第215話 第三開発室

 俺は一ノ瀬さんの後に続く。

 最初の部屋はパーティションで区切られた応接室となっており、フィギュアやゲーム書籍なんかが並んでいる。


「入社一か月で結構手馴れてますね」

「それ以前にあたし一年くらいここでアルバイトしてたからね。今は完全に庶務雑用の労働奴隷よ。開発しながらお茶くみやコピーもするし、新人のお世話も大体あたし」

「教育担当ってやつですか」

「あっ、三石君の教育は別の人が担当するから。ごめんね……あたしみたいな美人に仕事教えてもらいたかったと思うけど」

「いえ、大丈夫です」

「そこはもう少し残念がりなさいよ」


 面倒な人だな。


「就職って言ってましたけど、まだ大学卒業してないですよね?」

「一応単位は大丈夫だけど、夢だったゲーム会社に就職できちゃったから、ぶっちゃけ大学はもうどうでもいいかな~。本音言うともうちょっと遊びたかったけど、内海君も頑張ってるしあたしも頑張らないと」


 一ノ瀬さんって、ちょっとふざけるところはあるけど、立派な人だと思う。


「仕事大変ですか?」

「大変よ、でもここはまだホワイトな方。残業代も申請すれば出してくれるし、よっぽどのバグじゃなければ呼び出されることもない。でも納期間近はやっぱりデスマーチだけどね」

「ゲーム会社ってブラックってよく聞きますね」

「まぁね、小さいゲーム会社なんか地獄よ。残業代でないのは当たり前だし、一か月丸々休みなしで出勤も有り。納品終わらせた後、不平不満をもらすわけでもなく、やっと寝れるって喜んじゃうくらい調教されちゃってるのがゲームクリエーター」

「お、恐ろしい」

「ゲームは夢を売ってるけど、作ってるところは夢も希望もないわよ」


 あははははっと一之瀬さんは笑ってるが、結構笑えない。

 昔オヤジも毎日8時間働く会社Aと、24時間働く会社Bだと、絶対Bが強いって言ってたな。

 そりゃ当たり前か、単純労働時間3倍だし、いくらAがクオリティーの高いものを作っても、Bは単純3倍とはいかずとも2倍くらいの作業を行いAの仕事を奪っていく。

 そうやって日本は長時間労働主義になっていったんだろうな。

 尚社員の幸福値はA社の方が圧倒的に高い模様。


「悠介君が入る第三も結構切羽詰ってるけど、大丈夫安心して。俺は社長の娘と付き合ってるんだって言えば、主任以外皆君のこと肩もみながら仕事させてくれるわよ」

「そんな馬鹿な」

「ホントホント、皆別に社長が怖いわけじゃないけど、ゲームに関してはめちゃくちゃカリスマがある人なの。その人の身内だって言えば、皆腰低くなるわよ」

「そんなコネの上にあぐらかくようなことできませんよ。大体俺は水咲とは付き合ってませんし」

「そうなの? 三石君誰と付き合ってるのかよくわかんないのよね」

「あの……できれば俺が社長たちと知り合いって伏せてもらっていいですか?」


 コネの力を爆発させて皆からちやほやされたとしても、個人的には罪悪感の方が強い。


「それは構わないけど、でもそうなると……」

「何かあるんですか?」


 一之瀬さんは立ち止まって、腕を組みう~んっと唸る。


「主任が結構気難しいというか、厳しいというか、切れたナイフというか……。まぁ見た目怖いけど悪い人ではないから……怒鳴られても愛だと思って頑張って!」


 昭和の部活動みたいなことを言われつつ、第三開発室と書かれた部屋に連れて来られた。

 気のせいだろうか、心なしか他の部屋よりボロいような気がするんだが……。

 隣が喫煙室だからだろうか、壁紙が黄色く変色しており、ドアに蹴っ飛ばした跡がいくつもある。

 ゲーム会社で壁蹴ることある?


「居土主任、アルバイトの子連れてきましたよ」

「はぁ? この前みたいにすぐ泣くような使えないガキじゃないだろうな!」


 奥からドスのきいた男性の声が響く。もう既に怖い。

 開発室の中に入ると、縦に二列のデスクが並んでおり、机の上に一つ一つパソコンが乗っている。

 そこでクリエーターらしき人たちが10数名、難しい顔で作業を行っておりこれが開発室かと少し感動。

 機材の中にPSZとPSVINTAに繋がっている巨大なマシンがあり、物珍しさにジロジロと見てしまう。


「とりあえず挨拶ね。あの人が主任だから」


 一之瀬さんに視線で促され、開発室奥を見やるとヤンキーというか893みたいな人が座っている。

 俺は一之瀬さんと一緒に、並んで主任席の前に立つ。

 主任の居土さんは、歳は30才になるかならないかってところで、目の下に濃いクマをつくり、茶髪でツンツン頭。

 紫のスーツに金のネックレスと金の腕時計をしており、どこで売ってんの? 言いたくなるマフィアのボスがよくしている長マフラーを肩にかけている。

 近くで見れば見るほどゲーム関係者には見えない。

 あなた虎が如くか、ジャッジメントアイズに出てませんでした? と聞きたくなる。


「よ、よろしくお願いします。三石です」


 俺が頭を下げると、PSVINTAをプレイ中だった極道主任が顔を上げる。

 眼光が鋭すぎて超怖い。明らかにカタギの人間ではない。


「お前……この業界で仕事は?」

「危ない薬の運び屋とかですか?」

「なんの話してんだ。ゲームだよゲーム」

「もっぱらプレイする側です」

「得意ジャンルは?」

「アクションです」

「ほぅ、チャカは?」

「チャ、チャカ?」

「FPSのことだろうが!」


 凄い剣幕で怒る主任。

 FPSをチャカって言う人初めて見た。


「テメェそんなぬるくてタマとれんのか?」

「タ、タマとれます」

「そうか……なら説明はいらねぇ。阿部面倒見ろ!」

「おいっすー」


 よくわかんないが話を合わせていると、居土主任はデブオタを召喚した。失礼、恰幅の良い眼鏡をかけた社員の阿部さんを呼んだ。

 特に寒くもないオフィスで、汗だくになりながらコフーコフーと息を荒くして近づいてくる。


「ウヒョヒョ、グラフィッカーの阿部でふ。よろしくでふ」

「よろしくお願いします……かわった語尾ですね」

「でひゃひゃひゃひゃ、そんなこと初めて言われたでふ」


 ゲラゲラと大ウケする阿部さん。この開発室個性強すぎでは?


「じゃあね、三石君。あたし戻るから、帰りの時間とかは居土主任に聞いてね」

「あっ、ちょっ!」


 じゃあねーっと消えていった一之瀬さん。

 ぐっ逃げられた……。


「ドゥフフフ、新人君これでもう逃げられないでふね」


 ニヤつく阿部さん。

 やばい急に心細くなってきたぞ。

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