第51話 オタと打ち切りと鼻フック

「お客様、当店コーヒーのおかわりは無料となっております」

「なんで二回言うんだ、そんなこと聞いてないよ! いきなり何するんだ!?」

「外はとても冷えますので、暖かさが必要かと」

「それでなるほどなってなる奴いるのかよ!? 熱いんだよ、水持ってこいよ!」

「お冷でございますね、少々お待ち下さい。ひかりちゃん、お客さんにお冷お出しして」

「は~い」


 氷水の入ったジョッキを持って、月がカウンターから出てくる。


「お客様、お冷です……これでもくらえや!!」


 月は賀上の顔めがけて氷水をぶっかけた。


「いっけな~い、躓いてお水こぼしちゃった」


 テヘッ☆とあざとく舌を出す月。


「月さんはおっちょこちょいですね」

「すみませんお客様、彼女も反省していますので許してもらえませんか?」

「明らかにこれでも喰らえやって言ってただろ!?」

「まぁまぁお客様、水もしたたるいい男が台無しですよ」

「うまくねぇよ! って君は……」


 びちょびちょの賀上は、ようやく店員が俺と気づいたようだ。


「三石センセイこれはどういうことですか? 編集部ウチと喧嘩したいと考えてもよろしいんですよね?」

「あ、あ、あ、あの……」


 あわあわする静さんの前にひかりが立つ。


「あんた、自分の意見が全て月刊コスモスの意見みたいに言うのはやめなさい」

「なんだ君は?」

「静先生のアシスタントよ」

「アシスタント風情が。僕を怒らせたらこの業界でやっていけ……」

「【サムライハンターSASUKE】【ヤマトサッカー】【爆走ヘッド京一】」


 月は藤乃レポートと書かれたノートを取り出し、作品名を読み上げる。


「…………」

「これが何かわかるわよね? あなたが週刊ジャンプアップで担当した”打ち切りマンガ”」

「それが何か?」

「出版界にはちょっとしたコネがあって調べたの」

「たまたま打ち切りになっただけで、僕と結びつけるのは……」

「たまたまじゃないわ。どれも好調な人気を持つ作品だった、にも関わらず、担当があなたにかわったと同時に人気が低迷」

「僕が原因だとでも?」

「そうよ。どの作品も、転機は作品の急激な方向転換。サッカーマンガなのに唐突なグルメバトルが始まったり、それまで最強を貫いてきた主人公が、唐突に出てきた新キャラにボコボコにされたりと、作者が積み上げてきた世界観を壊すストーリー展開が原因」

「ストーリーを考えているのは作者であって、僕ではない」

「何人かの作者に、なんで急に作品の方向を変えたか話を聞けたわ。すべて担当の指示。しかも拒否すると原稿にOKが出なくて仕方なくって」

「酷い……」

「いい感じにあなた恨まれてたわよ」


 今と全く同じことを他でもやってたってことだな。


「嫌だな、いるんですよね~自分の実力のなさを担当のせいにする作家」

「本当にそう思ってるから怖いわね。何作も作品を潰し、作家とトラブルを起こし、結果週刊ジャンプアップをクビになった」

「クビじゃなくて自分から辞めただけだ!」

「クビにされた奴はみんなそう言うのよ。そしてその経歴を隠して、今度は月刊コスモスへと潜り込んだ。少年誌界ではあなたの悪評は轟いてるから、仕方なく少女マンガにやってきたってとこでしょ」

「ぐっ……し、仕方なくじゃない! 自分から望んで――」

「望んでないわ。あなた静さんの原稿にこう言ったでしょ? ”まっ、少女マンガなんで深くは突っ込みませんけど”って」


 少女マンガなめてる証拠だわな。


「子供はすぐ揚げ足をとる。僕ら業界人は素人に理解できない、深い視点でアドバイスを送ってるんだ」


 俺は一歩前に出た。


「深い視点? それがヒロインが気に入らない、ヒーローの設定に無理がある。そんなインターネットの害悪読者の感想みたいなんで、よく深い視点とか言えたな」

「プロの直感はどんなものより参考になるんだ! 批評を受け入れない作者のエゴで、売れる作品は作れないんだよ! 素人の子供が知ったような口を聞くな!」

「批評ってのは作者の気づいていない改善点を見つけて、それを教えてより良くする建設的なことだ。あんたのはただの悪口なんだよ! それでアドバイザーを気取って無茶な要求を飲ませるのはやめろ!」

「作者に投資するのは出版側だ! 出版側の意見を飲むのはマンガ家なら当然だろう!」

「それが爆乳グラビアとかなめてんじゃねぇぞ! バカみたいな企画出してる暇があったら、作品読み込むくらいしろ!」


 俺の叫びと同時に雷火ちゃんが声を上げる。


「そうですよ! ヒーローの坂本君もオタクで引っ込み思案ですが、いざってときにやる強さがあります。ヒロインの皐月ちゃんも内向的だからこそ、いじらしいモーションのかけ方が読者を応援させたり共感させたりするんじゃないですか!」

