第387話 護身術
三石家、アパート談話室にてゲームのプログラムを組む雷火ちゃん、肥満猫大福とたわむれる火恋先輩、Ipadでマンガを描く静さんの姿があった。
俺もその場で、同人サークル三石家の次回作の企画書を書いている最中だった。
カタカタとタイピング音と、大福の「んにゃ~ん」という気の抜けた鳴き声が響く。
そんな中静さんが、腕を伸ばしたり立ち上がったりして「う~ん」と唸る。
「どうかしたの静さん?」
「今ね、痴漢に襲われるヒロインのシーンを描いてるんだけど」
「その絵が描けない?」
「うん、そのヒロインは実は元退役軍人で、襲われた瞬間に痴漢を投げ飛ばすシーンを描きたいの」
「凄い設定のヒロインだね。モデルとかいると描きやすいのかな?」
「じゃあ、わたしが襲われ役やりましょうか?」
雷火ちゃんが手を挙げる。ってことは痴漢役は俺か。
「助かるわ。お願いできる?」
「いいですよ」
俺と雷火ちゃんはノートパソコンをパタンと閉じると、談話室で邪魔になりそうなものをどける。
正方形な部屋の中央に俺達が立ち、隅に静さんと大福を抱えた火恋先輩が座る。
「静さん、後ろからでいいんだよね?」
「うん、こうがばーっと」
俺はいざっと背後から雷火ちゃんに近づく。
嫁とはいえ、背後から襲いかかるってなんかドキドキするな。
「う、うぉー」
俺は両腕を広げ抱きついてみせる。しかしあまりのソフト感に、雷火ちゃんはクスクスと笑う。
「悠介さん、さすがに力が弱すぎますよ。ちゃんと痴漢役やってもらわないと」
「そ、そうなんだけどどうにも遠慮がね……」
「もう胸とかがっと触って下さいよ。その方がこっちもスイッチ入って迎撃できますし」
「う、う~む」
「大丈夫ですって、わたし悠介さんくらいなら振り払えると思います」
「お~ん? 俺もなめられたものだね」
俺は先日プレイしたエロゲ、平安痴漢侍の主人公を思い出す。
現代に転生した平安時代の痴漢侍が、現代で痴漢を繰り広げていくという現代転生凌辱痴漢モノである。
自分をそのエロゲの主人公、
「俺は助兵田痴漢麻呂、前世はオネショタゴブリン…………トレース……オン!」
「では、いつでもどうぞ」
俺は痴漢のメンタルになりきり、白のブラウスに赤のチェックスカート姿の雷火ちゃんを獲物だと思い込む。
すっと後ろから絡みつくように手を伸ばし、彼女の耳に口を寄せる。
「か、かわいい娘じゃ。拙者痴漢侍でおじゃる」
「ゆ、悠介さんが完全に平安痴漢侍になりきってる!?」
「お主元ネタがわかるとは、さては既プレイじゃな?」
「い、いえ、そういうわけでは」
「華奢で可愛い娘おじゃ。拙者ミニスカ大好き侍でおじゃる」
雷火ちゃんは俺のキモい言動に笑いを噛み殺しながら、腕を振り払おうとする。
「た、助けて! 離れて下さい!」
「無理無理、おなごの力じゃ無理で候。拙者に言い寄られて悦ばぬおなごはおらぬ、力をぬくでおじゃる」
胸を揉むのはさすがになので、俺は抱きついたまま彼女の横腹をくすぐる。
「ちょっ……やめ……て、くくく、やめてください」
「やめないでおじゃる。拙者痴漢侍、切り捨て御免でおじゃ」
「言動で笑わそうとするのも、やめ、あっっはははっははは! 脇やめてください! ギブですギブ!」
雷火ちゃんはなんとか笑いを噛み殺そうとするも、くすぐりに負けて敗北宣言。
腹がよじれるほど笑った彼女は、スカートをまくり上げ、あられもない姿で床に寝転ぶ。
「勝った」
「負けました。さすがに男女の筋力差をなめてましたね」
「俺も非力だけど、雷火ちゃんも結構小柄だからね」
「自分もオタク女だってこと忘れてました。悠介さんのガチ感に笑いが押さえられませんでした」
わりとネタに走った方だと思うが。ガチ感は見た目の問題だろうか。
「悠君、私もやってみたいわ」
「静さんも? いいけど同じ結果になりそう」
とは言うものの、身長体重ともに静さんのほうが雷火ちゃんより上なので、勢いよく振り払えば撃退できるかもしれない。
襲われ役を交代し、今度は静さんが部屋の中央に立つ。
俺は遠慮なく彼女の背後から、がばっと抱きついた。
