第354話 バッシング

 時刻は午後4時前、企業ブースの閉めの時間が間近となっていた。

 販売が終わるこの時間、普通どこの企業ブースも片づけを始めたり、他のサークルと話をしたりと弛緩した空気が流れる。

 しかしヴァーミットブースでは他とは違い、かなりピリピリとした空気が流れていた。

 水咲とヴァーミットが合併した直後で、摩周代表のあのような開発者やユーザーを人とも思わない発言を聞けば、元水咲の人間のみならずヴァーミットの社員ですら会社への信用が揺らぐ。

 皆表立って不満を口にはしないが、腹の中で消化できないものを抱えている気分になっていた。


「拙者ら、これからどうなるのでゴザろうな」

「わかんないでふ……」


 水咲の開発者である鎌田と阿部は、暗い顔でコミケ会場を見渡していた。

 呼び込み担当していた二人だったが、摩周代表と悠介のやりとりを見てから何もする気になれず、自動販売機の隣で缶コーヒーを開けていた。


「三石君、泣いてたでふ」

「そりゃ泣くでゴザル。男には泣いて良い日が3回あるでゴザル。父親が死んだ日、母親が死んだ日、自分の作ったゲームを炎上させられた日でゴザル」

「えらく限定的でふね……」


 鎌田の滑り気味の冗談に突っ込む気力もなく、視界を右に左にと過ぎゆくコミケ参加者を眺める二人。


「鎌田君は、なんでゲーム会社に入ろうと思ったんでふか?」

「拙者でゴザルか?……そうでゴザルな。拙者、自分が出来ないことをゲームキャラにしてもらってたでゴザル」

「僕も同じでふね。自分が出来ないから自分の絵に託したでふ。それがいつしか賞賛されるようになって、自信に繋がっていったでふ」

「そしてプロになった。ゲームクリエーターなんて皆そんなもんでゴザろう」

「そういや鎌田君、彼らのゲームやった?」

「アームズフロントラインでゴザルか? 勿論。なんならデバッグもやらせてもらったでゴザル」

「結構、無茶苦茶してる作りでふね。AVGパートとSLGパートを、プログラマーの腕だけで無理やり合体ガッチャンコさせたみたいな」

「それはしょうがないでゴザル。ゲームを作ったことがない人たちが作ってるのでゴザるから」

「やりたいことをとにかく鍋に入れて、無理やり煮込んで食えって出されたみたいなゲームだったでふ」

「うむ、居土殿が一番最初に作った作品に似ているでゴザル」

「わかるでふ。とにかく情熱と閃きだけで突っ走って、技術なんか知ったことかって感じの作品」

「やっぱり弟子は師匠に似るでゴザルな。あれ多分システムをもうちょっと整理した続編を作れば、相当凄いものができると思うでゴザル」

「わかるわかる。僕もそれに期待したいでふ」


「「はぁっ……」」


 一通り喋り終えて、二人は同時に大きなため息をつく。

 それはこの作品の続編が、絶対出ないことがわかっていたからだ。


「三石君、2作らないだろうね」

「無理でゴザろうな」


 鎌田はスマホを取り出すと、ツイッターの検索欄に「アームズフロントライン」と入力する。

 すると、出るは出るは痛烈な批判が――


【コミケで買ったアムフロ、もうDLC出てるとかマ?】

【最強キャラ1500円、追加ルート2000円だって。まさに守銭奴ヴァーミットって感じ(笑)】

【コミケで未完成品売りつけるのやめろ!】

【クリエーターに愛がないからこんなことできるんだろうな】

【サークル三石家はマジでブラックリスト行きだわ】


 ネット上で叩きつけられる強い悪意に、鎌田は心臓がキュッと痛んだ。

 この悪意は拡散し、事件を知らぬ人を吸収して増殖し、正義を気取って拳を振り上げる。


「彼らは……純粋に楽しんでゲームを作っていただけなのになぁ……。こんなことを言われたら、拙者ならゲームが嫌いになってしまうでゴザルよ……」


 いつしか鎌田の瓶底眼鏡に、雫が一つ二つとこぼれ落ちていた。


「モノづくりって、こんなに苦しいことなのかなぁ阿部氏……」

「鎌田君……」


 二人はもう一度コミケ会場を見渡す。

 誰もかれもが楽しげに、精いっぱい自分の作ったものをアピールし、自分の趣味にあったものを探す。

 そこには出会いがあり、同好の仲間がいて、くだらないネタに笑いあえる。

 その姿がたまらなく羨ましい。


「……拙者やっぱり合併は嫌でゴザる」

「僕もでふ」

「ヴァーミットには大義がない」

「情熱もない」

「「何よりゲームへの愛がない!」」


 二人はすくっと立ち上がる。


「戦う必要があるでゴザる」

「僕らは企業の奴隷じゃないでふ」


◇◆◇


 コミケ会場から近い、ふ頭公園に悠介の姿があった。

 彼はベンチに腰をおろし、失職したサラリーマンの如くうなだれていた。

 おもむろにポケットに手を入れ、お守り代わりに持ってきたアームズフロントラインの見本ディスクを取り出す。

 まじまじとディスクを見た後、彼は腕を高く掲げ叩き割ろうとする。

 しかし、腕は震えゆっくりと膝の上に戻ってくる。

 彼はゲームを握りしめたまま、肩を震わせていた。


 その様子を影から見守る姿があった。

 それは和服姿にマスクとサングラスをかけた男と、同じくマスクとサングラスをかけた身長の高い美女。

 二人はリムジンの中から、彼の様子を観察していた。


「結果はうまくいったのではなかったのか玲愛よ? 完売したと聞いておるが、なぜあ奴はぼっち飯を食うキアヌ・リーブスみたいになっておるのだ?」

「今回悠介は、水咲という会社からゲームを出すことになっていたのですが、それが急遽ヴァーミットという別会社に買収され、マーケティングの権利が全て別会社に移ったのです。悠介のゲームも例外ではなく、ディスクは自分たちのサークルで売れたのですが、追加ファイルのオンライン販売権をとられてしまったのです」

「ふむ」

「追加ファイルは、無料で配布予定だったのですが、それを急遽有料に変更されユーザーから猛批判を浴びています」

「なるほど、よくわからん」

「父上にわかりやすく言いますと、苦心して開発してきた商品を販売会社に全てダメにされて、汚名だけを被せられた状態です」

「つまり、あ奴は……」

「また大人にいじめられてます」


 剣心は着物の袖から、購入したアームズフロントラインのゲームディスクを取り出す。

 裏面のスクリーンショット画像を見ると、しっかりとしたゲームの体裁をしており、自分の娘がこれを作ったのかと思うと誇らしい気持ちだった。


「……推しコンテストはどうなったのだ?」

「コンテスト運営がネットの圧力に負けて、2位だったヴァーミットのブレイクタイム工房が優勝しました」

「優勝もとりあげられたのか」

「そうなりますね」

「……なるほどな、娘達がワシをどういう気持ちで見ていたのか、今客観的に理解した」

「どういうお気持ちですか?」

「ワシ、子供の足引っ張る大人嫌い」

「ようやく理解していただけましたか」


 剣心は着物の袖にゲームを戻すと、マスクとサングラスを取り払う。


「玲愛、水咲を食ったそのヴァーミットという会社、近々挨拶にいかんとな」

「そうですね。行くときは菓子折りを持って伺いましょう」

「娘が世話になったのだ、一番良いのにしなさい」


 リムジンの運転手は、バックミラーに映る伊達家トップの形相を見て、これは戦争が起きるなと確信した。

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