第356話 三石家攻略中

「じゃああたし達水咲は、これから本社で話があるから」

「兄君が帰ったら連絡ほしいな」

「わかりました。悠介さんに伝えておきます……伝えられそうだったら」

「ダーリンによろしくね、雷ちゃん」


 時刻は午後5時過ぎ、コミケ最終日の営業は終了し、雷火や火恋達は片付けを行っていた。

 水咲組と真下シスターズは、ヴァーミットの説明会に出席するため渋々会場を後にする。

 残されたリーダー不在のサークル三石家の表情は暗い。

 皆口を閉じて、黙々と撤収の作業だけを行う。

 ブース内を掃除中の雷火は、ダンボール箱に1枚だけ残ったゲームディスクを見つけて、おもむろに持っていたほうきを高く振り上げる。

 勢いよく振り下ろそうとした瞬間、その腕を掴まれる。


「そんなことすると悠君悲しむわ。皆の努力の結晶でしょう?」


 雷火を止めたのは、悲しげな表情をする静の手だった。


「ごめん……なさい」

「いいのよ」


 雷火はグズっと泣き顔になると、静の豊かな胸に顔を埋める。

 その光景は傍から見ると、完全に母と娘にしか見えない。


「雷火さん」


 声をかけられて振り返ると、そこにはブレイクタイム工房の摩周弟の姿があった。

 丸眼鏡にぼっちゃん刈りで、小柄な体躯は雷火の身長とそうかわらない。

 摩周弟は、どこか緊張した面持ちで後ろ手に持っていた物を差し出す。


「あの、これ受け取って下さい!」


 手渡されたのはブレイクタイム工房の新作ゲームだった。

 雷火は驚きながらも受け取る。


「お金、今持ってないですけど……」

「いえ、無料で結構です! 雷火さんに言われたところ見直して作ったんで、よければプレイしてください」

「……ちょっと待って下さい」


 テンションの低い陰キャモードの雷火は、ダンボールに残った最後のゲームを取り出す。


「これ、あげます。お返しに」

「あ、ありがとうございます!」

「真エンディングに行くにはDLCが必要ですけど……」

「買います、買います! いくらでもDLC買います!」


 勢いよく答える摩周弟だったが、雷火は伏し目がちに小さく呟く。


「できれば買わないでください」

「えっ? じゃ、じゃあ買いません!」


 一瞬驚いた摩周弟だったが、すぐさま手のひらを返す。


「楽しみにプレイさせてもらいますよ!」

「…………」


 雷火は嬉しそうにする摩周弟を見て、本当ならこのように楽しんでもらえる作品を作ったはずだったのにと悲しむ。

 皆を笑顔にするエンタメが、今は怒りの対象になってしまっている。

 何より、リーダーが心を痛めていることが辛かった。

 まずい、また泣きそうだと必死に涙をこらえ続ける。



 俺はコミケ会場へと戻ってきていた。

 そこでは完全にお通夜と化したブースで、我がサークルメンバーが虚ろな瞳で片付けを行っている。

 他サークルの影からその様子をじっと伺っているのだが、帰るタイミングが見いだせない。


「なんと言って戻ったものか……ヤッホー帰ったよ、は違うな。ぬるっと何事もなかったかのように帰るか……」


 いかに違和感なく再登場するかを考えていると、摩周弟がブースで雷火ちゃんと話している姿が見えた。


「あいつは……」


 そうだと思いだして俺は摩周弟に駆け寄る。


「おーい、摩周弟!」

「なんだその変な呼び方は?」

「悠介さん!?」


 唐突に走り寄ってきた俺に驚く二人。


「摩周弟、お前んとこのゲーム売ってくれ!」

「は?」

「お前んとこのゲーム、ウチのと違って完売してなかっただろ?」

「事実だけど嫌な言い方するやつだな」

「悠介さん、ゲームならもう貰いましたよ?」

「俺も居土さんから貰った。でも後4枚くれ」

「なんで僕が、お前なんかにゲーム売らなきゃいけないんだよ。もう営業時間は終わりだ、失せろ失せろ」

「そんなこと言わず、ゲームいただけませんか?」

「雷火さんの頼みならいくらでも! なんせ在庫まだあと100枚くらいありますから!」


 雷火ちゃんの頼みにあっさり手のひらドリルになる摩周弟。


「えっと、4枚で1万2千円か」

「フン、別に売れ残りだからタダでもいいんだぞ」

「いや、ブレイクタイム工房お前達のサークルに借り作りたくないからちゃんと払う」

「嫌な奴だなお前は!」

「お前の親父の会社には負けるぞ」


「あぁ言えばこう言う奴だな!」と、摩周弟は歯をギリギリさせていた。


「なんか悠介さん立ち直ってません?」


 雷火ちゃんの問に俺はニッと笑みを浮かべる。


「炎上して、ひとしきり凹んだら開き直った」

「大丈夫ですか? 空元気じゃないですか?」

「恩師から、自分と仲間が作ったものにプライドをもてって言われて、そのとおりだと思ったんだ。だから俺はもう大丈夫」

「無理しないで下さいね」

「うん、心配かけてごめんね」

「我々は大丈夫ですけど」

「今頭が遊ぶスイッチ入ってるんだ。帰って皆でゲームしよう」



 有明からアパートの談話室に戻ると、コミケ疲労も忘れてすぐさまゲームの準備を行う。


「おーいノートPC持ってきたけど、このPCあんまりグラボ強くないぞ」

「……ゆっ君、はい」

「あざます、あざます」


 俺はブレイクタイム工房のゲームを自分のPCの他に、雷火ちゃんや成瀬さん達のものにインストールしていく。

 その様子を皆不思議そうに見守っていた。


「悠介さん、これってヴァーミットの推しゲームですよね?」

「そうだよ」

「では、憎き敵の商品じゃないのかい?」


 火恋先輩に頷く。


「えぇ、ライバルのですけど、これは俺の恩師が作ったものなんですよ。コミケではヴァーミットのせいでギスってしまいましたけど、1ユーザーとしてゲームをプレイしてみたいと思いまして」

