第355話 師

 コミケが終了しても、俺は会場近くにあるふ頭公園で腰を下ろしたままだった。

 きっと皆怒ってるんだろうなとか、ゲームどうなったんだろとか、いろいろな心配が頭を過ぎ去っていったが、結局今いる場所から動けないままだった。


 コミケ帰りの参加者が、嬉しそうに戦利品を持って帰宅している姿が見える。

 その中の一人がゲームソフトを取り出しているのが見えた。

 それが多分三石家ウチのゲームだと気づいて、俺はすぐさま視線をそらした。

 本来なら嬉しいはずのお客さん。しかしあのお客さんが数時間後、どういった反応をするか容易に想像がつく。


 怖いもの見たさというやつなのだろうか、見なければいいのにと思いつつもスマホで『”アームズフロントライン” ”評価”』なんて言葉で検索してしまう。


 あぁ、ほんとに見なきゃよかった。


 大絶賛炎上中で、ユーザーの怒りを買いまくっていることがよくわかった。


【信じられない、よくこんな商売ができるな】

【所詮はヴァーミットに期待したのが悪い】

【ヴァーミットの新星サークル三石家。超課金クォリティ(笑)】

【評価できるのは絵と音楽だけ。あとはゴミ】


 などなど予想できていたが、実際に生の評価を見ると心にくるものがある。


「皆で頑張って作ったのにな……」


 頑張れば面白いものが作れるというのなら、世の中面白いものだらけだろう。

 しかし実際に面白いものを作っても、評価されない作品も山ほどある。

 俺達のゲームだけでなく、酷評、炎上したマンガやアニメなんかも、やむにやまれぬ事情でそのような形になってしまったのかもしれない。

 だがそんなことはユーザーの知ったことではない。

 結果が全てであり、会社が買収されちゃったんですとか、購入者には全く関係のない話だ。

 正直俺が一ユーザーの視点でプレイしたとしても、画面に『真エンディングはDLCで!』と表示されたら「ふざけんなよ、有料体験版かよ」とキレる自信がある。


「ツイッターで釈明したところで、内ゲバを見せるだけだもんな……」


 かえって余計な混乱を招くだけだろう。

 ふ頭公園も段々夕日が落ちてきて、ガヤガヤとしていたコミケ帰りの参加者たちの姿も少なくなってきた。

 たくさんの人をがっかりさせた罪悪感というものは、これほどまでに辛いものなのかと理解する。

 またちょっと泣きそうになっていると、隣のベンチに誰かが腰かけた。


 それは元水咲アミューズメント第3開発室主任。

 893の若頭みたいな、いかつい顔に目の下に薄くクマをつくった人相の悪い人物。現ヴァーミットゲーム開発者の居土さんだった。


「FXで貯金全部とかしたみたいな、しけたツラしてんな」

「あっ……」


 何かしら挨拶をしようと思ったのだが、うまく声がでなかった。


「…………」

「…………」


 しばらくお互い無言で東京湾の方を眺めていた。

 居土さんはタバコを咥えると、ライターで火をつけ一吸いし、白い煙を吐くと一拍置いて口を開く。


「すまねーな」


 最初の言葉は謝罪だった。それが何に対してかわからず首を傾げる。


「お前のゲームが、DLC課金になってるのは前日から知ってた」

「居土さんの警告から、なんとなく察しました。別に居土さんのせいじゃないですし」

「お前と摩周のデブが衝突し、ボコられるのも予想していた」

「…………」 

「止めようと思ったんだが、あのデブの腹のうちをヴァーミットや水咲の社員に聞かせたいと思って、お前にはあえて殴られてもらった」

「…………」

「すまん。子供にやらせることじゃなかった」


 いつも威圧的な居土さんが、珍しく後悔の色を滲ませていた。


「俺の殴られっぷりはどうでした?」

「鎌田たち水咲の社員には効果があったが、ヴァーミットの社員は、もう洗脳されちまってんのかイマイチ響いてなかったな」

「なぜ、摩周代表の話を皆に聞かせようと思ったんですか?」

「オレがヴァーミットに移った最大の理由でもあるが、開発陣全部引き抜いて新会社建ててやろうと思ってな」

「それクーデターでは?」

「そうだ。水咲がヴァーミットにやられたことを、そのまま返してやろうと思った」

「報復ですか? てっきり給料がよくなるからだと」


 居土さんの実家の病院が大変なので、その分を稼ぐためにヴァーミットに移籍したのだと思っていた。


「給料なんかどうでもいい。オレの古巣を焼け野原にして、クリエーターを自分の皮下脂肪の肥やし程度にしか思ってない、摩周が許せなかった。ヴァーミットに潜り込んで、水面下で引き抜きかけてんだが、なかなかうまくいってない。だからお前と摩周の話はチャンスだと思った」


