第111話 静とスランプ作家Ⅱ
それからも俺はアシスタントというより雑用という感じで、頼まれた眠○打破とエネルギー飲料を買いにコンビニ行ったり、部屋の掃除なんかをしていた。
今日何しに来たんだっけなと思いつつ、資料用と思しきエロマンガを片付ける。
『姉弟禁断』
『ママ息子禁断の関係』
『家族が俺のことを好きすぎて禁断系だった』
『禁断の異世界召喚、魔法陣から母ちゃんが!?』
などのやたら禁断多すぎて、最早禁断でもなんでもないタイトルを眺める。
「魔法陣から母ちゃんだけはちょっと読んでみたいな……」
多分出落ちだと思うが、タイトルがキャッチすぎる。
この母は異世界人なのか、はたまた魔族なのか出自が気になるので後で通販でポチろう。他にもリアル資料と思われる、避妊具や拘束具、手錠やアイマスク、園児用のスモック、保母さん用のエプロンなどコスプレ衣装が見つかる。
「哺乳瓶とかガラガラはどういう状況で使うんだ?」
こういうの経費で落とすのかな、なんて考えていると夕方の5時を過ぎた。
これ以上待っても原稿上がってこないと思ったのか、柚木さんは早々に「オツカレシター」と帰宅。
俺も清汁郎先生のツイッター見てるだけなので、そろそろ御暇したほうがいいかなと思う。
そんな時清汁郎先生のスマホに連絡が入った。電話に出ると、先生はひたすら平謝りしている。
「すみません、すみません」
『アシスタントの方も無理してきてくださってるんですから、このタイミングで描いていただかないと、ほんとに終わりませんよ』
スピーカーボリュームが大きくて、やりとりがこちらにも聞こえてくる。話し相手は恐らくラフレシアの担当編集だろう。
「すみません」
ペコペコと謝り続ける清汁郎先生の目の下には真っ黒いクマ。
デスクの上を栄養剤だらけにしながら平謝りする姿は、見ていて本当に気の毒に思える。
いや、でもこれが商業作家という奴なのだろう。スランプやトラブルを乗り切ってこそプロ。どのような状況でも成果物を求められる、クリエーター業とは厳しい世界だ。
その後は清汁郎先生がグズりつつ、とにかく頑張るという無策で通話は終了。
「あの、大丈夫ですか?」
グズグズになってしまった清汁郎先生に声をかける。
「これで人気なかったら、連載打ち切られる……」
なるほど……それもプレッシャーになってるわけか。
読者、編集、人気、締切。作家って命削りながら守るもの多すぎない?
先生はグイッとモンスターエンジンを一気飲みすると、再びデスクに向かう。
大丈夫かこの人、マジでカフェインとりすぎて死ぬんじゃないか?
「これ……」
心配だったのでしばらく様子を見守っていると、清汁郎先生は俺に20数ページほどの原稿を手渡してきた。
「これは?」
「読んで……下さい」
「俺でいいんですか?」
「勃起したか……聞きたいです」
読者の快感指数はエロ漫画家にとって死活問題なんだと思うけど、美人の女性作者を前にそれは答えづらい……。
パラパラっと目を通すと、なんだかんだで下書きは結構進んでる。これを仕上げれば、体裁だけは整いそうだが。
「…………」
全てを読み終わってみて、感想としてはそんな酷評される内容ではないと思う。キャラは可愛いオネショタ系だし、しっかりストーリーあるし、背景書き込まれてるし。
ただ今夜は君に決めた! ってなるかと言われると、確かにう~んとなるかもしれない。
俺の顔を見て微妙だったと察した清汁郎先生は、またもグズっと目尻に涙をためる。
「わ、悪くはなかったですよ! 全然! 気を落とさないで下さい!」
「何がダメか、教えて下さい……」
「何がダメか……」
そう言われると難しい。ヌけないエロ本って、何か足りないというか、何か多いというか。
それがなんなのか口では言い表せないもどかしさ。
「良いとこなら言えますよ! キャラが可愛くて、弟モノ好きなんだなってひしひしと愛が伝わってきます! きっと並々ならぬ気持ちで描かれてるんだなって読んでてわかりました!」
「……弟、5年前に死んで……もっと仲良くしておけばよかったなって気持ちで描いてます」
重い……重すぎますよ……清汁郎先生。まさかそんな気持ちでエロ漫画描いてると思わないですよ。
完全に地雷踏み抜いて、半身なくなったような状態になってしまった俺はなんとか取り繕う。
「いや、でも、このママキャラも凄く美人で、俺もこんなママがほしかったなぁ」
そう言うと、今度は静さんが不安げな表情をしながら乳でドンっと俺を押してきた。
私は? と聞きたいらしい。
再確認しておきますが、あなたはママではありません。マンガキャラにヤキモチ焼かないで下さい。
清汁郎先生は再び困った顔をしながら執筆に戻る。
俺はこそっと静さんに、マンガ業界の話を聞いてみる。
「ねぇ静さん、こういう作品のアドバイス的なことって編集さんしないの?」
「ん~どうだろ? 私も最初の頃はあんまり打ち合わせとかなかったかな。webコスモスの読者投票で、一位とった後はお話増えたかも」
なるほど、極論
編集さん一人で沢山作家抱えてるって言うし、一人一人に対して優先度をつけないと仕事が回らないのだろう。
まぁこの人売れてないし、アドバイスなくてもいいやって思われるのもどうかと思うけどな。
時間と人材は有限なので、人気が出るかもわからない作家にリソースをさけないということなのかもしれないが。
ツイッターで清汁郎先生の名前でサーチしていると、彼女の過去の経歴が出てきた。
元壁サークル【ワイルドフォレスト】の一人だったらしいが、商業誌に引っ張られて以降パッとしないとのこと。
ファンからは商業誌デビューおめでとうと祝福の声も多いが、同人業界を捨てたと裏切り者扱いするファンもいる。というかそっちの方が多い気がする。
「ん~……ツイート見る限り、清十郎先生がアンチ大量に作るような人間には見えないけどな」
異様なアンチの多さに首を傾げていると、つい数分前に投稿されたツイートで気になるものを見つけた。
『毒リンゴ:清汁郎先生、締切間に合わなくてラフレシア干されるらしいンゴwwwww』
なんだコイツ? なんで今の清汁郎先生の状況知ってるんだ?
