第200話 俺を家族にする権利をやろう

 日の落ちたアリスランド内はリアル鬼ごっこみたいになっており、無数の黒スーツの男たちが必死にオタクをかき分けながら俺たちを探している。


「玲愛さん、こっちです。灯台もと暗しを狙って、ここに隠れましょう」


 そんな中、俺たちは点検中のジェットコースター乗り場に身を潜めていた。

 このコースターは山野井と一緒に何十回と周回した思い出深い場所で、今現在は運休しており客もスタッフもいない。

 ただレールにはコスプレイベントに合わせた電飾が巻かれており、クリスマスイルミネーションのようにピカピカと煌めいていて綺麗だ。


「あれナイアガラ電球って奴ですかね」


 レール上から滝のようにぶら下げられたLED電球は、虹色の光を放っており派手好きの月が好きそうだ。

 停車中のコースター近くに身を潜めると、ドレスの裾を汚した玲愛さんは、俺の腕をパシッと振り払う。


「離せ殺すぞ。どういうつもりだ?」


 彼女から絞り出された声は低く威圧的で、並の男なら萎縮してしまうだろう。


「どういうつもりもありません。俺はあなたの結婚を阻止しに来ました」

「お前は父上を怒らせた。今が収まったとしても、確実に伊達家から追放される」

「はい、わかってます」

「ならなぜ!?」


 歯を食いしばり痛みに満ちた表情を見せる玲愛さん。


「あなたが火恋先輩や雷火ちゃん、俺のことを守っていてくれたことは知っています。でも、あなたを守ってくれる人は誰もいない」

「悠介、何度も言うが私は守られる人間ではないのだ。伊達家に連なる関連企業、社員数は数千万を超える。私には彼らの生活を守る責任があるんだ。伊達家の中で誰か一人は、己の存在を犠牲にして中枢機能にならなければならない。それはやむをえないことなんだ」

「やむをえないってなんなんですか!? 個人を犠牲にするなら、玲愛さんじゃなくていいじゃないですか!」

「違う曲解するな! 私は自分という存在が消えることに不満はない、それが伊達家に生まれた宿命だ!」

「家を盾にするのはやめて下さい! 雷火ちゃんから全部聞いてるんですよ、あなたは過去のことで俺に対して負い目を感じてる!」

「!」


 玲愛さんの氷細工みたいな表情が一瞬崩れ、切れ長の瞳が見開く。


「昔俺の両親が死んだ後、本当なら伊達家に引き取られるはずが、玲愛さん、あなたの意見で見送られた。その結果俺は親戚をたらい回しにされ、暗い幼少期をすごした。そのことを気にしてるんでしょ!?」

「…………」

「俺わかってるんですよ、あなたが頑なに自己犠牲をやめない理由。あなたは過去の自分にずっと許してもらえていない。俺を見捨てたという罪が呪いみたいにあなたの心を締め上げ、幸せになることができないんだ!」


 俺は別に玲愛さんに見捨てられたことを恨んでなんかいない。

 伊達家が孤児を引き取るかどうかなんて引き取る側の自由であり、それに対して怒りを覚えるのは筋違いと分かっている。

 だが俺は怒ってません、怒ってないことに罪なんかないんですよと言ったところで彼女は自分を許さない。だから当時俺が思ったことを洗いざらい全部ぶちまける。

 こっからは取り繕ったり気を使った言葉はなしだ。


「両親が死んだ後、俺はなんとなくだけど伊達家に行くんだって理解してました。でも、なぜか全然違うところをたらい回しにされ、怖い人に育てられたりもしました。時には命の危険を感じるくらいの虐待を受けたこともあります」

「…………」

「なんで俺は知らないおっさんに毎日殴られてんだろってずっと思ってました。正月に伊達家に連れて行かれた時、あなた達姉妹が綺麗な服を着て出迎えてくれた時、羨ましいと思った。俺もあなた達の家族になりたかった、そっち側が良かった。苦しくて辛くて泣きそうで痛かった、でも俺は家族じゃないからしょうがないんだって歯を食いしばった!」

「…………」


 気づけば玲愛さんの両目から涙がこぼれ落ちている。

 当然だ、俺は今玲愛さんの傷口をえぐっている。だけど俺がこの傷口にちゃんと触れて、突き刺さった楔を抜いてやらないとダメだ。そうじゃないとこの傷は永久に彼女を苦しめ続ける。


「だからこそこの10年どれほど苦しい思いをして、貴様と妹を結びつけるために動いたと思っている!? お前はこのまま火恋と雷火と結ばれれば家族になれるんだ、それでいいだろ!」

