第216話 腐ったみかん

「じゃあ新人君はこっちでひゅ」


 俺の左隣に阿部さん、右隣にすごい勢いでプログラムを記述しているガリオタ、失礼、かなり健康面に不安があるビン底眼鏡の男性がいる席に座る。


「あっ隣にいるのは鎌田君、スーパープログラマーだから気になったことは何でも言っていいでふよ」


 鎌田さんは全くこちらを見ることもなく、まるで何かに取りつかれたかのようにプログラムを記述していく。


「よろしく。拙者スーパーハカーの鎌田でゴザル。好きなアニメはゆりゆるで候」


 ご、ゴザル? 意外とかわいいアニメ好きなんだな……。

 いや、ここの開発室の人にいちいち突っ込むのはやめよう。


「鎌田君は硬派で、小さい女の子がいっぱい出てくるゆりアニメが好きなんでふ」

「よ、よろしくお願いします」


 硬派な人ゆりゆる好きかな……?


「はい、じゃあ三石君。これやってね」


 俺は阿部さんから使い込まれたPSVINTAを手渡される。


「はい」

「それで、見つけたバグ……バグってわかるでひゅよね?」

「おかしな挙動とかを見つけたらいいんですよね?」

「そうそう、ちなみに誤字脱字衍字もバグの一つだから、見つけたらエクセルに全部打ち込むでひゅよ。コヒューコヒュー」


 どうでもいいけど阿部さん鼻息半端ない。


「後そのデスクのPCは君専用だから、スリープかかったら付箋に書いてるPASSでログインするでふ」


 モニターの下部に俺のIDとPASSらしきものがペン書きされている。

 アルバイトでもIDとかくれるんだと思ったが、多分これは誰がミスったかわかりやすくするものだろう。

 ファイルを上書きすると、自動で担当者IDがファイルに入力されるようになっている。

 最終更新者が誰かわかるようにして、もしバグがでたとき誰がプログラムを触ったかわかるようにしているんだろうな。


 俺が早速ゲーム機を立ち上げてプレイを開始する。

 やはりテスト用だからかメーカーのロゴなどは一切でず、いきなりスタート画面から始まる。

 グラウンドイーターバーストレイヴと表記されているゲームは、某有名狩りゲーと似たようなシステムを持つアクションゲームだった。

 あっこれやりたかったやつだ、と内心で一早くプレイできることに感動を覚える。

 スタートボタンを押すと、いきなり超強そうな一つ目のボスが現れ、あっさりやられてしまった。


 えっ、何これ? クソゲ? と開発者を目の前にして言ってしまいそうになった。


「あっ、ちなみに三石君の持ってる開発データはラスボス戦しか入ってないから」


 この一つ目ラスボスだったのかよ、壮大なネタバレ見ちまったと一気にテンションが下がる。

 多分デバッグも分割作業で、君は1stステージ、君は2ndステージ、君は武器だけ見てとかそんなんなんだろう。

 俺はラスボス戦にしてはしょっぱい剣を持った、Test01(キャラクター名)を使って再びゲームを再開する。


 だが、10秒ほどでボスのビームにやられTest01は消し炭にされてしまう。

 何これクソゲ?

