第333話 恋御神籤

 俺たちがなんとか甘味地獄を乗り越えた頃、商店街に真っ白なリムジンが入ってくる。

 こんな人でごった返してるところに車で来るとか、なんて迷惑なやつなんだと思ったが、よくよく見ると知り合いの車である。

 歩いたほうが早い速度で徐行してきたリムジンは、俺達のすぐ前で停まると、もじゃもじゃイケメン執事の藤乃さんが運転席から降りてきて後部席のドアを開く。


「ありがと」

「お嬢様、わたくしは車をどかしますので」

「わかったわ」


 降りてきたのは、金髪ツインテに水色の浴衣を着た少女。

 遅れてきた月は、金持ち特有のゴージャスなオーラを放ちながら、庶民感あふれる商店街へと降臨した。


「人がゴミゴミして息苦しいわね。藤乃に酸素ボンベでも持ってこさせようかしら」

「お前は陸地でスキューバでもするつもりか」


 祭りで酸素ボンベ背負って歩いている女がいたら、3度見くらいするだろう。

 

「あんた達美味しそうなもの食べてるじゃない。なにそれ?」

「カロリー」 

「食べ物をカロリーって表現するやつ初めて見たわ。あたしも何かお祭りらしい食べ物買お。あんたも何か食べるでしょ?」

「死ぬほど食ったからもういらん」

 

 既に今日摂取したカロリーは3000キロを超えるだろう。これ以上は何も入らない。


「悠君、そろそろ神社の方に行きましょうか?」

「そうだね、制作祈願をしに行こう」


 全員合流して商店街の神社へと向かうと、本堂に近づくにつれて人が増えている。しかしながら玲愛さんと月達が通ると、モーゼの十戒の如く人が避けていく。

 さすが全員アイドルクラスのヴィジュアルをしているだけあって、纏っているオーラが違う。


 短い参道を進んでいくと、途中で月がカスタードたい焼きを買って中身をこちらに見せてくる。

 いつもなら美味しそうと思うところだが、フラペチーノクリームで胃袋の中がいっぱいになっている俺は、吐きそうとしか思わなかった。


「なによあんた、そんな目して。やっぱりこのたい焼きほしいわけ? ちょっとかじっちゃったけどあげるわよ」

「いや、いらない。もうほんとクリームとか見たくない」

「そこは間接キス狙って、ほしいって言いなさいよ」

「いや、もうそのイベントさっき終わったんで」

「あたしともそのイベントやりなさいよ!」


 うるさい月と話しながら、亀のペースで列が進んでいくと、本堂が見えてきてお参りができる最前列へと到達した。


「ねぇねぇダーリン、この神社って何のご利益があるところなの?」

「なんだっけ、静さんと成瀬さんが知ってるよね?」

「えっと、最強縁結びよ」

「「「「「最強縁結び!?」」」」」


 静さんのパワーワードに女性陣の目の色が変わる。


「縁結びおみくじがあって、それがよく当たるって」

「後で絶対やりましょう」


 雷火ちゃんが力強く言うと、全員が頷く。女子って本当占いが好きなんだな。


 俺たちは横並びになって本坪鈴を鳴らし、お参りを行う。

 俺は当初の予定通り、ゲーム開発の成功祈願、後は健康でいられますようにと、特に面白みもない願いを行う。

 すぐに祈り終わったのは俺と玲愛さんくらいで、後は皆鬼気迫る感じでお祈りしている。


雷火

(悠介さんが巨乳を嫌いになりますように、見るのも嫌になりますように。わたしを好きになりますように)

火恋

(家内安全、無病息災、皆が幸せでありますように。悠介君との許嫁関係が復活しますように)


綺羅星

(ダーリンがあーしにゾッコンになりますように)

(水咲が天下をとれますように。あのバカが最強のヴァイスとして復活しますように)

(兄君と末永く一緒にいられますように。具体的には婚約)


