第202話 お前たちがオタの翼だ 玲愛編エピローグ
◇
ジェットコースターレールから転落し、病院に緊急搬送された俺は控えめに言って重症だった。
右鎖骨と腕の骨にヒビが入り、手は感電と火傷に裂傷。掌の中に入り込んだガラス片の除去を行い、今は包帯でガッチガチに固められている。
医者からは指が吹っ飛んでなくて奇跡だよHAHAとか言われた。
なにわろてんねんと言いかけたが、世界的名医らしいので言葉は口の中に飲み込む。
しばらく入院が必要なレベルなのだが、伊達家の最新医療技術を使わせてもらっているのでそのうち治るだろう。
◇
あの事件から約2週間後――
退院した俺は伊達家の和室で正座しており、俺の左隣を伊達三姉妹が年齢順に並んで座っている。
ようやく俺の容態が落ち着いたので、今回の事件の沙汰が下されることになったのだ。
いつもは10分くらい平気で遅れる剣心さんなのだが、時間ぴったりに客室にやってくると漆塗りの座卓を挟んで正面に腰を下ろす。
「む、むぅ……」
包帯で腕を吊った俺を見ると、剣心さんはどこか居心地が悪そうにしながら一つ咳払いをする。
「悠介よ、ケガの具合はどうだ」
「指の第一関節が動くようになりました」
「……そ、そうか。お主はまだ事情を聞いていなかったと思うが、テーザーガンを発射した者は、お主のことをよく思っておらぬ分家の息がかかったものであった。正しく獅子身中の虫という奴だなガハハハハ……ハハ」
剣心さんの笑いに全く無反応な三姉妹が、冬空より冷たい冷気を放っている。
(パパの空気の読めなさがここまでだったなんて……)
(悠介君も姉上も一歩間違えば死んでいたのだ。笑い事ですませていい話ではない)
雷火ちゃん達が聞こえる声量で呟く。
剣心さんはその声を遮るように大きな咳払いをする。
「ウォッホン、二度とこのようなことが起こらぬよう、背後関係を洗い出し厳正な処分を下す。そ、そもそもあのような危険な場所に出たお主たちも悪い」
「俺たちを追い詰めたのは剣心さんのような気がしますが」
「わ、ワシばかりが批難に晒されているが、悠介お前が結婚式を滅茶苦茶にしなければこんなことにはならなかったのだぞ。そのことはわかっているな?」
「はい、申し訳ございません」
「ワシにも非はあるが、お主にも非はある」
(パパ、なんとか責任を半々にしようとしてるけど、悠介さんが姉さんの命救ってるからどう考えてもそうはならないですよね)
(大体なぜあの場所でテーザーガンを使う必要があるのか。そもそも日本では違法――)
雷火ちゃんと火恋先輩が聞こえる声量で以下略。
剣心さん滅茶苦茶逆風だな。それもそうか、間接的とは言え玲愛さんが死にかけたわけだし。
そう考えると生きてて良かった。三石悠介、伊達玲愛死亡エンドも全然あったぞ。
「それで、お主の処遇についてなのだが……」
三姉妹の目がギラッと鋭くなる。
ここで伊達家追放とか言い出したら、暴れ倒すぞと目で語っている。
「……玲愛、火恋、雷火の許嫁として、今後とも励むように」
「い、いいんですか? 玲愛さんまで」
剣心さんの顔は「よくないわ馬鹿者が」と言いたそうだが、
苦虫を噛み潰した表情で頷く。
「悠介さん、実はママが先週退院しまして」
「お母さんって烈火さんだよね? 確か体調を崩していたっていう。よくなったの?」
「はい、ねっ玲愛姉さん」
雷火ちゃんの意味深なパスに、玲愛さんはほんの少し頬を染める。
「お前の話を……したら、元気になられた」
「姉さんかいつまみすぎですよ」
「母上に、我ら伊達家が悠介君を受け入れ、家族になれるだろうと伝えたのだ」
「そしたらママったらみるみる元気になっていって」
烈火さん、俺のこと気にかけてくれてたからな。
もしかしたら心配事が消えて元気になった? と思うのはおこがましいか。
