第47話 質量の違いはオタを傷つける

 俺が合流してから、2時間ほど経過。

 しずかさんはデスクで線画を執筆中、その後ろの座卓で俺とひかり、雷火ちゃんが顔を突き合わせながらそれぞれの作業を行う。


 俺たちは静さんの仕上げる【線画】を、インクが乾いた順に【消しゴムかけ】→【ベタ塗り】→【修正】→【トーン貼り】の順で仕上げていく。

 ちなみに月は消しゴムかけからトーン貼りへと転向。

 トーンとは、背景やキャラクターの髪、影、服の柄などに貼られるシールみたいなものである。

 少女漫画の背景で、キラキラピカピカしているのは大体このトーンによるものだ。


「トーン貼り上手いな」


 俺はふんだんにトーンが使われた、キラキラの原稿を覗き込む。


「任せて。あたしがどんだけ恋夜読み込んでると思ってるの。それにトーン貼りって、原稿がゴージャスになっていく感じがして楽しいわね」

「お前派手なの好きそうだもんな」

「ほんとは原稿に金粉でもまぶしたいわ」


 悪趣味すぎる。


「トーン貼りはセンスが要求されるのに凄いわ~」


 静さんも嬉しそうである。

 この作業が終わると、原稿は雷火ちゃんの元へと行き。スキャナで取り込まれ、ペイントツールで最終の補正及び修正作業に回る。

 このとき手間のかかる集中線などの効果線が追加される。

 これを静さんがチェックして、OKが出ればそのページは完成。


 結果、アシスタントポジションはこうなった。


 消しゴム、ベタ、その他雑用→俺

 スクリーントーン、効果エフェクト→月

 デジタル処理→雷火


 ある意味適材適所。長所を生かした配置である。


「ママ先生って、デジタル環境そろってるのにアナログ描きなんですね」

「デジタルは主にカラー原稿のときと、効果を付け加える時くらいしか使ってないの」

「そうなんですか。最近はデジタルが主流と聞きますが」

「静さんデジタルでやると終わらないんだ。デジタルって拡大できるから、細部まで描きすぎて1ページの作業量がめちゃくちゃ増える」

「なるほど。便利ですけど、メリットデメリットはありますね。わたし的には、アナログで描ける先生は本当に憧れます」

「ふふっ、ありがとう」

「あとは静さん、しょっちゅう間違えてデータ消すってのもある」

「ユウ君それは言わないで~」


 静さんはわりかし機械オンチ寄りである。

 昨日も最終までいった原稿データが、急になくなっちゃったと泣いていた。(間違えて違うデータを上書きしていた)


