第201話 馬鹿者

 ジェットコースター乗り場の外から、レールに取り付けられたナイアガラ電球の光が差し込み、ロマンチックな雰囲気が漂う。

 俺と玲愛さんは抱き合い、しばし涙を流す。

 玲愛さんが顔を離すと、唇が小さく震える。


「お前はいつもまっすぐに優しいな」

「3股しようとしているクズが優しいかどうかはかなり疑問ですけどね」

「…………私は、私は……歪んでいる」

「知ってます。伊達家で歪んでない人はいないですよ」

「無愛想で、悪名高くて、恐れられてる」

「……でも裏側は家族想いで、とても繊細な人」

「人を素直に信用することが出来ない」

「ほんの数人信じられる家族がいればいい」

「嫉妬深いし、重い女だ」

「ツンデレイア可愛いじゃないですか」

「人との距離がわからない」

「俺となら零距離でいいですよ。COME ON!!」

「…………馬鹿者」


 彼女の声はとても愛情に満ちていた。

 玲愛さんは俺のチェックシャツをぐいっと引っ張ると、息がかかりそうなくらい顔を近づける。


「ユウ、お前は私に姉を望むか? それとも女を望むか?」

「めちゃくちゃやべぇ質問しますね。それ女って言ったらどうなります?」

「この格好の相手がお前になるだけだ」


 玲愛さんは自身のウェディングドレス姿を見せる。


「ケケ、ケッコン」

「白無垢のほうが好みか?」

「いえ、ドレスがいいです。とても美しい」

「…………」


 赤面した彼女の顔が一瞬へらっとニヤけた。

 初めて見る表情だ。しかし、熱で溶けた顔をすぐにパンパンと頬を叩いて元の氷細工に戻す。


「大丈夫ですか?」

「その程度の世辞慣れているはずなのだがな……思いの外深く刺さった」

「美しい」

「やめろ馬鹿者」


 そっぽを向く赤面玲愛。この人、実は攻められると弱い?


「しかし、どの国籍をとったら重婚が認められるんだろうな。確かアフリカ系はかなり多かったはずだが、日本からだとインドネシアが近いか。まぁ伊達の本拠地をインドネシアに移すと言ったら、日本政府も特例として認めてくれそうだが」


