第48話 オタは業界に幻滅したくない
俺たち三人は、部屋の外に出た静さんに聞き耳を立てる。
壁越しに電話の声を聞き取る。
「きょ、今日の分ですか? さきほど確認されたのでは? ちゃんとやってるか? は、はい……」
静さんは慌てて仕事部屋に戻ってくると、スマホをデスクに置き、FAXに原稿をセットする。
その様子を見て、
「あの編集が帰った後の4時間分の成果を見せろって言ってるの?」
「そゆこと」
「は? 4時間でそんなめちゃくちゃ進むわけないじゃない。マンガの編集なのにそんなのもわからないの?」
「聞いてれば賀上さんがどういう人かわかるよ」
俺は静さんがFAX操作をしているうちに、こっそりとスマホの通話をスピーカーに切り替える。これで向こうの音がこちらにも聞こえる。
「はい、今全て送りました」
『あ~、来ましたね。確認するんで少々お待ち下さい……』
確認すると言っても、この数時間でできた成果なんてほんの数ページだ。
『ん~これだけですか? 困ったな、もう締め切り近いのに……』
「あ、あの来週の締め切りには必ず全部仕上がりますので」
『いや、締切間際に全部持ってこられても困るんですよ。こっちもいくつか仕事抱えてますので』
締切に持ってきてはいけない締切とは一体なんなのか。
「す、すみません……」
『今、今月分のを全部通して見てるんですけど……ちょっと今日の分と整合性がとれてないと思うんで、もう一度ネームからやりなおしてもらっていいですか?』
「えっ? ……今からですか?」
『はい。今日できたページの分だけでいいんで、ちょっと表現がクドいと思うんですよ。これじゃ読者がキャラクターに感情移入できないです』
「あ、あのこれは先日賀上さんから説明が足りないから、もっと詳しく説明したほうがいいと言われましたので……」
『あれ? 僕そんなこと言いましたっけ? ……あー、なんか別作と混ざってるのかもしれませんね。とにかくリテイクお願いします』
「……で、でもリテイクもこれで4度目ですし、その、ネームが通った後のフルリテイクはこちらも時間の余裕が……」
『三石先生、僕はこれでも【週刊ジャンプアップ】で編集をつとめていたんですよ? 少年少女の心は僕の方がわかると自負してますけど』
「は、はい、その話はもう何度もお聞きしました……」
『やはり三石先生の作品には、常々刺激が足りないと思っているんですよ。今後の方向性としては、もう少し青少年の心を掴む方向で行かないと』
「は、はい……。その具体的には……?」
『そうですね……。ここで新キャラの登場はどうでしょうか?』
「新キャラですか?」
『例えば、敏腕編集キャラなんてどうでしょうか? そのキャラはとても有能で、女子高生にモテモテで、
「あ、あのそれはあまりにも唐突すぎますし……。ヒロインはずっと
『大丈夫です、もうキャラの名前は決めてあるんですよ。編集者カガミイチロウです。僕の名前、先生の作品で使ってもらって結構ですよ』
「あの、そういうことでは……」
微妙に会話が噛み合わないまま、どうでもいい新キャラカガミイチロウについて語る、編集者賀上一郎。
『どんな作品だってライバルがいれば面白くなるんですよ。バトルマンガを見てください、絶対魅力的なライバルがいるはずです』
「あの、それはバトルマンガですから……」
『わかってませんね。じゃあドラグーンボールで解説しましょう――』
賀上さんの素人でもわかる(皮肉)マンガ講座が続く。
普通こういうのって、方向性に困っている先生にアドバイスとしてするもんだと思うのだが、やはりこの人どこかズレているところがある。
『三石センセーにもご理解いただけたと思いますので、来月分は期待してますね』
「は、はい……」
妄想を聞かされ続け、疲れて折れてしまう静さん。
月はまたドンっと俺を肘で付く。
「何よこの、
「担当編集が先月からかわったんだよ。前は女の人でのびのびやらせてもらってたんだけど、賀上さんにかわってから土壇場のリテイクとか、今みたいに突然思いついた新キャラ出せとか言ってくるらしい」
「あの悠介さん、もしかして先月の恋夜が唐突な水着回だったのって」
