第141話 拒絶×諦め×始まり

 雷火ちゃんの顔はかなり気まずそうで、そこに冗談の類はないと証明していた。


「じゃあ、どうやったら外れるんだ?」


 玲愛さんは繋がった手錠を持ち上げる。


「恐らく一週間程で内蔵バッテリーが切れますから、それまで我慢してもらうしか……」


 そう言って雷火ちゃんはごめんなさいと頭を下げた。

 指紋認証について雷火ちゃんは知らなかったようだし、そんなバグがあるとも思っていなかっただろうから、彼女を責めるのは筋違いだろう。

 玲愛さんも、自分で指紋認証を起動させてしまった手前、苦い表情をしている。


「一週間もこのままだと……」


 俺は学校があるし、玲愛さんも何かと忙しいだろう。それに一週間というと、もしかしたらイベントの日に外れてない可能性がある。そうなるとイベント云々ではなくなってしまう。

 しばらく皆押し黙った後に、玲愛さんはおもいっきりワイヤーを引っ張った。

 手錠がミシミシと恐い音をたてる。


「こんのぉっ」

「無理ですよ、トラックをぶら下げても切れない合成金属ワイヤーなんですから。腕の金属部もかなり頑丈に作ってあります」


 雷火ちゃんの言うとおり合成金属の方が強かったようで、玲愛さんはゼェゼェと肩で息をしていた。


「これから悠と水着買いに行く予定だったのに……」


 目元を押さえてげんなりする玲愛さん。

 その後、伊達家にあったカッターやはさみ、電気ノコギリにチェーンソー、ハンマー、火炎放射器等いろいろ試してみたが全て失敗。

 雷火ちゃん、これ硬すぎだよ……。

 半ば皆が諦めかけたが、それでも玲愛さんは必死にナイフでワイヤーを切ろうとしていた。


「こんなのレーザーカッターでもないと無理ですよ」

「レーザー……?」


 俺がポロっとこぼした発言に閃いたのか、玲愛さんはどこぞかに電話をかけ始めた。

 通話内容を聞くと、今から行くから機械を準備しろ的なことを言っている。


「悠、外に出るぞ」

「この状態でですか?」


 俺は手首を持ち上げる。


「知り合いの自動車工場にレーザーカッターがある。それで切る」


 この人たち金持ちってレーザーまで使えるんだな。もう無敵じゃん。

 玲愛さんは「ちょっと着替えてくる」と言って、部屋の外に出ようとしたが、手首が引っ張られ俺はずっこけてしまった。


「コレどうやって着替えるんですか……」

「………………」


 玲愛さんは苦々しい顔で、結局着替えずに俺と一緒に車に乗り込んだ。



 そして高速道路の景色をびゅんびゅんとかっとばして、工場に向かっている。今ココってところだ。


「玲愛さん……」

「黙れ」

「すみません」


 黙れと言われたので、ただ高速で流れていく風景を眺めた。


「………………」

「…………なんだ?」


 何で高速ってラブホばっかり建ってるんだろうなーとぼんやりしていると、沈黙に耐えられなくなったのか、玲愛さんから口を開いた。


「手錠、レーザーで切れなかったらどうします?」

「私とお前の同棲生活が始まるな」


 冗談めかして言うが、実際は大変だろう。

 さっき着替えが出来なかったように、女性にとって男と至近距離から離れられないというのはとんでもないストレスだと思う。きっとこんな状態で生活出来るわけがない。

 それに俺は多少生活が狂っても問題ないが、玲愛さんがいないと困るって人は、きっと沢山いるだろう。

 そんな大勢の人に迷惑をかけると思うと気が重かった。

 一瞬脳裏に大人たちの冷たい視線が浮かぶ。


『また三石家の?』

『許嫁騒動の子だろ?』

『養子のくせに本家の人間に迷惑をかけるとは』

『だからあんな野良犬を伊達家にいれるのは反対だったんだ』


 あっ、やばい、昔の、ことと、重なって、気分が、落ちて、きた。


「…………そんなに落ち込むな、私は別にお前をとって食うわけじゃない」


 凹んでいる俺を見て、理由を勘違いしたらしく、玲愛さんは警戒するなと声をかける。


「玲愛さんにとっては死活問題だと思いますよ」

「安心しろ、私は水咲のイベントが終わるまで休みだし、大学も休学しているから影響は少ない。それよりお前は学校がある」

「それなら俺も別に皆勤賞というわけでもないですし、出席日数もやばいわけじゃないんで、あまりお気になさらずに」

「バカ、一週間も学校休んだら、一気についていけなくなるぞ」


 もとからついていけてませんとは言えない。数学と英語はマジやばいし、物理は呪文にしか聞こえない。


「着替え一つできないですからね」

「別に着替え程度出来なくても問題ない」

