第388話 茎結び
三石家談話室にて、俺と雷火ちゃん、火恋先輩、成瀬さん、真凛亞さん、真下姉妹が夕食後にゆるりとトークをしていた。
「あー美味かったな。たくさん食ったぜ」
女らしさなど微塵もない成瀬さんは、タンクトップをめくって自分の腹を叩く。
俺はダイエットしたのに、もうたるみかけているその腹をつまむ。
「なんだこの腹は!」
「やめろバカ! くすぐったいだろ!」
「また糖質ダイエットがしたいんですか」
「気をつける、気をつけるから腹触るんじゃねぇ! アヒャヒャヒャヒャ!」
脇腹をむにむにすると、成瀬さんはゲラゲラ笑いながら悶え苦しむ。
「……なる先輩とゆう君仲良すぎ問題」
「違いますよ、デブにならないように今のうちに釘をさしてるんです」
すると静さんが部屋に紙袋を持って入ってきた。
「みんな~さくらんぼ食べる? 編集さんがくれたんだけど、たくさんあるの」
静さんは紙袋から大きな箱を4っつも取り出す。その一つを開けると大量のさくらんぼが入っていた。
「デザートにいいっすね」
「成瀬さん太りますよ?」
「大丈夫だってこんな小さいんだから。実質0カロリーみたいなもんだろ」
後で泣きを見ても知らないぞ。
それから一箱を皆で分けてさくらんぼを食べる。
さっぱりとした甘みと酸味があり、ついついたくさん食べてしまった。
「瑞々しくて美味しいさくらんぼでしたね」
「本当だね」
俺と雷火ちゃんは、皿に残ったさくらんぼの茎を見やる。
そこで真凛亞さんが、ふとよくある疑問を口にする。
「……さくらんぼの茎を舌で結べると、キスが上手いって聞くけど本当かな? エロ同人でよくあるけど」
「「「「…………」」」」
さくらんぼ茎結び。
そう、真凛亞さんの言う通りエロ同人に限らず、ラブコメなどでもちょいちょい登場するネタ。
手を使わずに舌だけで茎を結ぶという至って単純な遊びなのだが、舌だけでするというのが既にエロい。
恐らく相当難易度が高いのはやらずともわかるし、もしできたのなら舌使いが器用という証明。当然その舌テクニックがキスや夜テクにも活かされるであろうし、さくらんぼの茎結べる=テクニシャンの称号を得られると言ってもいいだろう。
俺自身実際やったことはないし、別にテクニックを披露する場もなかったので、別に下手でなんら問題なかった。
しかしながら状況はかわり一つのアパートで嫁11人と暮らすという、いつR指定展開なことが起きてもおかしくなくなった。
実際その時が来て、ベッドの上で「あれ? 悠介さんもしかして下手じゃない? そういやさくらんぼの茎も結べてなかったし、やっぱりチェリーボーイは下手なんだ」と思われるのは、男として滅茶苦茶プライドが傷つく。
実際パートナーと夜の相性が悪く、破局したという話もSNS上で見たことがある。
その場にいた全員が俺と同じ思考になったのか、静かに茎を見つめる。
「まぁよく聞く話だけど、結べたからと言ってキスがうまいとは限らないとは思うよ」
「そうですね、相関関係が明確にあると証明されたわけではありませんしね」
そう言いながら俺と雷火ちゃんは茎を口の中に入れる。
実際男という生き物は、テクニックがないと思われるのは嫌な生き物である。
エロ同人で知識だけをつけた、オタクチェリー野郎の烙印を押されるのは今後の結婚生活に響く可能性すらある。
「私も興味がある」
「アタシもやってみよう。昔はベロテクの成瀬と言われた女だからな」
火恋先輩や成瀬さん、全員が茎を口の中に入れてしばしモゴモゴとさせる。
むっ、これ思ったより難しいぞ。茎が硬くてうまく折れ曲がらない。
無理やり曲げたら折れそうな気がする。
俺が涼しい顔をしながらも悪戦苦闘していると、一番最初に完成させたのは意外な人物だった。
「あっ、自分できたかもしれません」
一式が口を開き、舌の上に乗った茎を見せる。
茎はお手本のようにうまく結ばれており、彼女の舌使いが上手いことがわかる。
「おぉ一式うまい」
「メイドちゃん意外と大人しそうに見えて……」
成瀬さんの感想で、急に意識してしまった。
そうか初号機上手いのか……。そう思うと彼女の赤ピンクの舌が、妙に艶めかしく見えてきたな。
姉の一式に対して妹の弐号機は
「ん~? なかなかうまく……いかな……あぁもう腹が立ってきましたわ。全然うまくいきません。噛み切りたくなってきましたわ」
歯をガチガチ噛み合わせる弐号機。
さすが力の2号、パワー系である。
同じくイキってた成瀬さんも。
「ん~? あれ~どうなってんだこれ~?」
「さっきベロリンガの成瀬とか言ってませんでしたっけ?」
「うるせぇ、今日はちょっと茎との噛み合いが悪いんだ」
茎と噛み合いがいい日なんてあるのか。
同じく雷火ちゃんと真凛亞さんも、難しい顔をしてずっとモゴモゴしてるので失敗してるっぽい。