 そのあと何度もチャレンジするが、ボスの体力を一割ほど削ると撃ってくるホーミングビームで、体力満タンから即死してしまう。

 10回くらいチャレンジした後に、あまりの無理ゲーさにバグ報告として出してやろうかとさえ考えてしまった。


 バグ報告 報告者:三石悠介 ステージ:最終 事象:初期装備ではラスボスのビーム一発で死ぬ。


 まぁそんなものはバグでもなんでもなく、ラスボスに竹槍や銅の剣で喧嘩を売ればボコボコにされるのは当たり前だ。

 デバッグ用なので装備のファーミングも出来ず、あまりにも進まない為阿部さんに聞いてみる。


「あの、阿部さん」

「どうしたんでふか?」

「ボスに一瞬で溶かされるんですが……」

「あっ、デバッグモードにしてなかったでふ」


 阿部さんはLキーとRキーを数回操作すると、プログラム記述がずらっと並んだ画面を呼び出す。

 そこでいくつかのフラグをNからYにかえて、俺に手渡す。


「これで死なないでふ。アーサーもパン一で安心でひゅねデュフフフフフ」


 何がツボに入ったのか、超魔界村なんか今の子知らないぞ。

 俺は返してもらったゲームでデバッグを再開する。

 試しにさっきは即死したビームを受けてみると、自キャラのHPバーがギューンと減るも一瞬で全回復する。

 しかもTest01が装備していた武器の攻撃力も跳ね上がっており、ザクザクとダメージが通るようになっていた。


 あーデバッグモードってそういう……。


 今度はさっきとは別の意味で、まったくやりがいのないまま目玉のラスボスを倒してしまう。

 ゲームデータを不正にいじるチートもこんな感じなんだろうなと思うが、一体何が面白いのだろうか。

 全く達成感もえられず、ただバグを探すためにもう一度挑戦する。


 通算ラスボスから30勝目をあげた辺りでかなり辛くなってきた。

 全くやりがいも爽快感もなく、ただひたすらにラスボスに剣を突き刺すだけの作業は苦痛でしかない。

 約5分ほどのステージを、クリアしてはやり直しクリアしてはやり直し。この作業は賽の河原を彷彿とさせる。


「う~こんなの8時間もやったら頭おかしくなりそう」


 俺は不意にデスクの奥を見やると、同じデバッグ作業を行っている少年がPSVINTAを持ったまま居眠りしている姿が見えた。


「ダメなことだけど気持ちはわかるな」


 この作業は心が摩耗していく。

 でもそんなことしてたら、あの怖そうな主任から雷が飛びそうだが。

 案の定眼光の鋭い主任が、居眠りデバッガーをロックオンしている。


「まずい」


 俺は席を立ち、そそそっと居眠りデバッガーに近づく。

 恐らく俺と同じアルバイトだろう、歳は同じくらいで金髪オールバック、顔はイケメンではないが、髪の色と浅黒く日焼けした肌が陽キャっぽい。


「起きたほうがいいですよ」

「…………ん~むにゃむにゃ」

「主任が君に熱い視線を寄せてますよ」

「……ん……あぁ?」


 完全に寝ボケていたが、徐々に覚醒してきたようだ。


「あ、あぁ……」

「寝ちゃダメですよ」

「は? 寝てないが」

「いや、完全にむにゃむにゃって言ってましたけど」

「そんなの言うわけ無いだろ」


 嘘だろ、あれだけダイナミックに寝てて、寝てないは通らないだろ。

 すると俺たちの様子に気づいた居土さんが、眉間にシワを寄せながらこちらにやって来る。


「おい、何やってんだお前ら」

「いや、こいつがオレのこと寝てたって言うんすよ。マジで意味わかんないっす」

「いや、あの……」


 一応助け船を出しに来たはずなのに、梯子を外されて火をつけられた気分だ。

 ここで「いや、こいつ寝てましたよ」って言うことはできるのだが、それを言うとやったやってないの泥沼にハマることは目に見えている。


「三石テメェ初日だろうが、席立ってウロウロできるくらい仕事やったんだろうな?」

「いや、その……出来てません」

「ならとっとと席に戻って仕事しろ! ここは学校じゃねーんだ。金銭が発生してるんだぞ!」

「すみません」


 居土さんの怒声に、開発室がシンと静まり返る。

 居眠りしていたバイトを助けようと思ったら、めちゃくちゃキレられたでゴザルになってしまい、俺はしょぼしょぼと自席に戻った。


「災難だったでふね」


 ポテチ食いながら、でひゃひゃと笑う阿部さん。


「明らかに寝てましたけどね」

「あれは摩周ましゅう君と言って、コネで入ってきたクソ野郎でふ。居眠りとかサボりの常習犯で、いちいち目くじらを立てるのはダメでふよ」

「なんで主任は怒らないんですか? 蹴り出されてもおかしくなさそうですが」

「本当は蹴り出したいけど、ちょっと面倒なところから来てるでふ」

「面倒とは?」

「まぁそれは知らなくていいでふ」


 なんだろう、天下の水咲が恐れるものなんてないと思うが。

 俺が頭に?を浮かべていると、隣の鎌田さんが教えてくれる。


「彼はヴァーミットゲーム代表の息子でゴザル」

「ヴァーミットゲームって、確か水咲とよくゲームの共同開発してますよね?」

水咲ウチの社長とヴァーミットの社長は昔から交友があって、社長のドラ息子を押し付けられたでゴザル」


 なるほど、仲良い大企業の社長息子だから、居土主任も大きく口出しできないってことか。


「主任が三石氏を怒鳴ったのは優しさでゴザル」

「優しさですか?」

「「あいつに関わるなってことでふ(ゴザル)」」


 俺はもう一度摩周を見やると、やっぱりPSVINTAを持ちながら寝ていた。

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