「そういうわけにもいかないでしょう。お風呂もトイレも、寝る場所も困りますし、女性は特に……」

「うるさい黙れ」

「はい……」

「あまり女々しいことを言って、やかましくするな殺すぞ」

「はい、すみません」

「とりあえず行ってからだ、全てを考えるのは」


 冷静な玲愛さんらしからぬ行き当たりばったりの思考に、きっと困っているんだろうなと推測できた。

 あんまりくよくよして不安を煽るのはよくないと反省する。



 それから1時間半かけて工場に着いたが、結論から言うとやはりうまくはいかなかった。

 ワイヤーをめいいっぱい伸ばしてレーザーカッターで焼き切ろうとしたが、このワイヤー鉄板を溶解させるレーザーの照射に耐えやがった。

 本当にどうなってんだこれ?

 玲愛さんはワイヤーではなく手錠の金属部なら焼き切れるだろうと提案したが、手錠だけでなく手首を切り落としてしまう可能性がある為、どうしても工場側がOKを出さなかった。

 そりゃそうだろう、従業員さんの腰の低さから、恐らくここも伊達の子会社の一つみたいだし。

 親会社のご令嬢の手首を、レーザーで吹っ飛ばしたなんてシャレにならない。


 所長さんが平謝りしながら「ほんと無理です」と言っているのだが「そこをなんとかしてくれ」と玲愛さんは頼み込む。

 そのやりとりを見て、俺はピンとひらめいた。


「ようは玲愛さんの手が具合悪いのなら、俺の方をやればいいんじゃないですか?」


 玲愛さんの利き手は右手だ、俺の利き手も右手だ。玲愛さんは右手がつながっているが俺は左手、つまり利き手じゃない方だ。

 玲愛さんの利き手が落ちたなんて、そんな国家規模の損害を出すよりも俺の左手が落ちた方がよっぽど被害は少ないだろう。

 まぁ玲愛さんなら手首が落ちてもくっつけてくれそうな気はする。

 でもよく手首切って自殺するシーンとかあるけど、手首切断したらどうなるんだろうね?

 俺の提案を聞くと、玲愛さんはすぐさま却下した。


「ダメだ、そんなことやらせられない」


 冷たく切り捨てるように言い放つ。


「自分はやろうとしてたのにですか?」

「………………」


 無言。

 玲愛さんは、たまにいびつさを感じさせる。自分はいいのに人はダメみたいな。

 どうしても折れない玲愛さんに俺は――


「じゃあ二人で諦めましょうか?」


 困りとイラ立ちがにじみ出ている玲愛さんに、できるかぎりにっこりと笑顔で諦めましょうとすすめる。


「馬鹿者、私にはお前の生活を守る義務が――」


 それでもなかなか折れてくれないので、俺は玲愛さんの胸に顔を埋めた。決してスケベ心じゃないよ、ホントだよ。

 玲愛さんは驚いて、俺を引き剥がすかどうするか迷っているように見えた。


「玲愛さんと一緒に生活するのは幼稚園以来ですね。今度は拒絶しないでもらえると嬉しいです」


 少し卑怯な手を使った。

 昔俺の両親が亡くなった時、本当は伊達家へと引き取られる予定だったのだが、分家と玲愛さんの反発により別の分家へと俺は引き取られた。

 剣心さんの奥さん、伊達烈火さんは分家に反発された程度では引かず、俺のことを引き取る気満々だったようだが、娘からの直接反対の為、引取りを断念した。

 その時の話をしている。

 ただこの話を玲愛さんが覚えていて、尚且つ思うところがなければ全く無意味だが……。


 玲愛さんは、俺の体をぎゅっと抱きしめてくれた。俺が顔を上げると、何故だか涙目になっている玲愛さんの顔が間近にあった。


「もしかして、思ったよりきいてますか?」


 思いのほかクリティカルを飛ばしてしまったようだ。玲愛さんのこんな今にも崩れそうな顔を初めて見た。


「黙れ、バカ」


 俺と玲愛さんはしばらく抱き合ったまま時間を過ごした。


 そのあと困惑する工場の人に、謝罪と感謝を述べて俺たちは車に戻り、伊達家へと戻った。


「家に帰ってどうするか考えなければならんな……」

「大丈夫ですよ。困ったことがあっても、大体なんとかなります」

「楽観的だな」

「ポジティブと言ってください」


 そう言うと冷たい表情の玲愛さんが一瞬クスリと笑った。

 余談だが、帰る途中玲愛さんは何故かシフトレバーを俺に握らせて、その上に自分の手を重ねる謎なギアチェンジをしていた。

 その方がやりやすいのかな? と思っていたが、手の重ね方がまるで恋人のように指を絡めるものだったので、これもしかして母性的なモノに目覚めたんじゃないかと疑い始めた。


 こうして俺と玲愛さんの手錠生活が始まった。

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