第358話 燃やそう(提案)

「悠介さん、簡単におろそうって言いますけど、向こうは今や水咲を吸収して大企業となったゲーム会社の社長ですよ? わたし達学生がどうこうできるはずないですよ」


 雷火ちゃんは至極当然なことを言う。

 簡単に社長おろしなんてできたら、世の中にブラック企業なんてものは存在しない。


「ゲーム業界って、IT業でありながらサービス業の色が強いんだよ。通常IT業って会社対会社のBtoBでやることが多いけど、ゲーム会社ってBtoCの会社対客の構図なんだ」

「ビジネスtoカスタマーというやつですね」


 俺は雷火ちゃんに頷く。


「そう、つまり企業とユーザーとの距離が近い。ヴァーミットもお客を怒らせるのは怖いはずなんだ」

「と言っても、ヴァーミットは今でも十分お客さんを敵に回しているのではないのかい?」


 火恋先輩の問いに俺は首を振る。


「いえ、企業のやり方に反感を持っている人が多いというだけで、別に何か悪いことをしているわけではありません。ただ単純に金にがめつく、性格の悪い企業と思われてるだけです」

「まぁ確かに……」

「でも、実際摩周社長はクリエーターを軽視し、ユーザーのことを財布程度にしか思っていません」

「それがあの社長の本性ですよね」

「じゃあその本性を、ユーザーたちに見てもらえばいいんじゃないかなって」

「そんなことしたら炎上しますよ」

「うん、それが目的。俺たちが経験した炎上を、摩周社長にも味わってもらおう。幸いあの社長、炎上する要素をたくさん持ってるし」


 傲慢、自己顕示欲、選民思想、金への欲求、どれもネットユーザーが嫌うものばかりである。ヴァーミットのやり口からも、小さな火種がくすぶってると思って良い。

 その火をいかに大きく広げ、摩周社長を追い出すかだ。

 一式たちは「そんなことできるのでしょうか」と首を傾げているが、火恋先輩は頷く。


「株式会社である以上、風評被害が大きくなれば株主が社長を下ろすしかなくなる。特に今の社会だとクリーンさを求められるから、ユーザーを金としか見ていないという発言は大問題だ。ユーザーが見放すだけでなく、他企業や銀行が取引停止する可能性もある」

「うん、それで摩周社長が社長職をおりたら、遊人さんが戻ってくるんじゃない?」


 そう言うと一式はパンと手を打つ。


「では、水咲が元に戻る可能性が?」

「そんな単純な話じゃないとは思うけど、遊人さん伊達とも仲いいし」

「確かに……伊達ウチから圧をかければいけるかもしれない」

「パパが許してくれるかどうかですけど……」


 俺はなんとなくだが、剣心さんは協力してくれるんじゃないかという気がしていた。


「明日、外堀埋めに水咲に行ってくるよ。その時遊人さんと会って話をしてくる」



 翌日――

 俺は旧水咲ビルへと向かった。


「社長の横暴反対でゴザル!」

「「横暴反対!」」

「社員格差反対でゴザル!」

「「格差反対!」」

「開発の自由を認めるでゴザル!」

「「DLC反対!」」


 ビルの前で、白い鉢巻をした鎌田さんと阿部さんが拡声器片手にデモを行っていた。

 恐らく参加しているのは水咲アミューズメントの元社員だけで、数は数十人程。見渡す限りほとんど知った人ばかりだった。その小さな抵抗は見ている方が痛ましくなるくらいだ。

 ちょうど鎌田さんたちと目があうと、俺の方に駆けてきた。


「三石殿ではゴザらんか」

「どうしたんですか鎌田さん阿部さん。デモですか?」

「ストライキというやつでゴザルな」

「最近はないでふが、昔はよくあったでふよ」

「大丈夫なんですか? 今の社長、その気になったら簡単に水咲社員のクビなんて切ってきますよ」

「大丈夫でゴザルよ。拙者今更給料が下がろうが、クビを切られて落ち武者になろうとも痛くもかゆくもないでゴザル」

「それよりコミケで起きた、あんな事件が繰り返される方が耐えられないでふよ」

「鎌田さん、阿部さん」

「拙者らは戦うと決めたでゴザル。ここで拙者らが負ければ、ゲーム業界の敗北となろう。金の為には手段を選ばぬ社長を、認めるわけにはいかないでゴザル」


 二人はキリッとした顔つきで、白く長い鉢巻をキュッとしめなおすと、もう一度デモ隊の中に戻って行った。


「二人共、立ち上がってくれたんだな」


 普通会社に反抗してストライキを起こすなんて、並の覚悟ではできない。

 それだけヴァーミットに危機を感じているということだ。

 俺はデモ隊の横をすりぬけ、旧水咲ビルの中に入っていく。


 開発者の知り合いという体で、勝手知ったる開発室前の待合室に入った。

 開発室には知らない人がいっぱいいて、水咲社員の姿は見当たらない。

 恐らくここをヴァーミットのスタッフが使うことになったのだろう。

 自分のなじみのある場所に、知らない人がたくさんいるというのは、あまり居心地の良いものではなかった。

 開発室への入室は禁じられているので、俺は待合室でしばらく待つと、初めて知り合いの神崎さんと出くわした。


「あら、バイト君?」

「あれ、神崎さん?」


 神崎さんはノートパソコン片手に待合室へ入ってくる。


「コミケの件、大丈夫だった?」

「すみません、ご心配をかけしました」

「大丈夫ならいいんだけど、私だってあれは泣くわよ」

「ショックでしたけど、今は落ち着いてます」

「良かったわ」

「神崎さんは仕事ですか? 外で鎌田さんがデモしてましたけど」

「今ゲーム事業部は合併の兼ね合いで事業再編中、私達元水咲組は仕事ないのよ」

「なるほど。では今何をしてるんですか?」


 神崎さんは俺に顔を寄せると、小さく耳打ちする。


「私は今のヴァーミットに、黒い噂や資金の流れがないか調査してるの」

「おぉ、スパイみたいだ」

「内緒だけど、私や御堂、鎌田君達とで別の会社を起ち上げようとしてるわ」

「そうなんですか?」

「ええ、水咲社長の意志を引き継いだ水咲アミューズメント2みたいな会社をね」

「なるほど」

「ほんとは社長が水咲さんに戻ってくれれば一番だけどね。私だって水咲に愛着あるから、こんな裏切りみたいな真似はしたくないわ」

「遊人さん、社長職を解任された後どうなったんですか?」

「出社してきてないわ。社長もダメージ受けてるから」


 そりゃそうか、遊人さんだってロボットじゃないんだ。

 命がけで大きくした会社を、ヴァーミットなんかに乗っ取られたらメンタルがおかしくなるだろう。


「全員で話し合った結果、これ以上ヴァーミットにはいられないって結論になったの。でも何もやらずに辞めるのも、会社奪われただけになって癪だしね。私はなにかスキャンダル見つけて、それをぶちまけてから辞めてやろうと思って」

「なるほど、ただでは死なないってやつですね」

「そういうこと」


 やはり皆それぞれの意思で戦ってるんだ。

 神崎さんと話しているうちに、俺の目的の人がやってきた。


「テメー、昨日の今日でよく会いに来る気になったな」


 ヤニ臭を体から発する893顔の我が師、居土さん。


「あの……案件があるんですけど」

「案件?」

「摩周社長を下ろすっていう」


 どう聞いても学生の戯言にしか聞こえないのだが、居土さんはバグでも発見したかのように苦い顔になると


「………ちょっと外出るぞ。誰が聞いてるかわかんねぇからな」

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