そんなことを考えていると客間の襖が開かれ、着物姿の女性が姿を現す。
「母推参」
玲愛さんを和風美女にして年齢による貫禄を持たせたような女性は、長らく見ていなかったが烈火さんで間違いない。
体調を崩す前は伊達財閥を統括していた女傑で、その覇気は今でも健在だ。
「ユウ坊でかーなったな」
関西訛の独特のイントネーションと、女性にしては低い声音。
なんというか烈火さんには極道の女みたいな凄みがある。
「烈火さん」
「あんたの話は娘から聞ーとる。昔と変わってないみたいで安心したわ」
「烈火さんは少し痩せましたね」
「病気のせいや。そんなことよりあんた酷い怪我やな」
烈火さんは俺の前で正座すると、ガチガチに巻かれた右手に触れる。
「いえ、この程度で玲愛さんを助けられたので」
「よぉやった、男の子やないか。ウチもあのシーン動画で見たわ。最近は凄いな、SNSって奴で事故の瞬間まで見れてまう」
「落下の瞬間、撮影してた人が多かったみたいですね」
「玲愛が落ちた直後に、ユウ坊も一緒に飛び降りて、ウチほんま心臓止まるか思たわ。そこにおるボンクラは何しとってん」
肩身の狭い剣心さんは、どんどん小さくなっていく。
「そんで電飾掴んでバチバチバチって火花上げながら落ちてったやろ。もうあんなん映画やで」
「無我夢中で」
「無我夢中でもできることちゃう。……玲愛」
「はい」
「あんたユウ坊に命一個貰ってるで」
「理解しています」
「許嫁の話も聞いとる。あんたも跡取り作るって」
「そのつもりです。ですが伊達のお役目も必ず――」
「しばらくええわ。ウチとそこのボンクラがやるさかい」
「しかし……」
「勿論手伝いはしてもらうで、でも跡取り問題が解決するまではこっちでなんとかする。なぁ?」
ミニマム剣心さんは、烈火さんの鋭い視線にビクッと肩を震わせる。
「し、しかしだな烈火よ、玲愛がいないと困ることも多く」
「何を情けないこと言うてんねん。まだ若いんやからあんたが働かんかいな。後継がせるには10年早いで」
「……はい」
「ほんまウチがおらんかったら楽しよう楽しようとするんやから」
母は強しというのか、完全に剣心さんが尻にしかれて息絶えてしまってるぞ。
「あ、あのよろしいんですか? その……娘三人が一人の男っていうのは母親的には反対なのでは?」
「そら本人がええって言うんやからええやろ。世間的にはあかんことかもしれんけど、幸せの形なんか当人が決めることであって、そのことに関して親であっても口を挟むことやない。自分の信じた道を進む、それが人生や」
「いや、でも……」
「何弱気になってんねん。ユウ坊は命がけで玲愛を救った。多分あれが火恋でも雷火でも同じことしてたんやろ?」
「はい」
「ならよし、口だけじゃない確かな覚悟見してもろた。ウチから言うことはなんもあらへん」
なんか893の組長が、敵のタマとってきた組員を誉めてるみたいだな。
「そうやユウ坊、聞いた話によると、水咲にもちょっかい出されてるんやろ?」
「は、はい」
「ほんまやったら縁切りって言いたいところやけど、今回世話になったからそうもいかんな……」
烈火さんは腕組みしながら娘を見渡すと、よしと頷く。
「玲愛、火恋、雷火、ライバルは全員打ち負かしてこそ伊達の女や。競争は己を成長させる、よそのもんに男とられんようにしぃや!」
「「「はい!」」」
最後任侠モノみたいになったな。
◇
それから数日後、俺たちは再び水咲のアリスランドに来ていた。
理由は、めちゃくちゃになってしまった優勝セレモニーをやり直すためとのこと。
俺は何も聞かされず、腕をまだ包帯で吊ったままタキシードに着替えさせられてウェディングエリアへと呼び出されていた。