「なぜPC6台にインストールするんですか?」

「このゲーム、ローカルでパーティープレイができるんだよ。それが最大6人までなんだって」

「えっ、今どきローカルなんですか?」

「そう、今どきローカル接続」


 当たり前になっているインターネットで繋がるゲームではなく、ホームネットワーク上にあるPC同士を通信させる、ローカルネットワークゲームである。


「ゆくゆくはちゃんとオンライン対応させるらしいんだけど、それはまだアップデート待ちなんだ」

「なんかPC並べてゲームするって、DOOOMみたいですね」

「あれもローカルだったね。インターネットが復旧してない時代に、無理やりパーティープレイさせる方法だった」

「それを考えると、スーファミのマルチタップって偉大ですよね」

「ボンバーメンやポカポンをスーファミ1台でできるしね」

「ローカル接続って今の時代で考えると、友達の家にPS5並べてパーティープレイするのと同じですよ」

「今のマシンスペックでやったらブレーカー落ちそう」


 俺と雷火ちゃんのコアな会話に、静さんたちは首を傾げていた。


「悠君、これはどういうゲームなの?」

「えっと居土さん曰く、モンハンソウルらしい」

「あっ……」


 雷火ちゃんが(死にゲー察し)という顔になるが、ほかはピンときていない様子。

 俺のPCが一番先にインストールが終わり、ゲームを起動する。

 画面にはパンツ一枚で、棍棒を持った3Dの男キャラが表示される。


「キャラクリは初期のままでプレイ開始してと、名前はアーサーにしよう」

「パン一キャラはアーサーですよね」


 俺は軽快にゲームキャラクターをジャンプさせながら、手に持った棍棒でバッタバッタと骸骨モンスターを撲殺していく。


「操作性がいいなぁ……。良いゲームってキャラ動かしてるだけで楽しいんだよな。敵かたっ……あっ弓がきくわけね……弓弾数きついな……羽と木の棒……あぁ合成して矢作れってことね」

「作りが丁寧ですよね。一つ一つ問題ギミックを出してプレイヤーにうまく解かせていく」

「プレイしてるだけで、基本操作が身につくのはいいよね」

「ボス出て来ましたよ」


 スケルトンキャプテンという海賊風の骸骨モンスターが現れ、画面下部に長いHPバーが表示される。

 アーサーは無防備に突撃していくと、一撃で頭を撃ち抜かれて死んでしまった。


「えっ、敵銃もってるんだけど卑怯じゃない? こっち石弓とか原始的なの使ってるのに」

「あっちに盾屋あったぞ。それで防ぎながら進むんじゃねぇのか?」

「火炎瓶で燃やしてみるという手もありますよ」


 後ろで腕組みしながら見守っていた、成瀬さんと雷火ちゃんからアドバイスを貰う。

 盾を装備したアーサーは、ゆっくりと銃を持った骸骨兵ににじり寄り、シールドバッシュで谷底に叩き落とす。


「「「よーし」」」

「盾が最適解だったね」

「もう次の敵出てきましたよ!」

「次はバズーカか。どうせ盾でガードすればいいんでしょ……あれっ?」

「……盾ごと……木っ端微塵」

「悠君の肉片が吹っ飛んだわ」


 気づくと全員後ろで腕組みしたベガ立ちで、俺のゲーム画面を見守っていた。


「あれぇ、どうするんだこれ」

「スピード上げて、やられる前にやってみます?」


 スピードアップのアイテムを買い込んで、もう一度試すが結果は木端微塵だった。


「このアイテム、全然スピードアップしないゴミだ!」

「ゴミに1000Gも使っちまったぞ。序盤で1000Gは中盤で1万Gくらいの大金だろ」

「近づくと散弾に持ちかえるとか反則ですよ」

「相手からよろけをとられると、数秒無防備になってしまうのが辛いな」


 でも、このよろけ時間がゲームを奥深くしてる。

 全員が序盤にしては攻防隙のない敵の攻略を真剣に考え、あーでもないこうでもないと言いながら試行錯誤しながら戦う。


「ちょっと腰を据えて戦おうぜ。アタシ風呂ささっと入ってくる」

「……ポップコーン……持ってこよ」

「わたしエナドレもってきます」

「あらあら、じゃあ私が何か食べるものとコーヒーを作ってくるわ」

「義姉上、手伝います」


 成瀬さんは風呂に、雷火ちゃんたちは部屋に戻り、静さんと火恋先輩はキッチンへ、各々ドラマを1シーズン一気見するような準備を始める。


「こりゃ久しぶりに徹夜ゲーの始まりだぞ」


 制作会社ヴァーミットが嫌いとか、自分の作ったゲームが炎上して凹んでるとか、今この時間だけは完全に忘れさせてくれる。

 ゲームは楽しんだものが勝ちなのだ。そう思いながら、アーサーはバズーカ骸骨と向かい合った。

 

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