「お色気が足りないって理由で、そうなった」
「そんな少年誌じゃないんですから……ママ先生も断れないんですかね? 売れっ子ですし、ふざけるな、作品は玩具じゃない! って怒ってみるとか」
「それができるマンガ家なんて日本で一握りしかいないと思う。基本的にマンガ家ってのは、web作家だろうが週刊作家だろうが掲載してもらってる立場だから、よっぽどのことがない限り編集と対立したくないんだ」
「それはそうね。マンガ家ってのは結局描くことが仕事だから、その後の製本やプロモーションに関しては全部出版社に任せるしかない。どう考えても立場は出版側が有利ね」
「普通の編集者さんは、そんな権力を傘に着るようなことはしないし、担当するマンガに自分と同姓同名のキャラ出しましょうとか言わないと思うけどね」
「マンガもビジネスだから、編集とはある程度の距離感をもって接するのが一番だと思うわ」
「でも賀上さん、めちゃくちゃ踏み込んできますね……」
もちろん的確なアドバイスをして、不人気作を人気作にしてくれる敏腕編集者もいることは間違いない。
実力のあるマンガ家に、業界を知る編集者が協力してくれれば鬼に金棒。ものすごいパワーを持つ作品が産まれるだろう。
俺たちが知ってる有名作品も、きっとそうやって二人三脚で生み出されたものだと思う。
だが、それと自分の価値観で担当する作品をいじくり回すのは全く別物である。
「あの人も多分悪気はないと思うんだけどな」
「そうかしら? あたしには有名マンガ家にマウントとって、気持ちよくなってるようにしか見えないけど」
的確に核心を突くのはやめろ。
「もしかしてお婆さんのお店を手伝えなくなったのって」
「編集がかわったせいで、ペース配分乱されまくってるから」
『わかってもらえましたか三石先生? 僕は”週刊ジャンプアップで編集をつとめていたんですよ”』
口癖のように出てくる、有名週刊誌の編集を勤めていたという過去の栄光。
「あれが変な自信になってるみたいですね」
「そこまで誇らしい実績なら、なんで少女漫画に移籍してきたのかしらね」
月は冷めた声で言う。
言わなくてもわかる。この人、多分他のマンガ家さんともトラブル起こしてるんだと思う。
『わかりましたら来月分のネームお願いしますね~。あっ、リテイク分は早急にお願いしますよ』
「は、はい……」
『じゃ、また明日伺いますので』
「あ、明日も来られるんですか?」
『やだな、三石先生には僕が必要ですよね? 大丈夫です、いい作品を作る為の努力は惜しみませんよ! 一緒に良い作品を作り上げましょう!』
「はは…………そ、そうですね」
静さんは困り果てながら電話を切った。
月は機嫌悪そうに、眉を寄せながらツインテを弾く。
「無能な働き者って最高に厄介よね」
だから核心をつくのはやめろと。
その後俺たちは静さんに帰宅させられ、水咲家のリムジンでそれぞれの家まで運ばれていた。
「ありがとう。手伝ってくれて助かったよ。静さんも喜んでた」
「気にしないで……それよりお姉さんのこと」
「うん、注意して見ておくよ」
「あんたも店の手伝いと、マンガの手伝いで無理してるんだから。あんま無茶するんじゃないわよ……」
「ありがとう。優しいな」
「バカ、そんなんじゃないわよ」
俺がリムジンから降りると、すぐにバンっと音をたてて扉は閉じられた。
◇◇◇
悠介と雷火を送り届けたリムジン内で、
「大分仲が進展しているようですね」
運転席の藤乃がクツクツと嬉しそうに笑う。
「うるさいわね。それどころじゃないの」
「トラブルですか?」
「藤乃、月刊コスモスの賀上って編集者調べて。もと集結社の社員よ。担当した作品もね」
「かしこまりました」
「月刊コスモスの編集長って今連絡とれるの?」
「現在取材で国外にいると聞いています」
「呼び戻して」
「少しお時間がかかると思いますが」
「できる限り速く迅速によ。水咲がカンカンと伝えなさい」
「かしこまりました。多分すぐに帰ってくるでしょう」
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