 なるほど、それなら俺がボコられた甲斐もあったのかもしれない。


「でも、本当に良くなかった。大人の思惑に子供を利用するなんて。お前に消えない傷ができちまった」

「心の傷なんで……よくわかりません」

「あんな腐った野郎がトップにいると思ったら、ゲーム業界に絶望するだろ」

「…………」

「お前にはゲーム嫌いになってほしくねぇ。本当に悪かった」


 そう言って、居土さんは一本のゲームソフトを俺に手渡す。


「これは……」

「世間的にはブレイクタイム工房が作ったことになっているが、きっちりオレが監修して作り上げたゲームだ」

「貰っていいんですか?」

「やる、オレもお前たちのゲームはやったからな」

「そうなんですか……」


 俺は評価を聞くのが怖かった。この人から面白くなかったと言われると、正直炎上とは比にならないくらいにダメージを受けそうだったからだ。

 でも……それでもプロ目線の感想が聞きたい。


「どう……でしたか?」


 居土さんはしばらく無言だった。だが、ゲームの内容を思い出すように言葉を紡ぐ。


「まずAVGとSLG両方を作って、ちゃんと一つのゲームに落とし込んだのは評価する。ただ、どちらのパートもシステムを積み込みすぎて無駄になっているものが多い。やること多い方が面白いと考えたんだろうが、ユーザーが管理するものが多くなるほど作業感が増す。その点のバランスがとれてねぇ」

「なるほど……」

「だが、クリエーター個々の能力が高いことは間違いない。グラやサウンドに関してはプロと遜色ないし、SLGパートの敵の思考ルーチンもバカすぎず賢すぎない良いデキだ。プログラマーの能力は多分鎌田より高い。企画自体もこんなのがあると面白いだろ? ってのがちりばめられているのがよくわかる」

「…………」

「粗削りだが良いものができている」


 そう言って居土さんは少し溜めを作ってから。


「……お前のゲーム面白かったよ。頑張ったな」


 俺は一瞬目を見開いた。

 最初の粗の部分を聞いて、まだまだ未熟だなと思ったが、面白かったと一言言って貰えて嬉しかった。

 ねぎらいの言葉がこんなに胸に響くとは思わなかった。

 気づけば俺は、頬を伝う熱いものを止めることができなかった。


「泣くなボケ」

「すみません。俺、全力でサークルの仲間と走ってきたんですけど、すげぇ辛い感想ばっかりで、ほんと辛くて……辛くて……」

「…………テメェ一人で背負すぎなんだよ」


 あふれだしたものは、しばらく止まりそうになかった。

 それくらい俺は嬉しかったのだ。


 どれくらい経ったのだろうか、5分か、いや10分くらいは泣き続けたと思う。その間居土さんは、2本めのタバコに火をつけ、夏空に向かって白い煙を吐き出していた。


「ゲームはおもしれぇだろ」

「はい」

「ゲーム作るのはもっとおもしれぇ。それこそゲロはきそうなくらい辛い目にもあうし、お前みたいに努力が報われない理不尽だって山ほどある。でもゲーム作りは、生き物育ててるみたいでやめられねぇ」

「強いんですね」

「ガラスのハートでやっていける業界じゃねぇことは確かだ。オレは自分のおもしれぇと思ってることを信じてるし、オレについてきて仕事してる同僚も信頼している。だからオレはぶれねぇ。テメーも今絶望してるかもしんねぇが、お前の作ったゲームはお前を信じてついてきた仲間がいるからできあがったもんだろ」

「……はい」

「ユーザー全員が絶望したとしても、テメーだけは絶望すんじゃねぇ。まして手抜いてできあがったもんじゃねぇ、全力で作り上げたものだ。世界中の奴が否定したとしても、このゲームを作り上げたテメーは誇れ。それがリーダーだ」


 居土さんの言葉が、胸に突き刺さる。

 そうか、開発者が自分が作ったものを否定しちゃいけないんだ。プライドを持たないと。


「ありがとうございます。ケツ叩かれて救われました」


 本当にこの人と同じ開発室で、ゲーム作りに携われてよかったと思う。


「もう暗くなってきたし帰んぞ」

「はい、俺も仲間の元に帰ります」


 俺と居土さんは、暗くなったふ頭公園を出た。

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