第357話 動き覚えた?
コミケ終了後、真下姉妹と水咲アミューズメントの開発陣は、旧水咲本社ビルで摩周代表から合併について詳しい話を聞かされていた。
主に手当がなくなったり、給与関係の計算がかわり役職持ちでも初任給レベルにまで落とされる人もいた。
正直辞めろと言っているようにしか聞こえず、旧水咲社員のほとんどが無茶苦茶だと頭を抱える。
説明会は3時間程で終了し、誰もかれもが今後の進退について考えさせられていた。
「なにがヴァーミットと水咲の輝かしい未来の為よ。3割を超える希望退職者を募っておいて、ふざけてるわね」
「欲しいのは水咲の資金力と
「まさしく乗っ取りね……」
旧水咲ビルから出てきた神崎と御堂は、合併資料をぐしゃっと握りつぶす。
「神崎殿、御堂殿!」
呼ばれて二人は振り返ると、枯れ木のように細い体を力いっぱいに動かして走ってくる鎌田の姿があった。
「あら鎌田君どうかしたの?」
「あの、あのですな! お二人に聞いてほしいことがあるでゴザル」
「なにかしら?」
「今こそ拙者らが立つべき時が来たのではないのでゴザろうか!」
◇
三石家、アパート――
協力プレイができるようになった俺たちは、ローカル接続でパーティーを組んでいた。
敵の攻撃を集めるタンクを俺、ダメージを出すアタッカーを火恋先輩、成瀬さん、真凛亞さんが担当し、ヒーラーを静さんと雷火ちゃんの二人体制でゲームを攻略していた。
「よし、全員突撃だ!」
「「「「おーー!!」」」」
ゲーム画面に映し出される6人の騎士たちは、ボス部屋へと侵入し大樹のモンスターと戦闘を開始する。
直後、ローリング攻撃を仕掛けてきたのを全員が左右分かれてかわす。
「やった誰も死ななかったぜ!」
「この初見殺しに10回もやられましたしね!」
喜ぶ成瀬さんと雷火ちゃんだが、初見殺しに10回殺されるっておかしくない? と思わずにいられない。
「次、外周ローリング来るから、皆マップ中央集まって! 骸骨がわくから、ヒーラーの雷火ちゃんと静さんを守って。骸骨倒したら、次は中央ダイブがくるから6方向に散開だよ!」
「ギャーダイブひっかかった!」
「……無念、ぐふ」
ボスのジャンピングダイブを避け遅れ、成瀬さんと真凛亞さんのキャラが踏み潰されてしまう。
「まずい、アタッカー2人が持っていかれた!」
「くそ、よくも我が仲間を! 許さんぞ!」
「火恋先輩突撃しちゃダメです!」
さながら本当にパニックを起こしたパーティーみたいになっている俺たち。
「ママ先生、成瀬さん無理(やり)蘇生します! しばらく持ちこたえて下さい!」
雷火ちゃんが蘇生術を唱えている最中、静さんは画面に表示されたパーティーのHPをひたすら回復させる。
「悠君、ヒーラーってこんなに忙しいものなの!? キーボードのボタンがとれそうよ!」
カチャカチャカチャとボタンを連打する静さん。普段のおっとりした姿からは考えられない必死さだ。
「最近のパーティーゲームのヒーラーって、実はアタッカーより遥かに忙しいんだよ。FFオンラインの白魔なんて、プレイしてたら性格曲がるって言われてるから」
「あまりにも
「パーティーはヒーラーに生殺与奪券を奪われてるから、気づけばヒーラーの発言権ってめちゃくちゃ高いんだよね」
「わたしヒーラーが呆れ顔で、動き覚えた? って言う画像好きです」
「悠君、お姉ちゃんヒーラー向いてないかもぉぉぉ!」
敵の火力に負けて、火恋先輩と俺が
居土さんのゲームは、パーティープレイをできるようになってからゲームの色がかわった。
まるで詰将棋のような戦略性を求められるアクションバトルで、6人いるからプレイヤーが有利になるという話ではなく、一人が死ぬとそこから瓦解していくというゲームデザインになっている。
そのため誰も死ねない緊張感が走り、全員で敵のギミックをしっかり理解する座学まで始まっていた。
約3時間ほど同じボスにトライし、段々ボスに憎しみが湧き始めた頃、ようやく敵のHPバーが1割を切る。
「押せ押せ押せ!」
「お願いお願い死んで死んで死んで!」
「もうダイブやりたくないダイブやりたくない!」
全員が必死の思いで戦うも、残りHP3%で全体吹き飛ばし攻撃であえなく全滅。
「なんですかあれ? あんなのどうやっても対処できなくないですか?」
「多分時間切れだ。火力が足りなかった。くぁ~~残り3%か~~」
「死んじまって面目ない」
「……同じく」
「全員生きてたらクリアできるな。よし、5分休憩して、再トライしよう」
「
「あれは対象の頭に奇数と偶数の数字が出るので、奇数なら西、偶数なら東にいってダイブ誘導をするんです。後半は逆になるから気をつけて下さい」