「そういうお前はどうなんだよ?」
「えっ、俺ですか? 俺はまぁまぁって感じで」
俺も必死に舌を動かして茎を結ぼうとするが、全然うまくいかない。舌を動かしすぎて顎が疲れ始めてきた。
「そういや火恋先輩はどうです? こういうのうまそうですけど」
「うまそうに見えるかな?」
「はい、エロテクは火恋先輩は高そうだと思ってます」
「酷い偏見だよ。私は高校では優等生で、姉さんや母から淑女であれと教育を受けてるんだよ。あっでも、できそうかも」
「ほんとですか?」
火恋先輩が舌から茎を出すと、驚くべきことに蝶々結びされた茎が出てきた。
「えぇ……蝶々結び?(困惑)」
「姉さん、普通の片結びをするんですよ」
「そうなのか? 茎を二本使ってやったらできたよ」
嘘でしょ、どう舌を使えばそんなことができるのか。
どう見ても淑女とは思えない舌技に若干引く。
「静さんはどう?」
「ウフフ、私はもうできたわ」
見ると皿の上に、片結びされた茎が10本ほど並んでいた。
「えっ? これ全部静さんが?」
「ええ、そうよ」
「ちょっと実演してもらっていい?」
静さんは口の中に茎を入れると、ものの数秒で舌の上で茎を結んで見せる。
「は、はっや。舌の魔術師じゃん」
「お姉ちゃん実はちょっと人より舌が長いかも」
静さんが舌をめいいっぱい伸ばすと、確かに俺の舌より全然長い気がする。
「たまにいますよね、人より舌長い人。逆に俺はちょっと短いかも」
「ゆう君、ああいう長い舌を、エロ同人でアナコンダフェ――」
「エロ漫画家はちょっと黙っといてもろて」
三石家舌技ランキングは、どうやら火恋先輩と静さんのツートップらしい。
結果は
雷火ちゃん ✕
火恋先輩 ◯(蝶々結び)
成瀬さん ✕
真凛亞さん ✕
一式 ◯
弐式 噛み切った✕
静さん ◯(アナコンダ)
となっていて、成功者は三人。火恋先輩は巧そうな気がしたが、他二人は意外な結果となる。
今日家にいなくてチャレンジしてない人たちにも今度やらせてみよう。
全員が自室へと帰った後、残った俺と雷火ちゃんは、二人で口の中をもごもごさせ続けていた。
「難しいね」
「難しいですね。茎を折ってわっかを作って、そこにさし入れるって難しすぎません?」
お互いもう諦めてもいいのだが、オタクとしてテクニックがあると思われたくてモゴモゴを続ける。
すると静さんが戻ってきて、アドバイスをくれる。
「えっとコツはね、うまく舌と歯を使って、優しく茎を折り曲げていくのよ」
「それが……なかなか……難しい。力強すぎるのかな」
すると静さんは、俺の手を取り人差し指を自身の口の中に入れる。
ちゅっという、若干卑猥な水音がたち、暖かな感触が指全体に伝わる。
彼女の舌が指先を優しく舐め上げながら、関節にそってゆっくりと折り曲げていく。
「これくらいの強さで、やさしくゆっくりね」
「う、うん」
彼女の暖かい口から俺の指が引き抜かれると、光る糸を引く。
静さんは恥ずかしそうにしながら、俺にティッシュを手渡し、再び部屋を出ていく。
「ど、どうでした悠介さん? 見てるわたしはえっろとしか思わなかったんですけど」
「俺もだよ。なんかこう……口の中全体が生き物みたいにウネウネ動いてて、舌と頬で凄く優しく包まれてる感触があった」
「それがテクニックってやつなんですね……」
もうさくらんぼの茎などどうでもよくなっていたが、静さんのアドバイスが功を奏したのか、それから1時間ほどもごもごしていたら茎結びに成功する。
「なんとか出来たけど疲れた」
「わたしはもうギブですね」
「逆に時間かかりすぎて下手の証明になってしまった感があるよ」
「オタクが最初から上手いキスをしようとするのが、おこがましいですよね」
「確かに」
雷火ちゃんはこちらをチラチラ見ると、ゆっくりと顔を寄せてくる。
「その……へ、下手同士、実践練習してみます?」
「じ、実践というのは?」
「別に茎を結べなくても……お互い気持ちの良いキスができればいいんじゃないでしょうか?」
「百理ある」
雷火ちゃんは目を閉じてスタンバイ状態。通称キス待ち。俺も彼女の唇に顔を近づけていく。
すると
「ねぇダーリン、さくらんぼで茎結びしてるんだって!? あたしそういうの得意だよ! ……あれ?」
乱入してきた綺羅星に驚き、俺達は慌てて身を離して茎結びを再開する。
「あれ? あーしなんか邪魔な雰囲気だった?」
「いや、全然」
「そうそう、今悠介さんと茎結び10本できるまで終わらない耐久やってただけですから」
「そうなの? じゃああーしも混ざる」
その後、そんな難易度の高い耐久するんじゃなかったと深く後悔することになった。
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