一式

(ご主人様のゲーム制作がうまくいきますように。セカンドとの声優復帰がうまくいきますように)

弐式

(ファーストの恋愛がうまくいきますように。愛情という感情を理解できますように)


 様々な願いが渦巻いているのを皆から感じる。


「玲愛さんはすぐ祈り終えましたけど、何をお願いしたんですか?」

「何も」

「何にもですか?」

「私は神を信じていない。信じているのは自分だけであって、願いというのは己で叶える。だから神に祈ることはない」


 さすが最強無敵天上天下唯我独尊の伊達家長女。


「静さん達も、お願いしてなくないですか?」

「私はちょっと前にしたところだから、あんまり何度もお願いするのも神様に悪いと思って」

「なるほど。真凛亞さんは何祈ったんですか?」

「……原稿落としませんようにって」


 全マンガ家の切実な願いだ。



 祈りを終えた俺たちは、最後におみくじを引いていこうということになり、境内脇にある絵馬売り場へと向かう。

 そこでは一回500円と書かれた六角くじが置かれていた。


「悠介さん、これが縁結びおみくじですか?」

「どうだろう?」


 俺は巫女さんに聞いてみると、縁結び御神籤は期間限定ピックアップらしく、今現在恋愛、健康、仕事など、全てのくじがごちゃまぜになっているらしい。

 神社がそんなガチャみたいなことしていいのか?


「一応縁結びくじも入ってるから、自力で引くしか無いね」

「確率アップしてない沼ガチャきついですよ」


 御神籤を沼ガチャというのはどうかと思うが、そのとおりだと思う。


「よし、一人一回やっていこう」

「「「「はーい」」」」


 一番最初に玲愛さんがくじを引くと、【一】と書かれた棒が飛び出してくる。

 番号を巫女さんに伝えると、運勢が書かれた御神籤を渡される。


「なんでした?」

「これは……覇王大吉」

「覇王大吉?」


 そんないかつい運勢あるんですか? と玲愛さんのくじを見ると、本当に覇王大吉と書かれている。


「100年に一度の気運の持ち主で、あなたの運気の前に、他者は皆頭を垂れ、道を譲り、己の運のなさに自信をなくし、生まれたことを後悔するでしょう」


 なんて嫌な内容のくじなんだ。神社で生まれたことを後悔するとか絶対言っちゃダメな内容だろう。だけどあながち外れてはいない。


「あたしゴールド大吉だって」

「ゴールド大吉? 大吉の上にそんな横文字つくことあるの?」


 月の引いたくじは、金字でゴールド大吉と筆書きされている。

 内容は見たまんま、金運が良いとのこと。他には仕事が好調とか、お金に関する運が全て上がっているらしい。


「雷火ちゃんはどう?」

「えっと、わたしはですね……あぁ大吉ですね。面白くなくてごめんなさい」

「いや、そんなボケを求めてるわけじゃないから、大吉で十分凄いよ」

「わたしも覇王とかゴールドとか出したかったですね」

「気持ちはちょっとわかるけどね。内容はなんて書いてあるの?」

「えっと、待ち人:目の前にいる、恋愛:成就、願望:叶う、縁:良人既に出会っている、総評:あぐらをかかねば競合相手を寄せ付けず、幸せな未来を得られる……」

「これ恋愛のことばっかり書いてるし、多分縁結び御神籤だね」


 どうやら沼ガチャから引き当てたようだ。


「あっ……なるほど……1番良いのが……当たりましたね」


 雷火ちゃんは頬を薄っすら赤くすると、御神籤を大事そうに抱きしめる。

 すると玲愛さんと月が、彼女の肩を叩く。


「雷火、私の覇王大吉と交換してやろう」

「いいえ、あたしのゴールド大吉とかえてあげるわ」

「い、嫌です!! わたしこれでいいです!!」


 よし、俺も一枚引くか。

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