第359話 よいしょ失敗
悠介が水咲開発者と話しているその頃――
伊達家のリムジンにて、玲愛はタブレット端末を指で弾いていた。
「炎上中のサークル三石家、DLC販売をヴァーミットによる無断販売とツイッターで釈明。火に油を注ぎ、炎上加速と」
「なぜ本当のことを言って炎上が加速するのだ?」
隣の席の剣心が尋ねると、玲愛は詳細に話す。
「ユーザーからすると、どちらの言い分が正しいかわかりませんからね。基本的に世間は
「ならなぜ悠介たちは、今になって釈明なんて始めたのだ?」
「……ヴァーミットと戦うと決めたのでしょう。更なる誹謗中傷を背負う覚悟で」
「……そうか。そんなこと大人に任せておけばいいのに」
そう言いつつも「大人を信用できなくしたのはワシか」と呟く。
剣心は印籠型のスマホを取り出すと、雷火に送ったラインが返ってきていた。
『あまり良い状況ではなさそうだが、大丈夫か?』
『うん、心配しないでパパ。大丈夫だから(;∀;)』
大丈夫と言っているのに絵文字は泣き顔で、娘の情緒がおかしくなっていることがわかる。
辛くても自分たちでなんとかしようとする娘たちに、剣心は胸が苦しくなる。
「着きました。ヴァーミット本社です」
運転手に促され二人はリムジンを降りると、目の前には旧水咲本社ビルがそびえ立っていた。
「喧嘩している相手の顔ぐらい見んとな」
「そうですね」
「子供の喧嘩も大きくなれば大人が介入せねばならん」
二人はボディーガードを伴いながら、水咲本社ビルへと入っていく。
◆
新ヴァーミット社長室――
社長室にあった遊人の玩具の山は片付けられ、立派なデスクと来賓用のソファー、自分の趣味であるゴルフクラブが置かれた新社長室で、代表取締役社長の摩周は、王様が座りそうな椅子に腰を下ろしていた。
太いアメリカ産の葉巻に火をつけ、一口吸い上げた後白い煙を吐き出す。
「フー……合併後のドタバタもようやっと落ち着いてきたな。これで静かになるわ」
『社長の横暴反対ー!』
『格差反対ー!』
ビルの下から声が聞こえてきて、摩周は立ち上がると展望台のような社長室から遥か下界を見下ろす。
そこにはプラカードを持った元水咲社員が、ビルの回りを練り歩いていた。
摩周は電話に手を伸ばすと、秘書に連絡する。
「下でバカどもが騒いでいる。警備に伝えてデモをやめさせろ。ウチの評判が下がる」
『畏まりました』
電話を切ると、摩周は「ウジ虫どもめ、そんなに嫌やったらやめたらええねん」と毒を吐く。
摩周はガラスケースの中からゴルフクラブを取り出すと、鼻歌を歌いながらルンルンとスイング練習を始める。
「来週のゴルフはこいつで決まりやな。ガハハハハ」
すっかり大企業の社長になりきっていると、内線が鳴り響く。
「なんや」
『フロントです。社長、伊達CPの代表とお連れの方がお見えになられています』
「伊達CP~? 誰やそれ。アポ無しで来るような非常識な連中、追い返してしもたらええねん」
『よ、よろしいのですか? 伊達剣心様と、伊達玲愛様とおっしゃられていますが』
「ええ、ええ、どうせ木っ端社長がすり寄って来……。伊達剣心と言ったか?」
『はい』
「伊達剣心って、あの伊達CPのか?」
『はい。身分証も確認させていただきました。正真正銘の伊達様です』
「何をしとるんやドアホ! はよ入れんかい! 相手は世界の伊達やぞ!」
摩周は大慌てで怒鳴り散らす。
受話器を置いた後、電話を見つめながら深く考える。
「なんや、伊達が急に何しに来たんや? 確か遊やんが伊達と仲良い言うてたな……。これはチャンスや、ワシもうまいこと伊達にとりいったらもう1ランク上の金持ちになれるかもしれん!」
金の匂いがする客がやってきたことに、思わずテンションが上がる。
社長室にやってきた和服姿の剣心と、スーツ姿の玲愛を手もみしながら迎える摩周。
「これはこれは伊達さん。こちらから挨拶しに行かなあかんなと思ってたんですけど、なかなか合併直後で時間が取れまへんくて」
摩周は例え年下であろうと、お金の為ならどんな相手でも媚びへつらうことができた。
「そんでまた、本日はどのようなお話でしょうか?」
「水咲のトップとは旧知の仲でね。それが急に合併と聞かされて驚いてね」
「説明不足で申し訳ないですわ」
「ウチも少ないが水咲株は保有しているから、話ぐらいは聞かせてもらおうと」
「なるほど、株主でしたらそら気になりますわな。とにかく狭いとこですけど座って下さい」
剣心と玲愛はソファーに腰かけると、秘書がお茶を持ってくる。
「ドアホ! 何しとんねん、もっとええお茶と菓子があるやろ! この人らはそんじょそこらの取引相手と違うんやぞ!」
「す、すみません」
慌てて引っ込んでいく秘書に腹を立てる摩周。
「ほんまえろぉすんません。教育が出来てなくて」
「いえ、結構。そう焦らなくてもいい」
「さすが伊達さんは懐が違いますなぁ、ガハハハハハ」
この場で笑っているのは摩周だけで、剣心と玲愛の目は微塵も笑っていなかった。
「いきなり仕事の話もなんだ。世間話からでも良いか?」
「はいはい、なんでしょう。伊達さんのお話興味ありますわ!」
摩周はどんな話だろうと”よいしょ”するぞと言葉を待ち構える。
「つい最近コミケというものを知ってな。知っているかね?」
「あぁ、知ってます知ってます! 伊達さんあきまへんで、あんなクッサイクッサイオタクの行くようなとこ。人間の行くとこちゃいますから。ウンコですよウンコ、買う方も売る方もウンコの臭いしまっから!」
「ウチの娘が参加していてね」
「最近のコミケは綺麗ですからね! ほんまめちゃくちゃええ匂いしまっから。多分気品のある子がいるんやろうな!」
手のひらねじ切れるぞと言いたくなる、ドリル掌返しをする摩周。
「ウチの子が売る側で参加していてね」
「そら凄い! 才能の塊なんやろうな! ウチのせがれにも見習わせたいですわ。ほんまウチも3人子供おるんですけど、アホばっかりでんがな」
「あまりワシも詳しくないが、ゲームという奴を作ったのだ」
「ほぉ、あんなんプラグラムとかできんとあきまへんからね。お若いのにほんま凄い、令和のエジソンでんがな!」
「なにやら、コンテストに出ると言っていてな。惜しくも2位だったのだ」
「そら惜しすぎますわ! 審査員に見る目がない。わてが審査してたら、絶対伊達さんとこが1位でしたわ! 断言できる! なんていうサークルやったんです? もしかしたら知ってるかもしれまへんわ」
「三石家と言ってな」
「ほぉ、三石家、三石家。どっかで聞いたことありますわ!」
「君の息子のサークルに負けたサークルだよ」
「……………」
「ウチの娘は、お主が言うアホのせがれとやらに負けて2位だったのだよ。アホのせがれに負けたワシの娘は、アホと言うことになるのかね?」
剣心の眉がピクついているのを見て、摩周の顔は青くなっていく。
「あ、あのぉ……そういう意味ではなくてですな」
「どういう意味だね? 時間をかけて聞こう」
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