「最近のゲーム難しすぎねぇ?」
成瀬さんが頭パンクしてると、談話室のドアががらっと開いた。
水咲本社から帰ってきた真下1号と2号が、驚いた顔で俺たちを見渡す。
「えっ、わたくしたちが説明会で嫌な事いっぱい聞かされて、凄いブラックになってるのに、なんでこんな楽しそうですの?」
ちょっとイラッとしている弐号機だったが、一式がまぁまぁとなだめる。
「大体ご主人、あなたコミケで自殺しそうだったって聞いたのにどうなってますの!?」
「ゲームやってたら治った」
「はぁ!? わたくしとファーストがどれほど心配したか」
「心配してくれたのか」
「してませんけどぉ!(キレ気味)」
どっちなんだ。
「一緒に遊ぼうぜ、やりごたえのあるゲームなんだ」
「この会社がなくなるっていう大変な時期に、のんきに遊んでられませんわ」
「セカンド、せっかくご主人さまが誘ってくださってますし」
「……仕方ありませんわね。見るだけですわよ」
1時間後――
「ダイブが避けらませんわ!! なんなのこのインチキ判定、ガノトトスの尾ひれビンタを見ている気分ですわ!」
真凛亞さんと交代した弐号機は、理不尽な当たり判定に机を強く叩く。
「弐号機ぃ、ま~たお前が引っかかったのか」
「くっ、ミスをすると主人のニヤけた顔を見なければならないのが屈辱ですわ」
「弐式さん、ダイブは地面に警告範囲が出たときにはすでに命中してるんです」
「その警告範囲に意味はあるんですの?」
撃たれたときには当たっている、
「弐式、お前次ミスったら新曲のサビ熱唱な」
「いいですわ、主人がミスったらどうしますの?」
「俺はもうこのフェイズではミスらない」
「そういう自称上級者オタクが一番やらかしそうですわ」
「んだとぅこの暴力メイド、俺がミスったらパン一で鼻からうどん食ってやらぁ!」
「あら、それは楽しみですわ」
暗い表情をしていた真下シスターズも、いつのまにやらゲーム攻略パーティーとなり、あぁでもないこうでもないと言い合い、一式の悲鳴と弐号機の汚い言葉と、火恋先輩の珍プレイで大いにもりあがった。
朝日が登る頃、談話室は死屍累々になっていた。
寝ずにゲームをしていたはずなのに、倒せたボスはたったの2体。
なんて面白いゲームを作ってくれたんだと居土さんを呪いたい気持ちだ。
疲れて皆グテっと倒れており、6台のノートPCから酒場の陽気なBGMが聞こえてくる。
俺はパンツ一枚で、鼻からうどんを垂らしながら壁によりかかって座っていた。
「ゲーム楽しいな……」
「そうですね」
床に寝そべっていた雷火ちゃんが、四つん這いで俺の隣までやってくると、同じように壁にもたれかかり、俺の肩に頭を乗せて甘えてくる。
「ごめんね、勝手に自分のゲームに絶望しちゃって」
「……しょうがないですよ。悠介さんがユーザーの悪意、全部体で受け止めちゃいましたし」
「居土さんに会って言われたんだ。ユーザーが絶望しても、自分が作ったゲームで自分が絶望しちゃいけないって。俺が諦めたら皆の立場がないもんね」
床で寝そべっている皆も、多分俺たちの声に聞き耳をたてていると思う。
「DLC課金のせいで滅茶苦茶になっちゃったけど、俺達は面白いものを作ったって胸を張っていたい」
「そうですね、わたし達いいもの作りましたよね」
この居土さんが作ったゲーム、これは恐らくネットゲームのクライアントだ。一人でも楽しいけど、他の人と一緒にゲームをするともっと楽しい。
しかしゲーム内で通信機能がオミットされている理由は、恐らくヴァーミットに食い物にされることを懸念してだろう。
これは実装が間に合わなかったのではなく、故意につけなかった。
いや、もしくは実装はされているがロックがかかっているだけかもしれない。
「ネットゲームなんて金取り放題だもんな」
このゲームがヴァーミットから発売されれば、有料課金アイテムまみれにされてしまうだろう。
だからネット非対応にした。
オンラインで協力プレイできれば、めちゃくちゃ盛り上がること間違いなしなのに。
なんでクリエーターが会社に金儲けさせないために、こんな機能制限をしなくちゃならないのか。
「どうしました?」
「……ヴァーミットの社長、なんとかおろせないかな」
「えっ?」
「このままあの人がヴァーミットのトップにいたら、水咲の人はもう楽しいゲームを作れなくなってしまう。それって全オタクにとっての損失だと思う」
「そう……ですね」
「
―――――――
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