第352話 有料コンテンツ
コミケ終了の午後4時まで後30分。俺と雷火ちゃん火恋先輩は、空になった段ボール箱を見てガッツポーズをとる。
「……完……売!」
「やりましたね。優勝ありますよこれ」
「うむ、他の参加者たちを見てきたが、恐らく完売は我々のところだけだ」
一番好調だったヴァーミットが、剣心さんが来てから一気に調子を落とした。
隣の摩周のサークルを見やると、まだ開けていないダンボール箱が1箱あるので、在庫はまだ100枚はあるだろう。それを残り時間で売り切るのは不可能だ。
雷火ちゃんや火恋先輩たちとハイタッチし、勝利を確信しあう。
俺は誇らしい気持ちで、テーブルに【アームズフロントライン完売!】と書かれた立て札を置く。
しかし、残り時間15分頃に事態は発覚した。
二人組の俺たちと同年代くらいの参加者が、水咲ブースまでやってくると、不意に彼らは言い放った。
「結局水咲も課金っすか、コミケで売り出した当日に課金キャラとかマジ見損なった」
「ヴァーミットと合併って時点で嫌な予感してたんだよな」
俺は最初この二人の参加者が言っている意味がわからず、他の製品と勘違いしているのではないかと思った。
「あのお客様、それは当サークルの製品のことをおっしゃられているのでしょうか?」
「自分の商品も把握してないの?」
「今日買ったアームズフロントラインってやつ、いきなり課金キャラだしてるじゃん」
はっ? 課金キャラ? なんの話だ? このゲームに課金キャラなんていないぞ。
「あのお客様、こちらのゲームに課金キャラは存在していないはずですが」
「何言ってんだ、いるよ。つかもうネットでめっちゃ荒れてるし」
そう言って男性は購入してくれたのであろう、スマホとゲームを取り出して、付属しているQRコードを読み込む。
このQRコードには時間の関係上乗せることができなかったキャラクターと、真エンドに到達する為の追加修正データをダウンロード出来るサイトにアクセスできるようになっている。
男性はずいっとスマホを俺に見せると、そこには追加キャラクター一人1500円、追加機体一機1000円、更に真ルート追加2000円と書かれたサイトが表示された。
「無料配布されるはずのDLCが、のきなみ有料にされてる……」
しかもクリア後のお遊び用にと思って作った、最強機体すらDLCコンテンツで販売されていた。
俺は意味がわからず食い入るようにスマホを見てしまう。
「まぁ売り子に言ったところで意味ないってわかってんだけどね、結局未完成品をDLCで完成させる商法だろ」
「オレ水咲好きだったのに、ヴァーミットの悪いとこ受け継いじゃったなぁ」
参加者二人組は、大きく肩を落として去って行った。
俺は一瞬茫然としてしまったが、すぐに自分のスマホでQRコードにアクセスして状況を確認する。
やはり追加データは全て課金キャラクターと表記され、ダウンロードしようとするとWEBマネー支払い画面に移行してしまう。
「なんだこれ……」
俺はすぐさま雷火ちゃんの元に走る。
彼女は静さんたちと休憩をとっている最中で、ブース近くにある休憩場でパイプ椅子に腰をおろしていた。
「ら、雷火ちゃん!」
「どうかしました、そんなに慌てて。ついにわたしに愛の告白ですか? コミ結婚ってやつですか?」
商品が完売しコミケ終了も近いので、彼女達の表情はにこやかだった。しかし俺にはそんな軽口に応えてあげられる余裕がなかった。
「雷火ちゃん、大変なんだ!」
「ど、どうしたんですか?」
俺の表情から、事態を察してくれたようだ。
「これ、これなんだけど。追加コンテンツが全部課金専用になってるんだ。何か知らない?」
俺は自分のスマホを雷火ちゃんに見せる。
「課金って、あの間に合わなかった追加キャラと真ルートですよね? データは水咲のサーバーに載せて、もう配信済みですけど……」
彼女は俺のスマホを手にとって画面を指で弾く
「えっ……なにこれ、決済画面に移行って、ほんとに課金キャラになってるじゃないですか!?」
「そうなんだよ、無料で出すはずだったキャラクターが全部課金キャラになってる」
「しかも一体1500円ってめちゃ高いじゃないですか。全部買ったら1万円くらいしますよ」
「お客さんから聞いて発覚したんだけど、どうやらもうネットでは批判が殺到してるって」
「それはそうでしょう、イベント販売のゲームに高額課金キャラなんかつけたら絶対荒れるに決まってます。しかも真エンドが課金じゃないと見れないって……」
「それがバレたらもっと荒れる」
「荒れるどころじゃないと思います。完全に水咲ブランドが、DLC至上主義のヴァーミットに食べられたっていう、いい宣伝になってしまいますよ」
「これ止められる? 手違いだったら大事故だ」
「やってみます!」
雷火ちゃんは自分のスマホを取り出し、追加データがアップロードされている水咲のサーバーにアクセスしようとする。
しかしパスワードの画面で、ログイン権限がありませんと弾かれてしまっているようだ。
「なんでわたしにマスター権限がないんですか!」
イラ立った雷火ちゃんは、何度もパスワードを試すが無機質なエラーメッセージが返ってくるだけ。
「これはどういうことなの?」
「一旦緊急メンテにして、これ以上ダウンロードさせないようにしようとしたのですが、わたしにこのページをいじる権限がありませんってはじかれてます」
「乗っ取りとかウィルスとか?」
「いえ、多分権限情報が書き換えられてます。わたしたち開発者がいじれないようにしてるんです。こんなことできるのは、サーバーを管理している水咲だけ」
水咲が開発者に内緒で、追加データを売り出したりするわけがない。
つまり――
「ヴァーミットに、めちゃくちゃにされてる?」
「…………それしか考えられません。わたしたちの無料追加コンテンツを勝手に有料で売ってます」
「月に止めてもらおう。とにかく配信を止めないと」
「わたしも行きます」
俺達は急いで巡回して呼び込みを行っている月を探し出す。
コスプレ姿の月は、すぐに見つけることが出来た。
「月!」
「そんな走ってどうかしたの? もうじきコミケも終わりだし、撤収準備を――」
「これ、どうやったら止められるの?」
俺達は今起こっている、ダウンロード課金の事を話す。
「DLC課金? あたし何も聞いてないわよ、問い合わせてみるわ」
月はすぐさまスマホを取り出して電話をかけ始める。
「あたしよ、ヴァーミットのオンライ配信事業部につないで。……もしもし、水咲月です。聞かせていただきたいのですが、今回のコミケで発売されているゲームソフト……そうアームズフロントライン。それのDLCなのですが、開発者側から無料DLCが勝手に有料DLCにかわっていると問い合わせがきています。どういうことですか?」
月がしばらく話を続けると、彼女は青い顔をして電話を切った。
「どう、だったの?」
「今回コミケで販売されるものに関しては、既にヴァーミットに権利が移動していて、販売価格、ソフトの販売方法はヴァーミットが決定しており、水咲が口をだすことが出来ない状況になってるって……」
「それって、もうこのゲームはヴァーミットが好き放題に売れるってこと?」
「そういうことになるわ」
なんだよそれ……。
こんなことしたら炎上するって、さすがのヴァーミットもわかってるだろ。
いや、水咲の最後の作品となる俺たちのゲームを、跡形もなく燃やしてやろうっていう魂胆なのかもしれない。
居土さんの言ってた、嫌なことが起きるってこれか……。
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