7 オタオタA2
第214話 オタは金が無い
水咲家にて――
ガラステーブルを挟んで話す、熟年の男性二人。
テーブルの上には日本酒のグラスが置かれており、透明の液体が照明のオレンジの光を反射する。
ソファーに腰掛けているオールバックに和服姿の強面は、海原勇山ではなく伊達家頭首、伊達剣心。
その対面でグラスにウイスキーを注ぐ、水咲アミューズメントウォッチャー代表取締役社長、水咲遊人。
剣心は既に酒がかなりはいっており、赤ら顔をしている。
彼は日本酒を一気飲みすると、眉間に深いシワを作り拳を震わせながら怒鳴る。
「な~にが悠介さんとデートに行ってくるから、パパは家で留守番していて下さいだ!」
「許嫁と仲睦まじいのは良いことでは?」
「バカモン、姉妹全員引き連れて下着屋に行ったのだぞ! どこの世界に下着屋デートがあるのだ!」
「まぁ最近の子はそこそこありますよ」
「そこで娘の体のサイズでも測るつもりか! 雷火ちゃんはおっぱい大きくなったね♡ とか、火恋さんはヒップが大きいですね♡ とか言うつもりか戯けが!!」
「伊達さん、妄想が気持ち悪いです」
「ワシの知らない娘の情報を、悠介が知っているというのは最高に気に食わん!」
「それは確かに父親として苦しいものがありますね」
「ワシは伊達家の頭首だぞ! 地位も権力あるのに娘から総スカン状態だ! なぜだ!?」
「まぁ強引な結婚を強いたり、裏で散々三石君の妨害やってきましたから嫌われるのは道理でしょう」
「それもこれも全部お前が悠介をなんとかせんからだろ! 奴を引き受けるという話はどうなったのだ!?」
「そう言われましても、あれだけ盛大にヒーローやられましてはこちらもなかなか難しいですね」
遊人の言うヒーローとは、ジェットコースターから飛び降りて玲愛を救った事件である。
あの動画は様々なところに拡散され、今では世界中の仰天ニュースに取り上げられるほどだ。
「今でもあの件はテレビ局が取材させてくれと言ってくるのだぞ」
「それはできませんね。取材なんかされたら、落下した原因が伊達さんにあるとバレてしまう。……伊達さんの家庭内地位が完璧に没落したのは、やはり玲愛嬢を突き落としたことが原因では?」
「ワシだって落としたくて落としたんではないわ。不慮の事故だ」
「助かったから良かったものの、死んでたらそんな言い訳通りませんよ」
「貴様はどっちの味方なのだ!」
剣心はテーブルを台パンすると遊人を睨む。
「私はもちろん伊達さんですよ。安心して下さい、策はあります」
「なに?」
遊人はパンパンと手をたたくと、メイド服を着た少女がノックと共に部屋に入る。
年齢は17,8。髪は肩口で切りそろえ、目はくりっとしていながら目じりは少し下がっていて泣きボクロが特徴的だ。
ボディラインは豊かな胸の膨らみがあり、全体的に大人びていて優しそうなイメージを受ける。
「なんだこの娘は?」
「ウチの今度売り出そうとしているタレントで、
「そんなものワシに見せてどうする」
「確か伊達さん言っていましたよね? 許嫁が解消になる唯一のワイルドカード。娘に嘘をつくと……」
「うむ、そうだ。嘘をつけば問答無用で許嫁失格となる」
「この子美人でしょう。この子を三石悠介に近づけます。こんな可愛いアキバメイドがいて、陰キャオタクが好きにならないわけがない」
「ふむ……確かに」
「彼女に手を出した三石悠介は絶対に嘘をつきます。浮気なんかしてないと。そこを伊達さんが正論パンチで鉄拳制裁するのです。この女たらしめ、貴様なんぞに娘はやれんと。そうすれば娘さんは目を覚まし、伊達さんのゴミクズにまで落ちた家庭内の地位は回復することでしょう」
「なるほど! 美人局というやつだな!」
「そうです。古の昔からあるハニートラップですよ」
二人の悪い大人はグフフと笑みを浮かべる。
その様子を見て一式は(ハニトラとか大丈夫かな……)と苦笑いを浮かべるのだった。
◇
俺は空っぽの財布をふっていた。
「ぐっ……この前の下着3着は痛かったな。後悔はないけど」
俺は凄まじくお金に困っていた。
ただでさえ消費型オタクなくせに、雷火ちゃんたちとのデートでお金が飛ぶ飛ぶ。
彼女たち「お金持ちなのでデート代私達が持ちますよ」と言ってくれるが、この段階でヒモになるわけにはいかない。
プレゼントをするにしても、ちゃんと自分で得たお金で渡さないと意味がないだろう。
それにこれは野望の話だが、いつかコミックコミケットで販売側で参加してみたいと思っているのだ。
一体何を出すんだと聞かれるとなんにも決まっていないのだが、同人活動にはとにかくお金がかかるので、やってみたいと思った時に手持ちがなくてスタートできませんだと悲しすぎる。
そんなわけで今現在、バイトするため都内某所へと訪れていた。