「それにしてもあんたは……ほんと地味な作業得意ね……」

「地味言うな。ベタと言え。前回の美術のテスト76点だからな」

「悠介さん、マウントとるには点数がもう一声足らない気がします」

「ちなみに美少女の顔は得意だ」


 俺はサラサラと美少女キャラの顔を描いて見せる。


「うわ、ほんとに上手いですね」

「どうせ体は描けないんでしょ?」

「体も描ける」


 美少女の顔に体を付け加え、セーラー服を着せていく。 


「あっ、体も結構うまいですね」

「ちゃんとアタリとってやるあたり、絵心あるわね」

「美少女イラストを描くのはオタクの夢だからな」


 何キャラか書き分けて描いてみせる。


「どれも上手いじゃ……なんでどの娘も手を後ろに回してるの」

「手が描けない」

「絵描けない人あるあるじゃないですか」


 美少女絵師への道のりは険しい。


「そういう君等は絵を描けるのかね?」

「「…………」」

「じゃあお題、人間ね」

「あ、遊んでる場合じゃないでしょ。原稿進めないと」


 そう言うとちょうどのタイミングで、静さんがポンと手を打つ。


「少し休憩にしましょうか」

「いいね。じゃあ俺またコーヒー淹れてくるから。二人はその間に描いててくれ」

「「くっ」」


 俺がコーヒーを淹れて戻ってくると、そこには月と雷火ちゃんが描いたとおぼしき、人間(?)の絵があった。


「それで、これが君たちの描いた人間かね?」

「「…………」」


 紙には潰れたジャガイモと、へのへのもへじが描かれていた。


「う、うるさいわね! どっからどう見ても人間でしょ!」

「ちなみにこのジャガイモはどっちが頭なのだね?」

「えっ……どっちだっけ……」


 月はグルグルと絵を回転させる。


「話にならんな。このへのへのもへじは雷火ちゃん?」

「わたしもほんとに絵心というのがなくて。恥ずかしいです」


 頬を赤らめ顔を伏せる雷火ちゃん。


「いや、でも輪郭とかしっかりしてるし。見どころあると思うけど。うん、上手いと思うよ。才能ある」

「あんたこの子への判定激甘じゃない!? どう見てもあたしのとどんぐりの背比べでしょ!?」

「お前のは潰れたジャガイモだろ」

「ぐぐぐ、審判の依怙贔屓えこひいきが酷い」


 三人で話していると、静さんがポンポンと自分の肩を叩いているのが目に入った。


「あっ、静さん肩揉むよ」

「ごめんね、お願い~」


 俺は静さんの肩をリズミカルに叩く。


「ほんと、肩こりが、酷く、なっ……ちゃって」

「マンガ家さんとかデスクワークの方は本当に大変ですよね。わたしもパソコン使ってると肩痛くなったりします」


 雷火ちゃんが気の毒そうな目で静さんを見やるが、ひかりが無慈悲な事実を教える。


「雷火ちゃん。ママ先生は、あなたの比じゃないほどの重量をぶら下げてるの」

「なんですか? バトル漫画で、実はこのリストバンドは100キロの重量がある的な――」

「あぁ~気持ちい~……」


 肩叩きに合わせてバルンバルンと揺れる胸。


「……あぁ、わたし急にGペンで喉ついて自殺したくなりました」

「巨乳には巨乳の悩みがあるわね」


 雷火ちゃんは月の胸を見てから飛びかかった。


「イヤミですか! イヤミなんですか! わたしだってないわけじゃないんですよ!」

「ちょ、やめなさいよ!」


 俺は肩叩きしながら、もみ合いになる二人を眺める。


「あの二人すごい勢いで仲良くなっていくな」



 それから作業を再開し、1時間ほどして――


「このペースなら完成見えてきそうだね」

「ほんと、みんなにはなにかお礼しないと」

「いえ、サイン入り単行本もらったので」

「一生の宝にします」


 ファンからすれば、お金にかえられない宝だろうな。

 それからも作業は進み、いいペースで原稿が仕上がっていく。


「そろそろ皆、お家に帰らないとね」


 時刻は11時過ぎ、もう遅すぎる時間だ。


「俺はもうちょい残るよ」

「あたしも連絡入れてるし大丈夫」

「わ、わたしも大丈夫ですよ……多分」


 月はわからないが、雷火ちゃんはさすがに帰らないとまずいだろう。

 剣心さんが鬼になってそうだ。


「う~ん手伝ってくれるのは嬉しいんだけど、今日はこのくらいにしましょう。皆明日があるでしょ? タクシー呼びましょうか」


 静さんがみんなを帰らせようとすると、突然彼女のスマホが鳴る。


「あらあら……賀上さんだわ……」

「静さん、電話出なくていいんじゃない」

「そういうわけにはいかないわ……」


 静さん本当に困ったような表情を浮かべつつ電話に出ると、仕事部屋を出ていく。


「どうしたんですか? 悠介さん、なんか怖い顔してますけど」

「連日このくらいの時間になると、編集の人が進捗チェックを称して電話をかけてくるんだ」

「えっ、もうこんな時間ですよ?」

「なんか向こうは、遅くまで仕事してるのが偉いと思ってる節がある」

「ちょっと迷惑な話ですね……」

「それだけじゃないんだけどね。この人の困ったところは」





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