第329話 ファン
弐式が沈黙していると、カランコロンとドアベルが鳴り、息を切らした一式が喫茶店へと入ってきた。
「セカンド」
「ファースト……」
店内の客は、全く同じ顔のメイドが現れて驚いていた。
ドッペルゲンガーみたいな姉は、何も言わず妹に近づくと彼女の体を抱きしめた。
「な、なにを……」
「ずっと探してたんだよ。何かお姉ちゃんに言いたいことあるんだよね?」
「…………」
「分かれて活動しようって言った後から、ずっと自分のこと避けてます」
話さなくたって、家族はやっぱり気づくもんなんだよな。
弐式は戸惑いながら一式の体を離す。
「何があったんですか?」
「わたくしは……あなたを裏切りましたわ」
弐式は自分が水咲との契約を反故にして、ヴァーミットと契約し、真下一式を乗っ取ろうとしたことを告白する。
「どうしてそんなことを? 一式になりたいのなら、あなたに名前も全部あげるのに……」
「自分でも……どうしていいかわからなかったんです。姉妹で一人の人間をやってきたから、急にわかれて活動すると言われても。わたくしにはファーストのような歌唱力はありませんし、演技も……」
俺たちは音楽が作れなくて困っていたが、実際は弐式の方も困ってたんだな。
「わたくしが困っているところに、大越先生が良い話があると言って……」
大越先生とは、多分ヴァーミットの社長と一緒にいた筋肉質な男のことだ。
「先生から水咲を抜けて独立した方が良い、ファーストと一緒にいるとずっと比較され続けるって言われて」
「一式、弐式は名前を乗っ取るつもりはなかったんだ。ヴァーミットの社長が、こっちでデビューするなら一式の名前を使えって言ったんだ」
俺がフォローするが、弐式は首をふる。
「契約書にサインしたので、乗っ取ろうとしたのは事実ですわ」
「その契約はどうなったんでしょうか? もしかして、もう受理されてしまったのですか?」
「いや、俺が止めた。やめとけって」
そう言うと一式は大きな安堵の息をつく。
「ありがとうございます。本当にありがとうございます」
「まぁそれ以外にも詐欺まがいな契約だったからな。最悪海外に飛ばされてた」
「海外!?」
弐式の口から、契約していたらヴァーミットのアジア支部に飛ばされていたことを話す。
一式は立ちくらみがして、くらっと4人席のソファーに腰から崩れた。
「バカ! セカンドの大バカ! なんでそんな危ないことするんですか!」
一式が怒ると、弐式も溜まっていたものがあったのか、同じく怒りをぶちまける。
「契約のことは悪いと思ってますわ! ですが元はと言えば、あなたがこの男にかかりっきりになるから!」
「お姉ちゃん何度もこっちに来ないかって誘ったでしょ!? その度に断ってきたのはそっちですよ!」
「わ、わたくしが人見知りなのを知っているでしょう! 友達もろくにいなくて、ちゃんと話をできるのはあなただけなのに!」
「セカンドが仲良くなりかけた人に、すぐ手……じゃなくて足をあげるからでしょ!」
そうか、大事な家族で大事な友達でもあるお姉ちゃんが、ずっと俺につきっきりになってたら、そりゃ憎しみもわいてくるわな。ウチの姉ちゃん、とるんじゃねぇって。
あのキックも照れ隠しかと思うと、シスコンの弐式が可愛らしく見えてきた。
「セカンド、あなたはいつまで自分の影を続けるつもりなんですか!? いい加減前にでてこなきゃダメでしょ!」
「わたくしは、あなたの全てを補う影なんですよ! 二人でいたから真下一式は伸びた、一人になって伸びなくなる、人気がなくなってしまうと思わないのですか!?」
「もし伸びなくなったらそれが本当の実力なんだよ、今までがおかしかっただけ。受け入れていこうよ」
一式の心は、一歩前に踏み出している。
しかし弐式はその場で動けず、じっと一式の背中を見つめ続けたまま。
彼女は分離することで、自分が一人ぼっちになってしまうんじゃないかと恐怖を感じているんだ。
なら、そうじゃないと教えてあげないとダメだ。
「二人共いいか?」
言い合っていた二人がこちらに向き直る。
「俺が真下一式を分けた方がいいって言ったんだけど、別に各々ソロデビューしなくてもいいだろ」
「それはどういう意味ですの?」
「一式と弐式のユニットとして、二人一組でやればいい。声優のお仕事に関してはどうしてもバラバラになっちゃうけど、作品によっては共演することもできるだろ」
たとえ光と影が分離したとしても、同じステージに立って活動を続けることは可能だ。
「俺は一式がどれだけ売れても、弐式には全く手柄が入らないことが問題だと思って分離を勧めたんだけど、悪かった。もっとちゃんと話しあってから進めるべきだった」
こちらの意図がうまく伝わっておらず、弐式からすると急に一人でやっていかなければいけないと思い、先走ってしまった感はある。
それならば、二人セットでしっかりと面倒を見てやれば問題ないだろう。
「悪いな弐式、本当に姉ちゃんとるつもりはなかったんだよ。俺は二人の才能が凄いと信じてるから、それを一人に集約してしまうのは勿体ないと思う。一式と弐式、二人で歌えばその魅力は2倍にも3倍にもなると思う」
「「…………」」
「お前たち二人の身柄、ウチのサークルで預からせてくれ」
二人は顔を見合わせてから、弐式が質問する。
「あなたはわたくしに散々嫌なことをされてるのに、どうして面倒を見ようとするのです?」
「……ファンだからかな」
「ファン?」
「俺わりと節操ないオタクだからさ、声優も好きなんだよ。特に君らが作り上げた真下一式っていう声優の、歌も声も演技も全部好きだ」
「「…………」」
「実は姉妹でやってて、一式のポンコツなところも、弐式の反抗期の妹みたいなところもあわせて好きだ。だから、今のうちに囲っておきたいんだよ。オタクとして、自分のサークルに推しの声優がいるって最高じゃないか」
最後冗談めかして言うと、二人は同時に頬を紅潮させる。
弐式が少し緩んだ顔をふって引き締めると、ずいっと近づいてくる。
「わ、わたくし、わりとコミュ症で距離感バグってますわよ」
「知ってる」
「け、結構度を越えたシスコンですし」
「家族は大事にしよう」
「わけわかんなくなって、ファーストを裏切ろうとしましたし」
「それが間違いだって気づいたならそれでいいだろ」
「つ、つい蹴りが出るかもしれませんわ」
「スカートの時に頼む」
「ど、毒も吐きますわ」
「こっちも遠慮せずにすむ」
「あと、あとは……」
「幻滅させようとしたって無駄だぞ、俺はお前たちのことが好きだ。俺とお友達になってもらう」
そう言って手を伸ばすと、弐式は赤面して視線を逸らす。
「こんなの無敵の人じゃないですの……」
「セカンド、二人で可愛がってもらえばいいじゃないですか」
一式が弐式に抱きつき、二人で俺の伸ばした手をとる。
「一式、弐式、これより二人でご奉仕させていただきます」
「……ますわ」
弐式の声は聞こえなかったが、一式の言ってることに同意したようだ。
姉妹メイドに奉仕されるって背徳感があるなと下衆顔をしていると「プレイなら外でやんな」と婆ちゃんに叱られた。
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