第140話 玲愛と手錠
俺と玲愛さんは平日の夕方から、もの凄いスピードで街中をかっ飛ばしていた。
真っ赤なスーパーカーは、ユーロビートでも聞こえてきそうなドリフトを繰り返しつつ高速道へと入っていく。
「くそ、しくじった……」
馬のエンブレムがついたハンドルを操作する、玲愛さんの顔は苦々しく歯噛みしている。
俺は苦笑いしながら隣の助手席に座っていた。
俺の左手首には銀色に輝く輪っかが、同じように玲愛さんの右手首に銀色の輪っかがついている。その輪っかは細いゴムのようなワイヤーで繋がっていて、一見すると手錠のようにも見える。
まぁ手錠なんですけどね。
玲愛さんがガチャコンガチャコンとギアを入れ替える度に、俺の左手は引っ張られていた。
法定速度なんて、なんのそのと言わんばかりにグングン加速していく車。
液晶に映るスピードメーターは、凄い勢いで乱高下する。
「そんなに急がなくてもいいんじゃないですか?」
「お前、明日学校だろうが、このままじゃマズイ」
玲愛さんの顔には珍しく焦りの色が浮かんでいる。
今向かっているのは玲愛さんの知り合いが経営している工務店で、巨大なレーザーカッターで鉄を切って加工したりする工場だ。
ここまで言って察しがよければわかると思うのだが、この手錠…………外れなくなりました。
事の始まりはこうだ。
静さん達とのテニス特訓が終わって約一週間後の話だ。
あの練習で俺は火の玉ショットを習得したのだが、その話はまた今度にしよう。
今現在伊達家ではドキドキ魔女裁判ならぬ、ドキドキ異端審問会が開催されていた。
何故出禁を食らったはずの伊達家に入れるかと言うと、今週頭から剣心さんが玲愛さんの仕事を引き継いでくれたのだ。
一応トラブル等は全て解決してから引き継いでくれたらしいが、決して暇になるということはなく、剣心さんではちゃんと回ってないらしい。
玲愛さんが週末までは手伝おうか? と提案したようだが、そこは父親のプライドなのか、パパを無能扱いするなと怒ったらしい。
結果として、剣心さんは会社での仕事と、自身が抱えている仕事を回すために、ひたすら業務に追われるようになった。
玲愛さんがイベントを終わらせて、仕事に帰ってくるまで家には戻って来れないとか。
家政婦の田島さんも剣心さんについて会社に行ったので、伊達家には現在三姉妹しかいない。
だからこれだけ堂々とお邪魔させていただいているわけで……。
「ほー、それでその山野井とかいうやつを倒して、お前は水咲姉妹のフラグを立てたと」
「決してそういう下心があったわけではないんですよ」
「見境なく人助けをするからだ。それで向こうが好意を持っても責められんだろう」
玲愛さんは正座する俺の頭に、その豊満な胸のわりに控えめなお尻をのっけて座ると、足組みしながらスマホをサッサ、くぱぁと操作してらっしゃる。首が痛い。
それを取り囲むように火恋先輩と雷火ちゃんがジト目でこちらを見ている。
俺は玲愛さんが海外に出た後の、水咲との関係や静さん達との話を洗いざらい吐いていた。
「綺羅星に関しては納得がいった。月が絡んできているのが謎だな。過去になにかしらあったと見るべきか……」
「過去に何かしらあったって、俺には幼馴染的な子いませんよ?」
「あ゛?」
過去一低い声で唸る玲愛さん。
あれ? 俺なんか地雷踏んだ?
幼馴染とかいたっけな? 必死に思考を巡らせると、小学生時代の男友達が頭に浮かぶ。
「近所にいたスポーツ少年のテン君ぐらいしか」
「誰だそいつは」
玲愛さんは俺の首にかける圧力を更に増した。あの重さで本気じゃなかった……だと?
俺の体勢はほとんど土下座に近い形になっていた。
「悠、月と、月についている執事には近づくな。あいつは食わせ物だからな」
重々承知しております。
「あとお前のマンションに移り住んだ、漫画家女性とムチューバーとも面談を考えなくてはならんな」
「あの人達は、ほんとなんといいますか、”姉”みたいな人で……」
「あ゛?(威圧)」
この人地雷ワード多くない!?
「ったくお前は目を離すとすぐ他の女になびく。そんなに伊達が不満か?」
「いえ、滅相もありません。俺には身に余る光栄です」
「どうだか」
懐疑的な視線を向ける玲愛さん。
「今度勝手にフラグ立てたら、これを着けてもらうからな?」
玲愛さんのその手には、いつぞやの首輪が握られていた。
「首輪……犬……雌犬?…………いいね」
火恋先輩は一人連想ゲームでエロい結果に結びついたらしく、恍惚とした表情を浮かべていた。
「あっ、それならわたしもいい物持ってますよ」
雷火ちゃんは立ち上がって、一旦部屋を出ると、その手に怪しげなものを握りしめて帰ってきた。
「何それ?」
「手錠です」
確かに銀色の二つの金属輪が、ゴムチューブのようなワイヤーで結ばれていた。
形状は少々異なるものの、刑事ドラマなどでよく見るタイプのものだ。
「これ凄いんですよ。一見すると簡単に切れちゃいそうなヒモなんですけど、鉄と鋼と炭素を織り込んだ合成金属なんです。チェーンカッターでも切れませんよ」
「そりゃすごい、でも何でそんなものを?」
「アメリカの友達に貰いました。フラフラして優柔不断な先輩をつなぎとめたいって言ったら、手錠でもつけときなさいよHAHAHA、って送られてきました」
「よくそんなの送れたね……」
「送ってもらったのはパーツごとで、組み立てたのはこっちでです」
なかなかなの周到さだが、それって銃の密輸とかでとられる方法では?
