第50話 オタはホットコーヒーを100度まで加熱する

「店員さーん、ホットお願いしまーす」


 賀上さんは俺たちに気づくことなく、注文をすませるとテーブルにつく。


「いやー、最近テニスにハマってまして。三石先生はなにか運動はされていますか?」

「い、いえ、最近はお仕事が忙しくて」

「それはいけませんよ。全身運動しないと人間すぐ太っちゃいますしね。あっ、聞いてくださいよ、つい最近良いラケットを新調しまして。それの調子が良くて、試合に勝てるんですよ」


 賀上さんの毒にも薬にもならない話が延々と続く。

 一体誰のせいで静さんの仕事が忙しくなってると思っているのか。


「僕のツイストサーブ凄いんですよ。僕がパーンとサーブを打つと、対戦相手は時が止まったように動けなくなるんです」

「す、すごいですね」

「でしょう? この前も大会に出て準優勝しましてね。今度テニス仲間と飲み会開くんですけど、三石先生もどうですか?」

「い、いえ、結構です」


 薄々感じていたが、この人は多分あれだ、空気読めないと言われる人種だな。

 とても締め切りが切迫している作家の担当とは思えない。

 普通なら青ざめた顔で「先生お時間がありません。病気になったことにするか、総集編でお茶を濁すかの判断をしましょう」と言われてもおかしくないのに。


「先生にも今度ツイストサーブ教えてあげますね。ハッハッハッハ」


 ハッハッハッハじゃねぇだろ。そのままインストラクターに転職しちまえよ。

 いいから早くマンガの話しろよと思いながら様子を伺っていると、静さんの方から原稿を取り出してテーブルに広げる。


「あ、あの、これなんですけど……」

「あっ、すみません、マンガの件より先に例の件考えてくれました?」

「あ、あの件は、その……」


 口ごもる静さん。

 出たなグラビアの話。


「やはり私には分不相応ですので……」

「そんなことありません。美人すぎるWEBマンガ家、三石冥先生の月刊コスモス巻頭グラビア。これ僕の出した企画なんで、是非通したいんですよ!」


 なるほどゴリ押ししたい理由はそれか。


「先生の恋の夜が来る! は女子高生を中心に大人気ですし、みんな先生の正体が気になってるんですよ!』

「その……やっぱりグラビアは……」


 静さんが渋ると、賀上はチッチッチッとウザったらしく舌を打つ。


「先生わかってませんね~、このご時世マンガの人気だけでやってくのは苦しいんです。いろんなマンガ家やイラストレーターさんがSNSやYoutubeに進出して、精力的に活動されてるんです。そんな中、月刊コスモスの巻頭グラビアに載るなんて最高の売名ができるんですよ?」

「その、私は別に顔を売りたいわけでは……」

「何を言ってるんですか、作者=作品、作品=作者、作者の顔が売れれば作品も自然と売れます。芸能人が本を出すと、すごい勢いで売れたりするでしょう? 知名度と売上は直結するんですよ」

「私は芸能人ではありませんし……」

「ダメダメダメ、そういう自分を枠にはめる考えが。有名になってやるという気概がないと、すぐに新人に追い抜かれちゃいますよ!」


 静さんが困り果てていると、賀上は人懐っこい笑みを浮かべながら、テーブルの上に数枚の書類を広げる。


「これ巻頭グラビアの企画書です。僕が一生懸命三石先生のために作ったんですよ」


 相当自信があるらしく、賀上は満面の笑みを浮かべている。

 逆に静さんは企画書に目を通すと、眉をハの字にして口元を震わせる。

 何が書いてあるのだろうか?


「あ、あのタイトルが……」

「あぁ、前回説明した”美人すぎるWEBマンガ家三石冥”ではインパクトに欠けると思いましてね。良いタイトルが浮かんだんですよ」

「こ、これはちょっと……」

「”爆乳すぎるWEB作家、三石冥先生のセクシー水着グラビア!” どうです、これなら三石先生のことが気になる読者も、少女マンガに興味のない新規男性読者も同時に引っ掛けることができます! インパクト抜群のフックでしょう!」


 夢を語る少年のように目を輝かせる賀上。

 まぁあれだ……なんていうか考えたやつの品性が出る、お下劣な企画だな。

 インパクト重視のあまり、元いた女性読者にドン引きされるとわかっていない。


「あの、ほんとにすみません。水着撮影は無理なんです。ごめんなさい、ごめんなさい」

「わかりますわかります。撮影が不安なのは仕方ないですよ。だって初めてなんですから。でも、安心してください、撮影には僕が付添ますから!」


 そういうことじゃねぇ。

 静さんは困り果てながら、やんわりと断り続ける。

 押しの強いセールスマンと、断りきれない人妻を見ている気分だ。

 しかし、あまりにも静さんがなびいてくれないので、賀上の声が段々と低くなっていく。


「すみません……」

「はぁ……センセー困りますよ、あまりわがままばっかりおっしゃられると。どれだけ人気がある作家さんだろうと、編集部ウチと折り合いがつかなかったら”打ち切り”だって十分ありえますからね。さっきも言いましたが、有望な新人作家なんて掃いて捨てるほどいるんですから」

「す、すみません」

「自分が大御所だと勘違いされると困るんですよ」


 大御所だと勘違いしているのは一体どちらなのか。


「ほんとにすみません……その、やはり私はマンガ家ですのでそういったお仕事は……」

「そうですか、残念ですね」


 賀上は大きなため息をつくと、テーブルに置かれたままになったリテイク分の原稿に目を通す。

 1分ほどで見終わると一言。


「面白くないのでリテイクお願いします」

「…………」


 わかりやすすぎる仕返し嫌がらせ


「正直、僕主人公の皐月ちゃんあんまり好きじゃないんですよね。ヒーローもオタク入ったイケメンって、ちょっと設定に無理あると言いますか……。少女マンガなんで深くは突っ込みませんが、リアリティはありませんね。まっリテイク頑張ってくださいよ」


 バカにした笑みを浮かべる賀上。

 あまりにも酷いこき下ろしに、静さんの目からポロリと一滴何かがこぼれた。


「それじゃ来週までによろしくおねがいしますねセンセ♪ あっ、グラビアの件は気が変わったらいつでも連絡して来てください。”お互いスムーズな仕事ができるといいですね”」


 仕事受けないと何度でもリテイクさせるからなと、誰にでもわかる副音声を残す。


「じゃ、僕は仕事があるのでこれにて帰らせて――」


 爽やかな笑みを浮かべる賀上の頭に、俺はホットコーヒーをダバダバとこぼした。


「熱っつ!? 何するんだ!?」

「お客様、当店コーヒーのおかわりは無料となっております」


 静さん泣かせて、タダで帰すと思ってんのかこの野郎。

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