毒リンゴと書かれたアカウントを開いてみると、どうやら清汁郎先生の熱心なアンチなようで、先生のツイート一つ一つに噛み付いている。
「適当に言ったデマが、たまたま今の状況に刺さっただけか?」
でもこの状況知ってるのってラフレシア編集部くらいだろ。
まさかと思うけど、編集の誰かが内部リークしてるのか?
「だとしたら許されんな」
すると毒リンゴのツイートが更新される。
『惨め清汁郎、打ち切りの前にさっさと同人の海に帰るンゴwwww帰ってもオメェの席ねぇけどwwwwww』
言いたい放題のアンチに、なぜか俺のほうがカチンと来てしまう。
コイツにガチャガチャ言われたくない一心で、俺は清汁郎先生のネームと、資料用のエロ漫画を見比べる。
それからしばらくして、思いついたことをメモに箇条書きにしていく。
「よし……清汁郎先生ちょっといいですか?」
「何……ですか?」
俺はネームと売れ筋のエロマンガ片手に気づいたことを話す。
「とりあえず俺の思ったことを話しますね。思ったことをそのまま伝えますので、上から目線になってしまうのをご了承下さい」
「……はい」
「まずですね、先生の作品はエロマンガにしては背景が気合入りすぎです。読者は女の子に集中したいのに、変に脳のリソースが背景に引っ張られます。またページに限りがある中で、シーンに至るまで約8ページのストーリーパートがあるのもよくありません。導入部をしっかり描きたいという気持ちはわかりますが、どうしてもストーリーを入れたないなら、エロを交えながらストーリーを差し込みましょう」
売れてるエロ漫画は1ページ目からいきなり始まってるでしょ? と見せる。
「またショタが脱いだら巨大だったというのは解釈違いが発生する危険性があります。俺は別にいいと思いますけど、巨大なのにウケというのはさすがにおかしいかと。また清汁郎先生は画力が高いことが特徴ですが、飛び散る汗すらキラキラトーンで綺麗というのはどうかと。セッ……とは本来動物の本能的行為ですから、もっと生々しく描いてもいいんじゃないでしょうか」
「ゆ、ユウ君、めっちゃ語るね……」
分析結果に若干引いてる静さん。
俺の言葉にコクリコクリと頷く清汁郎先生。
それから再度書き直しが行われるが、しばらくしてまたペンが止まってしまう。
「息子に夜這いをかけるママがうまく描けない……」
「う、う~ん絵の技術的なところは……」
俺ではどうにも。
すると静さんが、あらあらまぁまぁと慈愛の女神が、良いこと思いついちゃったって表情をする
「それなら私達が一肌脱ぎましょうか」
胸の前でパンと手を打つ静さん。
「どういうこと?」
「私とユウ君で、そのシーンをやりましょう」
「何を言ってるの静さん?」
正気か? ベッドシーンやぞ。
「真凛亞ちゃん、私とユウ君は義姉弟だから参考になると思うの」
「そこのベッド使って下さい。……できれば二人共裸か下着でやっていただけると助かります」
「わかった。任せて」
さっそうとセーターを脱ぎ捨て、コスプレ用のエプロンを身につける静さん。
そのままシュルリとブラジャーまで放り捨ててしまう。
「静さん、お願い一旦止まろ?」
落ち着こ?
「……あの箱の中に小物もあるので、よければ使って下さい」
「は~い、どれにしましょうかしら」
清汁郎先生が指さすのは、さっき俺が片付けていたリアル資料が入っていた箱。
静さんはその中でガラガラと哺乳瓶の上級アイテムを持って、俺にジリジリと迫ってくる。
「ユウく~ん、ママと遊びましょうね~♡」
ガラガラを鳴らす裸エプロンの静さん。
待って役に入るの早すぎる。
「静さん、せめて姉弟設定にして!!」
清汁郎先生はベッド方面に追い詰められる俺を見て、さっきまで死にかけのゾンビみたいな顔してたのに、今は敏腕A○カメラマンみたいな顔でデジカメとビデオカメラを向けてくる。
「ハァハァハァハァ、インモラル……インスピレーションが凄く湧き出てくる」
「ユウ君、ママちょっとドキドキしてきた」
マンガ家って変な人多くない!?
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