 そりゃ死ぬほど税金払ってる伊達が、重婚したいんで国籍変えるわって言い出したら政治家が列をなして止めに来そう。


「伊達の動きで日本経済が傾く……」

「時間がかかってもいいなら、重婚賛成の政党を立ち上げて法改正に持っていかせることもできるが」


 日本の政治が伊達の玩具になってしまう。


「それと当たり前だが私を許嫁にするなら、跡取り問題解消に私も参加する」

「そういやこの許嫁の話、跡取りを作るって名目でしたもんね」

「分家の権力にしがみつくバカ共をねじ伏せるのが面倒だ。そうだ、いっそもう腹をでかくした状態で話をしたら奴らも黙るだろ」

「ボ、ボテ腹」

「ヤってしまったものは認めるしかない。ククク、母子手帳でも叩きつけてやれば分家のジジババ共が泡ふいて倒れるかもしれん」


 凄い悪い顔をしていらっしゃる。

 この人も多分ペルソナを長年被り続けたせいで、人格が乗っ取られたタイプだな。


「あっ、そうだ玲愛さん、これいります?」


 俺は自身の手首に巻かれた、革製の首輪をとってみせる。


「ああ……巻いてくれ」


 玲愛さんが後ろ髪を持ち上げるので、俺は首輪を白く細い首に巻く。

 年上のお姉さんに、首輪をはめるというのはなんとも言えぬ背徳感がありドキドキする。

 彼女は装着された首輪を撫でると、優しい声で「おかえり」と呟く。

 これで全てが元に戻った。手錠から始まったこの物語はようやく一つの着地点に降り、玲愛許嫁参加エンドを迎える。

 きっとまだまだ俺たちを困難が待ち構えていると思うが、それも皆で乗り越え楽しい思い出に――


「ここにいたぞ!」


 締めの空気に入っていたのに、ダダダダっと無粋な足音が響く。

 黒服のガードマンが俺たちの存在に気づき、ジェットコースター乗り場に押し寄せてきたのだ。


「まずい」

「逃げるぞ」


 逃げると言っても、ジェットコースター乗り場に出口は一つしかなく、当然そこは黒服によって封鎖されている。

 よって逃げ場は本来ライドが走行するレール上に降りるしかない。

 俺と玲愛さんは手をつないで、電飾が施されたレール上に降りて外に出るがすぐに足が止まった。

 地上約45メートルに位置する鉄骨は、少し下を向いただけで目がくらみそうになるほど高い。

 本来真っ暗なはずのレールには電飾が巻かれているおかげで、なんとか足を踏み外さずにいられる。

 しかしながら人間は本能的に高い場所を恐れる生き物であり、命綱もなしにジェットコースターレールを歩くなんて不可能に近いのだ。


「お二方とも、そのまま動かぬようお願いします」


 追ってきたガードマンはその手に銃みたいなものを握っており、こちらに銃口を突きつける。


「なんですかあれ?」

「テーザーガンだ。針形の電極を飛ばし、高電圧を流し込む」

「あぁFBIとかが使ってる奴ですね」


 俺たちは逃げた獣かよと言いたい。


「玲愛さんが言って、なんとか銃を下げさせてもらえないですか?」

「無理だな、あれは父上専用のガード。父上以外の言うことは聞かん」


 なんてこったい。威嚇だとは思うが、もし玲愛さんに当たったらどうするつもりだ。

 そこにカランコロンと下駄の音が響く。


「悠介、ようやく見つけたぞ」


 出たな義父様。

 遅れてやってきた剣心さんが、レール上に降り立つと、ギラッとした視線をこちらに向ける。


「玲愛、そこは危険だ大人しくこちらに戻れ。式を急いだのは謝る。お前は何も悪くない」

「…………」

「式をめちゃくちゃにしてくれた内海家と三石家に全責任をとらせる。それからお前の婚約者は、もっとちゃんとした人間をワシが選んでやろう」

「父上、その件ですが既に私の中で整理がつきました」

「おぉ、そうかでは……」

「三石悠介を、私含めた火恋と雷火の許嫁とし、跡取り問題解決には我ら姉妹全員でとりかかります」

「ほぁ? な、何を言っとるんじゃ玲愛?」 


 鳩が豆鉄砲とはこのことか、口をポカンと開けて目をパチパチと瞬かせる剣心さん。


「また内海家に関しては一切責任を追求せず、かわらぬ支援を続けます」

「待て待て待て! 何を言っとるんだお前は!? そんな勝手なこと許さんぞ!」

「そもそも許嫁の話は私と当人が決めるべきことであり、父上はあくまでアドバイスを行うだけで許しを得る必要はないと考えています」

「それは火恋と雷火の話であろう!」

「いえ、私も含まれています。なんなら長女である私がその責務を果たさなくてはなりません」

「それにはちゃんとした相手が必要ではないか!」

「様々な観点から見たところ、この男が一番相応しいと判断致しました」