こう言ってはなんだが、雷火ちゃんと比べ肉感的で抱きついた腕や手が沈み込んでいく。
「えい、え~い」
静さんは、なんとか振り払おうとしているが、力が弱くて全然無理。
俺は痴漢侍になりきって「うへへ」と耳元で囁く。
「おなごよ良い体をしてるでおじゃ。触り心地がいいでおじゃる」
「や、やめて下さい……わ、私には夫が……」
「やめないでおじゃる。拙者巨乳大好き侍でおじゃる」
「お金なら払います、許して下さい……」
「お金なんかいらぬでおじゃ、ほしいのはお主の体おじゃ」
静さんの体をまさぐると、必死に身を捩ってみせる。
内股になって体を揺するが、その程度の可愛い抵抗では振りほどけない。
「やめ……あっ……」
「諦めるでおじゃ」
栗色の髪から香るシャンプーの匂い、小さな口から漏れる熱い吐息、ブラウスの隙間から覗く爆乳の谷間。もがこうとして逆にすりつけられる体。
誓って言うが、俺はノーマルな性癖だ。しかし、こうまで色気たっぷりにやめてと言われると、嗜虐心をくすぐられてしまう。
「ちこう寄るでおじゃ」
「はい……」
折れた静さんを見て雷火ちゃんが止める。
「はーい痴漢侍さん終わりでーす。このままだとプレイが始まりそうなのでストップです」
俺は静さんから身を離すと謝罪する。
「ごめん、なんか色気が凄くて」
「いいのよ全然、お姉ちゃんこういうのも好きよ」
ウフフと少し頬を赤くして微笑む静さん。
こういうのってどういうのだろう。
最後に火恋先輩が「では私もやってみよう」と立ち上がる。
「えっ、火恋先輩もやるんですか?」
「先生がほしいのは、痴漢を投げ飛ばすシーンだろう?」
「確かにそうなんですが」
静さんと交代して、部屋の中央に立つ火恋先輩。
長い髪を後ろでまとめ上げ、赤のキャミソールに、黒のプリーツスカート姿。
俺は先程と同様「拙者ポニテ大好き侍」と言いながら背後から抱きつこうとしてみたが、伸ばした手が止まる。
「隙が……ない」
俺の手が彼女の露出した肩に触れようものなら、いとも簡単に背負投で吹き飛ばされるビジョンが見える。
先程までの雷火ちゃんや静さんとは全く違う、闘気のようなものが背中からにじみ出ている。
「グラップラー火恋……」
「どうしたんだい? 早く来たまえ痴漢侍君」
火恋先輩は、どこか俺を挑発するように言う。
「せ、拙者をなめるなでおじゃ!」
俺は背後から火恋先輩の胴に腕を回す。
「悠介君、違うだろ」
先輩はがっかりしたように首を振る。
「はい?」
「痴漢はそんな遠慮してこない。もっと相手を屈服させるために、腕力を使ってくるだろう? 私を女と思わず一匹のメスと思うんだ」
「嫁にそんなこと思えませんよ!」
「襲ってくる速度も遅い。それでは対象に逃げられてしまう。もっと素早く、体当たりするように組み付いてきたまえ」
「は、はいでおじゃ」
俺は言われた通り、少し助走をつけて火恋先輩に抱きついてみる。
「うぉー!」
「遅い! まだ遠慮を感じる。もっと力強くぶつかってくるんだ! そして抱きつく時は素早く相手を羽交い締めにして、速やかに胸を触るんだ!」
「は、はいでおじゃ!」
「もう一度!」
俺は言われた通り、ドドドっと駆けより素早く火恋先輩を羽交い締めにして胸を触る。
なんでだろう、全然スケベな気持ちにならない。
火恋先輩の叱責が怖くて、軍隊の講義を受けてる気分だ。
「まだ早くできるはずだ! それでも侍か!?」
「は、はいでおじゃ!」
「胸を触ったら素早く離脱したまえ。相手がバッグから刃物を取り出してくる可能性がある。今度から離脱が遅れたら容赦なく投げ飛ばすよ!」
「はいでおじゃ!」
なんで俺痴漢の訓練を受けてるんだろ。
数回のトライを繰り返すと、一瞬足がもつれて離脱するのが遅れてしまう。
火恋先輩はその隙を見逃さず、後ろから俺の腕を掴むと、自分の背中に乗せて鮮やかな背負投を決める。
「成敗!」
「ありがとうございますでおじゃ!」
痴漢侍は退治され、静さんは困っていたマンガのシーンを書き終えることが出来た。
俺はもう二度と痴漢侍はやらないと心に決める。
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