第353話 開発者VS経営者

 月はずんずんとヴァーミットブースの方に戻って行く。


「どうするつもり?」

「摩周代表に直接話すわ。コミケの最後に顔出すって言ってたから、多分今会場に来てるはず」


 俺達がブースに戻ると彼女の言った通り、スーツを着たでっぷりとした体格のおっさんがいた。

 月はヴァーミットスタッフと話す、ウシガエルみたいなおっさんに一気に詰め寄っていく。


「摩周代表、お話があります」

「おぉおぉ、遊やんとこの娘の、えっと~なんやったか……忘れてしもたな。ガハハハ」

「水咲月です」

「おう、そうそう月ちゃんやったなぁ。三人も娘おるから忘れてしもたわ、堪忍やでガハハハハ」


 摩周社長は、パンクしそうな腹をブルブルと震わせて笑う。


「今回コミケで開催されている企業推しコンテストで、水咲が推しにしている”三石家”というサークルをご存じですか?」

「ん~? 確か遊やんがえらい気に入ってるって話聞いてるけど、それがどないかしたんか?」

「ゲーム開発者から、無料DLCにしていたものが有料設定にかわっていると問い合わせがきています。我々も確認して修正しようとしましたが、ゲームの権利がヴァーミットに移行しており、DLCの販売情報を変えることができません」

「ほぉ、そうなんか? 大変やな」


 白々しくとぼける摩周社長に、月はイラッとしながら語気を強める。


「はい、ですので即時配信サーバーを停止して、無料へと変更して下さい。また課金されたユーザーに対して、返金処理を行っていただきたいのです」

「なんでや?」

「元々このDLCは、バグの修正ファイルのおまけで作ったものだから無料にしているのです。それを会社側が勝手に値段を変えれば、ゲームの価値がかわることはおわかりでしょう!」

「なんや、それは開発側にもうちょっと配慮せーよってことかいな?」

「当たり前でしょう。値段設定も何も聞かされていないのですよ!」


 あまりにものらりくらりとする摩周社長に、月はキレそうになっていた。

 しかしそんなヒートアップする彼女を、ウシガエルは鼻で笑う。


「甘いなぁ水咲は、今日びDLCなんか当たり前やろ。作ったもんをわざわざ無料で出すとかボランティアかいな。ちょろっとだけDLCの内容見たけど、ゲーマーが好きそうな最強機体とか作ってたやん。あんなん絶対売れるで~」

「売れる売れないの話をしているんじゃないんです!」


 月が食い下がると、摩周社長はウザそうに顔をしかめる。


「ディスクは完売したんやろ? せやったらDLCでもう一回儲けたらええやん。別にDLC買わへんくてもクリアはできるんやし、嫌なら買わんかったらええねん。最近のユーザーはソシャゲにはアホほど課金するくせに、買い切りDLC一個でピーピー言うてきてかなんわ」

「そんなユーザー軽視を続けていれば、いずれ誰もついてこなくなりますよ!」

「これやから商売の素人はあかんな。売れるゲームからは、とことん金をとれる手段を作って絞るんや」

「これだからゲームをただの商売道具としか考えていない人種は……」


 月は呻くように呟く。


「話は終わりや。あんまちょろちょろされると目障りや、お嬢ちゃんは下がっとれ」

「ぐっ、こんの肉ダルマ……」


 俺は殴りかかりそうな月の前に出て、摩周代表と向かい合った。


「なんや君は? どっかで見た顔やな」

「あの、俺このゲームを作った一人で三石悠介と言います。本来このゲームは、今DLCで配信されているキャラと追加ルート含めて一本のソフトなんです。この追加データを入れないと、真のエンディングに辿り着けません。お願いです、このデータを有料にしないで下さい。購入してくれたユーザーが、凄くがっかりすると思います。お願いします」


 俺にできることは頭を下げるしかなく、とにかく誠意をもって交渉するしかない。


「そうかそうか、君が開発者か。若いなぁ歳も……考えも」


 はっはっはと摩周代表は俺を見て笑うと、突然溶けたエビスのような顔が般若のように歪む。


「なんでワシが開発者のいう事なんか聞かんとあかんねや。ゲームの値段は全部会社が決める。開発者お前らは黙って金とれるもん作っとればええんや。数字もわからん輩が、販売の方に口出ししてくんなドアホが」


 俺が罵倒された瞬間、火恋先輩と天の目が殺人鬼みたいに光る。


「ユーザーなんか絞ってなんぼ、それがわしら皆の給料おまんまになるんや。銭稼ぐのが嫌なら辞めてまえ。お前らのかわりなんかなんぼでもおるんじゃ」


 摩周代表は地面を這う虫を見るような目で、ガッハッハッハッハと大笑いしながらブースを後にした。


「…………」


 残されたのは頭を下げる俺と、それを見守っていた神崎さんや鎌田さんたち水咲の開発者と、ヴァーミットのスタッフだけだった。


 ネット上で本日発売の『アームズフロントライン』は現在炎上中。

 この有料追加ルートが真エンドに必要だと発覚すれば、更に燃えあがることは間違いないだろう。

 俺は頭を上げ、後ろにいる皆の顔を見ないまま声をかける。


「皆、ごめん。全部俺のせいだ。ちゃんと工程管理できてれば、DLCにする必要もなかった」

「兄君のせいじゃないよ……」

「そうですよ、わたしたちが風邪ひいてしまったのが悪いんです」

「会社とられた水咲が一番悪いわ。あんたは被害者よ」

「ほんとごめん」


 魂込めて完成させたゲームが、こんなことで正当な評価をされないことになってしまって。

 恐らくこれから、ゲームを進めたユーザーから激しいバッシングを浴びせられることだろう

 皆の努力が報われないことが悲しくて、辛くて、必死に歯を食いしばるしか感情の抑制がきかなくて。自分の視界がどんどん霞み、歪んでいく。

 神崎さんが、俺の顔を見てそっとハンカチを差し出す。

 俺はそれを受け取ることができず、肩を震わせるしかなかった。


「リーダーだからって、無理やり耐えなくてもいいのよ」


 神崎さんの言葉で俺の涙腺は決壊してしまい、逃げるようにして会場の外に飛び出した。



 神崎、御堂、居土の主任三人組は小さく円になって集まる。


「……胸が痛いわ」

「全くじゃ。将来有望なクリエーターが、悪徳銭ゲバ社長によって潰されたとこを見てしまったわい」

「自分の処女作をDLCまみれにされて、誹謗中傷だけその身に受ければ泣くわよ。よく耐えた方だわ」

「作品に対する誹謗中傷は、腹痛めて産んだ子供に暴力を振るわれる気分になるからのぉ。幹也、若いもんが大人に搾取される姿は見るに耐えんぞ。あいつはお前の弟子みたいなもんじゃろ」

「…………まぁこんな腐ったことやってたら、クリエーター誰もいなくなるわな」

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