教会を模したホールには沢山のオタクたちが観客席に集められており、中には相野や明君だけでなく、内海さんと一之瀬さんの姿も見える。
どうやら彼らも家と和解したようだ。
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとさん」
全員が立ち上がり拍手しながらおめでとうと言ってくるので、エウァの最終回かと勘違いしてしまいそうだ。
『新郎、中央にどうぞ』
月ではないアナウンスが響いて奥に進むと、前に見た老年の神父がニコやかな顔で待ち構えていた。
『南側ゲートより新婦入場』
合唱団のウェディングマーチオーケストラverと共に、真っ白いドレスに身を包んだ女性が姿を現す。青薔薇のブーケを持った玲愛さんは、背中をそって威風堂々と歩いてくる。
「れ、玲愛さん……」
優勝セレモニーのやり直しということは、やっぱりここでちゅ、ちゅーを……。
『東側ゲートより新婦入場』
「えっ?」
玲愛さんがまだ花道を歩いているのに、東側の扉が開きそこから白いドレスに黄色のブーケを持った女性が現れる。
背丈バストサイズから見て雷火ちゃんで間違いない。
えっどういうこと? と思っていると
『西側ゲートより、新婦入場』
やはりというか、予想通り今度は西側から赤のブーケを持った火恋先輩が姿を現す。
三人で合同結婚式をやるつもりなのだろうか?
『北側ゲートより、新婦入場』
「新婦まだ来るの!?」
北側を見ると、今度はドレスを纏った天がしずしずとやって来るではないか。
「これ、まさか……」
俺の嫌な予感は当たり、ドレス姿の綺羅星と月が連続して入場してくる。
更には――
「ユウく~ん」
「し、静さん……」
「チッ……なんであたしがこんな格好を」
「良かったじゃないですかなる先輩、多分ウェディングドレスなんて一生着ることないですよ」
「んだと、あたしが結婚できねぇって言いたいのか!?」
紫ブーケを持った静さんに、仲の良い成瀬さんと真凛亞さんの姉組まで。
9人の花嫁が横並びになりこちらを見据える。
皆どこかニヤニヤとしており、俺の反応を楽しんでいるようだ。
「それでは式を始めマース。新郎三石悠介、汝は健やかなる時も~」
「嘘でしょ、この状況で始めるの!?」
9回も誓わせるつもりなのか。
「さぁ悠介さん、誰があなたの翼なのか選んでくださいね」
ニヤニヤ顔の雷火ちゃん。
そんなこと言われたら返すセリフは決まっている。
―――――――
あとがき
これにてオタオタ玲愛編完結となります。
全体の文章量は玲愛編までで文庫本7巻分となりました。結構な量ですね。
なろう時代に書いていたものをブラッシュアップしていこうと始めたオタオタなのですが、途中で原作となるデータが消失してしまい、記憶を頼りに書き上げました。
またなろう版には存在しない静達の存在もあり、後半はほとんどオリジナル展開といってもいいかもしれません。
実際なろう版の玲愛編までの文字数は50万字で、カクヨム版は70万字ですので文庫本2冊分の増量ですね。
かなりブランク期間が空いてしまったこともあり、一つの章が長期化してしまってすみません。
皆様の応援もあり、なんとか再開して書き上げることができました。
本当にありがとうございます。
これからのオタオタなのですが、正直どうしようかかなり迷っております。まだゲーム企業編という章が残っており、そっちは筋書きとデータの一部があるんで連載できなくはないんですが、ハーレムエンドしたのでこれで終わったほうが綺麗なんじゃないかと思ったり思わなかったり。
とりあえずアフターエピソードは書く予定です。
よろしければフォロー、感想、星などいただければ幸いです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます