く食っちまえよ】とエンジェル俺が下衆な事を言う。

 黙れ俺の煩悩ども。


「お隣失礼いたします」

「し、失礼しますわ」


 こっちが思考を巡らせている中、二人は布団に潜り込み両サイドに横たわる。一式が俺の耳に息をふきかけ、弐式は辿々しく腕に触れてくる。


「ふー♡ 御主人様、ほんとに寝てますか?」

「腹筋硬いですわ……」

「セカンド、もっと優しく触れて。御主人様が起きてしまいます」

「は、はい」

「優しく御主人様の腕を、自分の胸の中に抱いて下さい」

「は、はい」


 耳に甘く囁いてくる一式と、男の体を確認するように腕に触れてくる弐式。

 一式はちょっと悪ノリしてるし、弐式は変に従順になってるし。

 いろいろ考えた結果、俺は寝たふりを継続することにした。



 翌朝、当たり前だが寝不足によってパフォーマンス激落ちした俺の姿があった。


「あんな柔らかいぬくもりがあって寝られるか」


 まだ両腕が挟まれていた感触がある。

 俺とは反対に、真下姉妹は快眠だったとのこと。

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