静さんのアシスタントのバイトをしようかと思ったのだが、あの人ベタを数ページやるだけで1万円くれるしな……。
さすがにそれは労働として成り立ってないし、金銭感覚ぶっ壊れるので普通に求人サイトから見つけた。
今回のバイトは一回限りのものではなく、数週間かけて行われるデバッグのバイトだ。
デバッグとはゲームやパソコンソフト、組み込み系と呼ばれる家電製品などのバグ取りのことだ。
一度友人が炊飯器のデバッグを行ったことがあるが、タイマー機能がしっかり動くかとか、炊飯器内の温度の上昇率が規定値まで達するか等のテストを延々やらされていた。
そいつはバイト終了後、日常生活で炊飯器の声が聞こえるとか言い出していた。多分同じことをやらされ続けて心を病んでしまったのだろう。
今回のバグとりは、そういった組み込み系ではなく俺好みのゲームのバグとりである。
しかも雇用元は水咲アミューズメント、つまり就業先は水咲の本社となっている。
「水咲の本社でけぇ…」
スマホのMAPアプリを眺めながらやってきたわけだが、都内の一等地にオフィスを構える水咲本社ビルのでかさは尋常ではなく、見上げた首が痛くなる。
「金持ってんなぁ…」
水咲はヴァイスカードというカードゲームで巨額の富を築き、次々に事業を展開、そのほとんどで成功をおさめている。
最近ではヴァイスカードローズという女性向けのものまで出て大ヒットしているらしい。
カードゲームの恐ろしいところは、コレクター精神を刺激され、貴重なレアカードが出た日には勢い余って、更に2、3パック買ってしまう。
近年では資産価値が高まり、1枚100万や5000万で取引されることもあり、宝くじみたいな気持ちで買う人も増えているとか。
俺も昔ハマりまくってどこぞの大会で優勝までしたことがあるが、今思うと大会自体も水咲の営業戦略の一つだったのだと気づく。
水咲の事業は年々拡大していくがヴァイスカードの需要はとどまるところを知らず、静岡にある製造工場では、カードという名のお金を刷っているとまで言われているほどだ。
それを一代で成しえたのが起業人である水咲遊人社長。
彼は何をやっても成功する。神に愛されている、商業チート等、そんなオカルトも囁かれている。
俺はSFかと言いたくなるような仰々しい自動扉を抜けると、サイバー感溢れるエントランスに入った。
そこには今水咲が押しているアニメのポスターがずらりと並び、中央には妖怪戦隊バケモノジャーの等身大3Dホログラムが五体、ポーズを決めて並んでいる。
流石水咲、のっけからパンチがきいている。
直接開発室に来るようにと聞いているので、受付のお姉さんに場所を聞いて、22階にある開発室に向かった。
「すみません、本日アルバイトの件でうかがわせていただいた、三石悠介と申しますが」
「はい、少々お待ちください」
開発室の前にある電話で中にかけると、目の前の扉がカチャリと音が鳴る。
「お待たせいたしました。一ノ瀬です」
敏腕女性マネージャー風に現れた人物に俺は驚いた。
「あれ?」
「はい?」
お互いで顔を見合わせる。
「一之瀬さん?」
「三石君じゃない、ってこの三石君ってその三石君だったんだ」
手に持っている履歴書と俺を見比べ、ヤダーっとおばさんくさい感じで手を振る一之瀬さん。
「なぜここに? 内海さんと駆け落ちしたのでは?」
「あの後いろいろあって、一応実家とは和解したのよ。慎二……内海君は3年で食えるようになるって、ご両親に約束をして劇団に入団したの」
「おぉすごいですね」
「まぁ3年で売れてなかったら、実家に戻って家業継ぐことになるんだけどね」
それでも夢を追って自由を勝ち取ったのは凄い。
内海さんのスペックなら、きっと3年で花を咲かすだろう。
「あたしはイベントが終わった後、すぐに水咲のゲーム会社に就職したの。水咲のお嬢さんから、腕を見込まれてスカウトされたのよ。あたし凄くない?」
「確か俺たちとVRゲームでバトルしてたとき、ハッキングしてインチキしてたんですよね」
「はは~そういうこともあったわね」
ドヤ顔から一気に目が泳ぐ一ノ瀬さん。
多分この人、プログラムの技術はあるんだろうな。
警察がハッカーに対応するために、ハッカーを雇うって話に似てる気がする。
「ここの開発室で働いてるんですか?」
「そうよー、水咲には開発室が3つあってエース部隊の第一開発なの」
「そりゃ凄い。俺もですか?」
「三石君には第3室のデバッグに加わってもらうことになるわ」
―――――――
ゲーム企業編はグッドゲームクリエーターのプロトタイプになったお話で、類似点が多く見られると思います。
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