雷火ちゃんは自分の手首に手錠をはめて、俺の手首にも銀色の輪っかをはめた。
「細いヒモだし、切れそうなのにね」
「引っ張ってみていいですよ」
俺はお言葉に甘えて、めい一杯力をこめてワイヤーを引っ張ってみたが、ビクともしなかった。
「凄いね、全然ビクともしない」
「でしょう、わたしもこの合成金属を作るのに一役買ってるんですよ」
「凄いね。さすが天才」
忘れてたけど雷火ちゃんってハイスペックだったんだな。(失礼)
俺が腕を上げると、雷火ちゃんの腕も一緒に上がる
「なんか、手錠をつけてると悪いことしたみたいだね」
「そうですか? わたしはなんだかテンション上がりますけど。逮捕しちゃうぞって感じしません?」
昔のアニメネタで、雷火ちゃんは嬉しそうにしている。
それをぐぬぬの表情で眺めている火恋先輩。
「雷火、私にもつけさせてくれ」
「やだ。悠介さん今日一日このままでいましょっか?」
嬉しそうにブンブンと腕を振る雷火ちゃん。
「雷火ちゃんと繋がったままっていうのは魅力的だけど、いろいろ困ると思うよ。お風呂とかトイレとか」
「大丈夫です、安心してください」
雷火ちゃんは手錠についたボタンを操作しながらワイヤーを引っ張ると、しゅるしゅるとワイヤーが伸びた。
「最長1.5mまで伸びます」
「凄いね、でも1.5mだとちょっと短いかな」
「そうなんですよねぇ、どうしても手錠に収納出来る長さだと限界があるんですよ。これだとPS4のUSBケーブルくらいの長さしかありませんし」
まぁ元から手錠にそのような機能は求められてないだろう。ヒモが伸びたら、それこそ犬の散歩になってしまう。
「どうですか? わたしと1.5m以上離れられない生活って」
「朝も夜もくっつきっぱなしだね」
雷火ちゃんは想像したのか、頬を少し赤くしてにへら顔で「アリ……ですね」なんて小さく呟いた。
美少女と繋がったままの生活なんて素晴らしいなって思ったが、同時に物凄い嫉妬の視線にさらされそうだ。
現在目の前でむくれてらっしゃる火恋先輩の視線を見て思った。
「もー姉さん、そんな恨みがましい目で見ないでよ」
「雷火が見せつけるからだろ……」
唇を尖らせる火恋先輩。
雷火ちゃんは手錠についてる赤、青、黄の三つのボタンをピコピコ押すと、固定腕が外れた。
「姉さん使います?」
「そ、そうだな。早速目隠し拘束プレイなんて――」
「火恋に変なものを持たせるな」
玲愛さんは雷火ちゃんから手錠をひょいと取り上げると、銀の輪っかに指を入れてフリスビーのように手錠をくるくると回す。
「ふーん、凄いな。鍵は電子ロックか?」
「そうです。いずれは指紋認証機能もつけるつもりなんですって」
「ほーアメリカの刑事が、そのうち使うようになるかもしれんってことだな」
「まだコスト面での改良が必要ですけどね」
玲愛さんは自分の腕にカチャンとはめてから、ワイヤーを伸ばした輪っかをカウボーイのように放り投げると俺の腕にはまった。
「銭形のとっつぁんみたいだ」
「雷火、これはどうやって外すんだ?」
玲愛さんは不用意に手錠のボタンを押すと
【指紋認証機能がONになりました】
なんて不穏なアナウンスが手錠から流れた。
「…………今変な音が鳴ったな?」
「鳴りましたね……」
「なんだこれは?」
玲愛さんの質問に、雷火ちゃんは首を横に振った。
「わたしは知らないですよ」
雷火ちゃんは手錠の電子ロックを操作して解錠を試みる。
しかし
【権限がありません】
ビーっとエラー音を吐く手錠。
「うっそ、わたしこんなの聞いてませんよ!」
雷火ちゃんはもう一度ピコピコとボタンを操作するが、手錠からのレスポンスは【権限がありません】と返ってくるだけだった。
俺と玲愛さんに嫌な汗がつたう。
雷火ちゃんの手が完全に止まり、思考に入ってしまう。
「もう一回やってみたらどう?」
「このロック3回間違えると、外れなくなっちゃうんです」
そいつは困るな。
「ちょっと待ってください、聞いてみます」
雷火ちゃんはスマホを取り出し、この手錠を送ってきたアメリカにいるお友達に電話をかけた。
雷火ちゃんは英語で「手錠が外れなくなった。どうしたらいい?」と聞いているようだったが、返ってきた答えはあまりいいものではなかったようで、驚きの声と抗議しているような怒りの口調で話をしていた。
雷火ちゃんが通話を終えて、気まずそうにこちらを向く。
うわー、見るからに嫌な話しますって顔してる。
「あのですね、指紋認証機能自体は既に実装されてたらしいんです。でもその機能はまだ調整されてなくて、使えない機能なんです」
「つまりは?」
「バグってるんです……。ようは鍵のない鍵をかけてしまったようなもので、外す方法がありません……」
「…………マジ?」
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