「恋夜はいじる必要なんかないくらい面白い作品よ。あなたキャラ設定しか読んでないんじゃないの?」


 月が鋭い目で賀上を見ると、彼はやれやれと息をついた。


「子供と話していても埒があきませんね。三石先生、僕はこれで失礼しますが上にはこの件伝えておきます。この業界でまともに仕事できると思わないでください」

「あら、丁度いいわね。あたしここにその”上”を呼んでるの」

「は?」


 丁度のタイミングでドアベルの音をたてて、店内に入ってきた男性を全員が見やる。

 ちょび髭を生やしたスーツ姿の中年男性が、青ざめた表情でこちらに会釈する。大炎上した会社の社長が、記者会見席に向かうように申し訳無さ気な感じで俺たちに近づいてくる。


「へ、編集長!?」

「どうも~編集長」


 ひかりは笑顔で手を振る。


「ど、どうも水咲様……本日もお日柄がよく……」

「急に海外から呼び戻してごめんなさいね」

「い、いえ、大した用ではありませんでしたし」


 俺は肘でひかりを突く。


「誰?」

「月刊コスモスの編集長永井さん。ジャカルタにいたらしいんだけど、話し合いに必要だと思ったから急遽帰国してもらったわ」

「そんなことできるのか?」

「だって月刊コスモスって水咲アミューズメント文庫の傘下だもの」

「なんだ? ってことは君は親会社の社長娘ってことか?」

「イエ~ス。正確にはもう一個上だけど。部下の不始末は上司にとってもらわないとね」


 クスクスと笑う月。

 そりゃ編集長、青い顔して帰ってくるわけだ。


「丁度いいです、編集長聞いてください。三石先生がですね――」


 賀上が編集長に駆け寄った瞬間、編集長は強烈なボディブローを賀上にお見舞いした。


「おごうぇ、な、なにを……?」

「賀上君、君が問題児だということは聞いていたが一体何をやったのだね?」

「何もしてませんよ! あの子供がわかった口を聞いて、僕の仕事を否定するんですよ!」


 編集長は更にボディーブローをもう一撃見舞うと、首根っこをつかんで顔を引き寄せる。


「私はね、君のことは多少のバカだという認識はあったんだ。だがね確信したよ、君は本物のバカだ。あの方は水咲アミューズメントウォッチャーの社長娘、つまり水咲アミューズメント文庫の親会社の娘なんだよ。我々からすると親会社の親会社のご息女なんだよ」

「えっ?」

「君が誰に楯突いているか、その足りない脳みそで理解したかね? アホみたいなピンク色のスーツを着て」

「い、痛いです編集長。でもストーリーに関しては素人……」

「素人は君なんだよ。彼女は海月クラゲというペンネームで小説を出している。売上はミリオンに届きそうなSクラスの作家でもあるんだよ」

「どうせ金の力でプロモ打ちまくっただけ……」

「金の力だろうが、この業界では売れた人間が一番偉いんだよ。それでいうと三石先生もそうだ。彼女は金の卵を生む鶏なのだよ。逃さないように月刊コスモスウチで囲い込むと決定している。裏ではWEBコスモス初のアニメ化も動いているんだよ」

「僕聞いてませんよ?」

「当たり前だ。君は担当が病欠している間、原稿を取りに行くだけのただの”担当代行”なんだからな。なのになぜこんな親会社の人間を巻き込んだトラブルになっている? 君はトラブルの天才なのか?」

「普通に仕事してただけですよ!」

「とにかくなぜ怒らせた、原因を言い給え」

「えっと、巻頭グラビアに出てほしいと……」

「またくだらない、少年誌かぶれの企画を立てたのだろう」

「そんなことないですよ。爆乳作家三石冥先生のセクシーグラビア企画で……」


 編集長は指をチョキにすると、賀上の鼻の穴に突っ込んだ。


「君は今日日そんなセクハラをしてタダですむと思っているのか?」

「ふぇんしゅうちょー、でもいんぱくとはありま~す」

「そのインパクトで月刊コスモスが吹っ飛ぶかもしれんのだぞ。このノータリンが! うちを炎上させて火だるまにしたいとしか思えんな!」


 鼻に指を突っ込んだまま賀上の体を持ち上げる編集長。


「凄い、鼻フックリフトだ……」


 その後話を終えた編集長は、賀上さんと共にペコペコと頭を下げる。


「申し訳ありません。大変なご無礼をいたしまして」

「あたしに言ってもしょうがないでしょ」

「三石先生、本当にこの度は申し訳ありませんでした」


 編集長はその場に膝をついて床に頭を下げる。


「本当に申し訳ありません」

「サーセンしたー」


 編集長は感情のこもらない賀上の頭を無理やり掴んで、床にこすりつける。


「賀上君、君には誠意と危機意識が足りないようだね!」

「痛いです編集長! パワハラですよ! 訴えますよ!」

「君に訴えられるか水咲に睨まれるか、どちらか選べと言われたら私はノータイムで君を殺す」

「そんなぁ~」


 静さんは大人のDOGEZAを見て、オロオロとする。


「あの、私はまたマンガが描ければいいと思っていますので、お顔を上げてください」

「ありがたき幸せ!」

「三石センセーもこうおっしゃってますし、これからもよろしくお願いしますねセンセ♪」

「賀上君」


 編集長はポンと彼の肩を叩くと、親指を首の前で横に切った。


「君とウチの関係は今日で打ち切りだ」

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