第351話 サクラ
時刻は午後1時過ぎ、水咲ブースに並ぶ人も大分途切れ途切れになってきた。
「ゲームは残り270枚。搬入が1000だし、730枚も売れたのか……」
完売はしそうな雰囲気だが、午後に入って明らかにペースが落ちている。
それもそのはず、真下姉妹のニューシングルが先に売り切れてしまったのだ。
CDのついでにゲームもというお客さんが多かったので、これはかなり痛手だ。
それと、もう一つ懸念事項が――
「10枚同時購入あざま~す!」
摩周率いるヴァーミットチームの売上がおかしい。
お客のペースが落ち始めたのはウチより早いはずなのに、ちょいちょい一人で同じゲームを10枚買う客がやってくる。
雷火ちゃんもそれに気づいて、俺に耳打ちをする。
「悠介さん、あのお客さんさっきも10枚買った人ですよ」
「だよね。あの人時間を置いて10枚ずつ買ってる」
少なくみても一人で30枚は買ってるぞ。
「あんな感じのまとめ買いの人が4人くらいいて、15分おきくらいにローテーションでやってきてます」
「どう考えても変だよね」
言ってる間に、さっき見た客がまたやって来た。
「絶対あれサクラですよ。わたしあの人、ヴァーミットの社員の中で見ましたよ」
「まぁ社員が買いに来てはいけないというルールはないからなぁ……」
「サクラの売上まで計上されたら、わたしたちコンテストで絶対勝てないですよ」
「う~む、正直者がバカを見るみたいになってるな」
かと言ってサクラである証拠もないし、仮にあなた何回も買ってません? って聞いたところで、オタクらしく布教用ですって言われたらどうしようもない。
そんな話をしていると、視界の隅にサングラスにマスクをつけた和服の男性が、視界の隅をチョロチョロと移動しているのが見えた。
「あれは……海腹雄山のコスプレじゃなくて」
和服の男性は、水咲のブースを普通に通り過ぎたりムーンウォークで戻ってきたりしながら、チラチラとこちらの様子を伺っている。
「……パパですね」
「剣心さんって、アフリカ大陸の無人島に置き去りにされたって聞いたけど」
「数ヶ月かけてヒッチハイクで帰ってきたんですよ。見て下さい、かなり日焼けしてるでしょ?」
確かにめちゃくちゃ黒く焼けているし、顔に獣と戦ったと思われる傷が見える。
「玲愛姉さんから聞きましたけど、帰ってきたときのパパ上半身裸で、槍と鳥の毛で装飾された盾を持ってたそうです」
「マサイの戦士じゃん」
「アフリカのシャーマンと出会って、命の価値観が大分かわったそうです。人間は根幹の魂の部分で同じであり、同胞と争うのは無意味だと」
「スピリチュアルなところまでいっちゃってるじゃん」
確かに心なしか歩きに隙がない。
「なんで剣心さんがここにいるんだろうね?」
「多分玲愛姉さんから、わたしたちがここでゲーム売ってるって聞いたんだと思いますよ」
「そうなのか」
「大丈夫です、また変なこと言い出したらわたしがガツンと言い返しますから」
「そんな感じではなさそうだけどね」
変装した剣心さんは、人がいなくなったタイミングを見計らってブースの前へとやってきた。
雷火ちゃんの前に立つかと思ったら、俺の前に立った。
「あぁ……そのぉ……なんだ」
「はい、何をお求めでしょう?」
変装していることだし、こっちも気づいていないという体で対応しよう。
「そのぉ……」
歯切れが悪く、サングラス越しの視線を右に左にと動かす。
初めてエロ本を買いに来た、中学生のように挙動不審だ。
「えーっと、君らはなんとかコンテストに出ているのだろう?」
「はい、企業推しゲームコンテストです」
「それは優勝したらどうなるんだね?」
「推してもらってる企業から、今売ってるゲームをコンシューマー向けとして出してもらえるんです」
「そうか……。調子はいいのかね?」
「良いほうだと思います。優勝できるかは、午後のお客さん次第になりますが」
「どうやったら確実に優勝できるんだね?」
「在庫があと300弱くらいあるんで、それが全部はけたらいけるかもしれません」
剣心さんは「そうか」と頷き、顎を撫でると
「ワシがその300を買おう」
「えっ?」
驚く間もなく、袖の下から100万が取り出され、ポンっとテーブルに置かれる。
「いや、あの……こんな1000円札みたいに札束を置かれましても」
「どうした? これで優勝できるんじゃないのか?」
俺は剣心さんの発言で、多分この人俺たちを応援しに来たんだと気づいた。
全て買い占めて応援という、金持ちらしい不器用な応援方法。
「その……お客様、大変失礼ですがゲームはされるのでしょうか?」
「いや、ワシはせぬが……」
「俺たち開発者は、誰かにプレイしていただきたくてゲームを作っています。たくさん売れてくれるのは嬉しいのですが、数字の為にゲーム販売をしているのではないのです。大量購入は、他のユーザーのプレイチャンスを奪ってしまいますので、どうか1枚だけご購入していただけると嬉しいです」
俺は自分たちの作ったゲームを剣心さんに手渡す。
「俺たちが精魂込めて作ったゲームです。おそらくお客様の趣味趣向には合わないかと思いますが、一度だけでもプレイしていただけると幸いです」
「…………もらおう」
俺は一枚だけゲームをビニール袋に入れて、剣心さんに手渡す。
あくまで俺は同人サークルの一人として、剣心さんは参加者の一人として、お互い身分に気づいていない体で触れ合う。
「開発メンバーは、元気でやってるのかね?」
「はい、皆元気でやらせてもらっています」
「そうか……。たまには家に帰ると良い、足を引っ張っていた老害も多少は改心し、頭を下げることもあるじゃろう」
「…………心境の変化でもあったのでしょうか?」
「文無しで旅をして、いかに権力者が恐ろしいか、権力者に立ち向かう勇気がどれほどのものかを理解したらしい」
「……そうですか」
老害というのは、恐らく自分のことをさしているのだろう。
頭を下げると言ったのは、正式に謝罪をするという意味。これが剣心さんの精一杯の歩み寄り。
「達者でな」
剣心さんは、今生の別れのような言葉を残し背中を向ける。
その後姿が酷くさみしげで、なにか声をかけなければいけないんじゃないかと思ってしまう。
「パパ!」
「……」
雷火ちゃんの叫びに剣心さんの足が止まる。
「その……コンテストで多分ズルしてるチームがあるんです。……なんとか、なりませんか?」
「…………」
家を出てから初めての娘の甘えを聞き、剣心さんは無言で立ち去っていく。
その後、ヴァーミットのサクラは突然全く来なくなった。
ブース内のヴァーミット社員と、ブレイクタイム工房のメンバーがバタバタと慌てており、耳をすませると
(なんでサクラ作戦中止になったんです?)
(伊達家から急にイカサマするなと名指しで注意されたんだよ)
(なんでバレたんですか?)
(伊達のトップがコミケに来てたらしい。娘がそのコンテストに出てて、サクラ使ってないか調査したんだとよ)
(サクラが買った分はどうなるんです?)
(ノーカンだよ。伊達にサクラが何枚買ったかバレてる)
(くそっ運が悪かったですね。親バカに見つかるとは)
そんな話が聞こえてきたが、俺は聞こえていないフリをした。
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