「相応しくない! 相応しくない! こんな野良犬のどこが相応しいんじゃ!?」


 本心を隠す気もない剣心さんは、アホかお前は!? とレールの上で地団駄を踏む。


「どこが……強いて言うなら、私がこいつの子なら産んでも構わないと思ったところでしょう」

「何を言っとるんじゃお前は!? 急に頭パーになったんか!?」

「父上ふざけたことを言わないで下さい、冗談は嫌いです」

「ふざけとるのはお前じゃろ!」


 傍から見たら剣心さんの言ってることのほうが正しいと思う。


「いや、なんかすみません義父さん。こんなことになっちゃいまして」


 俺またなんかやっちゃいました? という感じで謝ると、剣心さんの顔が憤怒の形相にかわる。


「ぐぐぐ、三石悠介、貴様玲愛にまで手を出しおって……」


 剣心さんが手を振って指示を出すと、テーザーガンを持った黒服が前に出る。


「あまりガタガタ言うのなら無理矢理にでも連れて帰る。玲愛、お前は少し休め」

「父上、その銃を下げて下さい。ここで使うのは危険です」


 すっかり忘れていたが、ここはジェットコースターレールの上。

 下から吹き上げる風で一瞬体がよろめき、レールから落ちそうになって肝を冷やす。テーザーガンなんか当たったら、間違いなく真っ逆さまに落ちるぞ。


「ならん、玲愛お前は早くこっちに戻ってこい。さもなくば……」


 剣心さんの目が一瞬俺に向く。

 やっぱり俺が狙いですよね。


「さもなくばなんなのです? 悠介を撃つと言いたいのですか?」


 うぉ、凄い圧だ。玲愛さんの固有結界絶対零度が発動し、剣心さんですら足が震えている。

 多分マンガだったら氷系のマンジ解してるぞ。


「悠介の身の安全が最優先です。こいつに何かあったら……私は貴方を許さない」

「……………………銃を下げろ」


 長い沈黙だったが、圧負けした剣心さんが首を振ると黒服がテーザーガンを下げる。

 しかし、なぜか後ろに控えていた黒服が同種のテーザーガンを取り出し、こちらに向けてトリガーを引く。


「なっ!?」


 パンっと玩具みたいな音をたてて飛んでくる電極はスローに見えた。

 俺の胸めがけて飛んでくる針は、恐らく触れれば感電し、そのままレールから滑落することだろう。


「ユウ、どけ!!」


 だが俺の前に玲愛さんが割って入り、白薔薇に包まれた胸部に電極を受ける。

 彼女の体が電撃でビクンと震えると、体から力が抜けぐらりと崩れる。


「ぐっ」

「玲愛さん!」

「バカモンなぜ撃った!?」


 玲愛さんの体は手をのばす間もなく、地上45メートルの高さから転落する。

 勿論命綱なんてつけていない彼女の体は、重力に引かれ落下。


「玲愛ぁぁぁぁ!!」

「「「キャアアアアア!!」」」


 剣心さんの低い叫びと、コースター周辺で見ていた客の悲鳴が響く中、俺はレールを蹴ってその後を追った。


「玲愛さあああん!!!!」


 頭おかしいとしか言いようがないと思うが、俺は決死のダイブを敢行し、頭から真っ逆さまに落ちる玲愛さんの体を空中で捕まえる。

 当たり前だが、このままだと滑落死体が増えるだけでなんの意味もない。

 俺は目に入ったレールから垂れ下がるナイアガライルミネーション電飾のコードを掴んで減衰を試みる。

 

「止まれぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 だが人間二人分の体重を支えられず、掴んだ手がLED電球を砕きながら下降していく。

 壊れた電球がスパークして火花を放ち、割れたガラス片が掌をえぐり、肉にめり込んでくる。激痛に涙が出て視界が霞むが、今はこの腕に抱きかかえられた女性を落とすほうが怖い。

 例え肉が全て削げ、骨だけになっても絶対に手放すな!


「…………」


 体感的に落下は10秒近くに感じたのだが、恐らく実際は5秒にも満たない程度だっただろう。

 俺の腕に抱かれた玲愛さんが上を見上げる。

 俺は誇らしげに笑った。


「なんとかなりましたね」

「馬鹿……者」


 落下は地上5メートルまで迫った位置でなんとか止まってくれた。

 その代償として、血まみれの俺の利き手は全く感覚がない。

 どうやって今コードを握っているのかもよくわからないが、落下してないから別にいいだろう。

 それからすぐにサイレン音が響き、アリスランドに消防車と救急車が入ってくるのが見えた。




―――――

次回エピローグにて玲愛編完結となります。

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