「よくないです! 本当なら俺は伊達家全員と家族になるはずだったんだ、その中には貴女も含まれている!」

「ふざけるな、伊達三姉妹全員を要求するつもりか!? 私がいなくなったら誰が伊達を回すんだ!?」

「オタクに大企業の舵取りなんか聞かれたって知りませんよ! 大体玲愛さん一人いなくなるだけで破綻する伊達家がおかしいんです!」

「何も知らない子供が利いたふうな口を叩くな!」


 なんで私はこんなにもお前たちを守ろうとしているのに、伝わらないんだって玲愛さんは思ってるかも知れない。だけど俺だって一緒なんですよ。


「俺は許嫁に伊達玲愛の追加を要求します! さもなければ許嫁を辞退します!」

「ぐっ……お前!」

「俺が許嫁から辞退すれば、伊達家は俺を守る理由はなくなり、剣心さんは遠慮なく俺のことをボコボコにできます。恐らく二度と伊達家の敷居は跨げなくなるでしょう」


 そうなれば玲愛さんの組み立てた10年計画は全て無に還る。


「そのつもりで父上を怒らせたのか」

「俺は怒ってます、勝手に愛の無い結婚式を受け入れ伊達の部品となってしまうバッドエンドにしようとした貴女を! 妹二人に自由を与える代わりに、自分の幸せになる権利を放棄して人間としての死を選んだ貴女を!」

「……」

「そんな誰よりも愛が深い女性の苦しみに気づいてあげれなかった、俺自身にも腹が立っています!」


 俺はパーンと自分の頬を自分で叩く。


「だから貴女は幸せにならなければならない! よって貴女は俺の許嫁にならなくてはならない!」

「お前言ってること滅茶苦茶だぞ!」

「無茶苦茶じゃないです! 貴女が幸せになるには俺と家族になるしかないんだ!」


 10年前、俺を拒絶してしまったことを死ぬほど後悔している玲愛さん。

 玲愛さんに見捨てられ死ぬほど傷ついた俺。

 その二人が幸せになるには、10年間の苦しみを払拭できるくらい幸せな家族になるしかない。これ以上単純なことがあるだろうか。


「貴女は俺を家族にしたくないのか!?」


 傍から聞くと、全く意味不明な質問である。


「ぐぐぐ…………」


 解答は拒否ではなく沈黙。玲愛さんの犬歯がむき出しになってて超怖い。


「ここまで俺を拒否するってことは、玲愛さんは俺のことが嫌いなんですよね!?」

「なんでそういう話になる!?」

「だってこれみよがしに結婚しようとしたり、首輪外したり、面と向かって嫌いって言いましたよね!?」

「違う、そうじゃない!」

「じゃあ好きなんですか!?」

「お前は私に何を言わせようとしている!?」

「ここから先は感情論の話ですよ! これはもう玲愛さんが面食いで、内海さんみたいなイケメンじゃないと満足できないってことですよね!?」

「顔なんか関係ない! 私の好みは歳下だ!」

「それって」

「う、嬉しそうな顔をするな!」


 玲愛さんも段々こちらにペースに飲まれていると気づき始める。


「俺は玲愛さんのこと好きなんですよ!」

「そ、そういうのは妹に言え、わ、私じゃないだろ!」


 どもる回数が増えたな。


「いーや言いますよ、俺は伊達玲愛がぁ~!」


 思いっきり息を吸い込むと、玲愛さんがアサシンみたいな動きでこちらの口をふさぎ腕を固める。

 俺はその頬が赤らんでいることに気づいていた。


「お前はバカか!? 隠れているのに大声を出すな!」

「ふがふが、じゃあ言ってくださいよ! 悠介愛してるぞぉって!」

「言えるか馬鹿者! 大体これだけの計画を立てている時点で察しろ!」

「人間”言葉にしないと伝わらないんですよ!”貴女はこの許嫁計画で一体俺に何を伝えたかったんですか!?」

「!」


 玲愛さんは目を見開くと、悲しげな表情を浮かべる。

 そう、別に俺は許嫁計画がほしかったわけじゃない。たった一言言ってもらえればそれで――


「ユウ……ごめんな、あの時見捨てて……」

「許す」


 やっとたどり着いた。このごめんと許すのやり取りをする為に、どれだけ回り道をしたのか。

 これで楔は抜け、彼女の傷は消えるはずだ。


「俺も苦しい思いをしている貴女に気づけなくてごめんなさい」

「謝るな……全て私が悪い」

「いえ、伊達の中枢になるって覚悟した時絶対怖かったですよね。妹たちと別れなければならないと思った時苦しかったですよね」

「…………」


 玲愛さんは小さくコクリと頷き、聞き取れないくらい小さい声で呟く。


「覚悟はしている。でも……独りは辛い……。これがお前を見捨てた罰だと言い聞かせた。でも……皆と別れたくない」


 独りで生きている人間なんていないんだ。それは玲愛さんとて例外ではない。

 今日から己を殺して、伊達を回すだけのマシーンになってもらうって言われたら誰だって怖いだろう。だからこそ彼女は氷のペルソナを被り、己の不安、欲望、甘えを封印した。


「一人で背負うんじゃなくて俺や雷火ちゃん、火恋先輩で苦しいことを4等分にして、楽しいことや嬉しいことは4倍にしましょう。玲愛姉さん」


 そう微笑んで見せると、彼女のペルソナは剥がれ涙がこぼれ落ちた。





―――――

次回玲愛編クライマックス

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