第199話 花嫁は頂いていく

 それから数時間後――優勝セレモニーという名の結婚式が開催される。


 俺は荷物に紛れてウェディングホールに侵入しようとしていた。

 方法は台車の上に空の木箱を積んで、その中に隠れる。後は男装の名人である天にスタッフの格好をしてもらい、台車をホール内に運んでもらう。

 マンガでよくある侵入方法だが、まさか令和にもなってそんな隠れ方をして侵入してくるなんて思うまい。


 だがガラガラと台車を押してもらっている最中――


『おい、そこのスタッフ止まれ』


 突然男の声がして引き止められる。俺は箱の中なのでわからないが、恐らく警備の黒スーツに目をつけられたようだ。


『その荷物はなんだ?』

『え、えーっと……調理用の鶏です』


 天もうちょっと何かいいのあっただろ。


『……鶏~? 生きてるのか?』

『はい、産地直送なので』

『…………』


 ほらめっちゃ怪しんでるじゃん!


『中を見させてもらう』

『だ、ダメです! かなり凶暴な鶏で、人間を襲います! 開けた瞬間目玉をえぐり取られますよ!』


 それどうやって調理するんだ。


『むぅ…………』


 かなり怪しまれているようで、しばしの沈黙の後コンコンと木箱が叩かれる。

 まずい、ここで見つかったらゲームオーバーだ。

 なんとか鶏の声真似をして誤魔化すしかあるまい。


「コッコケコ~(かすれ声)」


 しまった死にかけの雄鶏みたいな声が出た。

 不審に思われ、再度コンコンとノックされる。


「ピヨピヨ、ピヨピヨ」

『おい、中でひよこが生まれてるぞ』

『ク、ククク』

『どうした、なぜ腹を抱えて笑っている?』

『い、いえ、中の鶏が苦しそうだなと思いまして。あ、あの、急ぐのでもういいですか?』

『ああ、ヒヨコを死なせるなよ』

『はい』


 ガラガラと台車が移動し、なんとか難を逃れたようだ。


『あーびっくりしたね』

「本当だよ。ってか、なんで箱の中身を生物にするんだよ。フルーツとか言っとけばあんな無茶振りしなくてもすんだのに」

『やめてよ兄君、死にかけの雄鶏から中でヒヨコ生まれた設定にするの。危うく吹き出しそうになったじゃないか』

「箱の中でストーリー性を感じただろ」

『感じた。やっぱり兄君といると楽しいな。このままこの箱持って水咲家に帰ってやろうかな』

「そりゃ困る」

『ボクら水咲が敵に塩を送るのはこれで最後だからね』

「感謝してる」


 ライバルなのに後押ししてくれる天たちには感謝しかない。


 天はウェディングホールの隅に木箱を置くと、そのままシレっと退場。

 俺はスマホで式の状況を確認しつつ、皆が配置につくのを待つ。

 テレビ中継してくれるおかげで、進行状況が把握できるのは良い。

 画面には豪華な装飾がされたホールが映し出されており、一瞬俺の入った木箱が画面端に映って焦った。

 開始時間になったのか2階に配置されたオーケストラ合唱団が、結婚式にありがちなウェディングマーチを歌うと、ウェディングドレス姿の玲愛さんとタキシードの内海さんが赤絨毯を踏みながら入場。

 花道の両サイドに設置された客席に集められた芸能人や政治家は、立ち上がって新郎新婦に拍手を送る。


 この中で本当に玲愛さんたちのことを祝福している人間が一体何人いるのか? どれもこれも薄ら寒い演出に見えてしまう。


 二人はホール奥まで進み老年の外国人神父の前で立ち止まると、誓いの儀式が行われる。


『oh、新郎内海慎二、汝は健やかなる時も病める時もこの者を愛し、生涯の伴侶とすることを誓いますか?』

『…………』


 内海さんが沈黙し、約1分ほど経った。

 周りは徐々にざわつき始め、本人は汗だくになっていた。

 俺としても早く出たいところなのだが、まだ配置が完了していない。


「内海さん、早く俺に出てこいって思ってるだろうな」

『どうしましたか新郎? 早く誓うのデース』

『ちかぃます』


 かなりの小声だったが、神父はそのまま進める。

 その時雷火ちゃんからラインで全員の配置が整った連絡が来た。


『新婦伊達玲愛、汝は健やかなる時も病める時もこの者を愛し、生涯の伴侶とすることを誓いますか?』

「誓いま――」


「ちょっと待ったぁ!!」


 俺は木箱を突き破って登場する。

 あの人即答で誓おうとしたぞ! 内海さんみたいにもうちょっと粘ってくれよ!


 全員が突然の乱入者にどよめく中、俺は全力ダッシュで玲愛さんの腕をつかんで無理やり引っ張る。


「花嫁は頂いていく! ついでに新郎も頂いていく!」

「あっ、おい!」

「内海さん、裏口に一之瀬さんとバイクがあります! あなたはそっちに!」

「了解、ヘイトは半分引き受ける!」


 内海さんは北側出口から脱出。

 俺と玲愛さんは南側入口からウェディングホールの外へ出ようとすると、当たり前だが黒スーツの連中が回り込む。


「止まれ! どうなっている三石悠介ターゲットはマークしていたはずじゃないのか!?」

「あんたらが今しっかりマークしてるのは別人のオタクだよ」

「おのれ大人をコケにして、絶対に逃さんぞ!」


 黒服が飛びかかってきそうになった時、俺はパチンと指を鳴らす。するとその直後ホールの電気がバンっと落ちた。


「なんだ、どうなっている!?」

『あ~あ~現在原因不明の停電が発生してま~す。危険ですので~動かず復旧までおまちくださ~い』


 混乱している場内に、クソわざとらしい月のアナウンスが響く。ってか停電してるのにアナウンスだけは使えるっておかしいだろ。

 この暗闇作戦は風呂場で停電したのを思い出して盛り込んだ。

 当然俺も何も見えなくなってしまうが、鉄道オタクさんから借りた高性能カメラを取り出し、暗視モードにすることで視界を確保する。


「こっちです!」


 玲愛さんの手を引いて教会の外に出ようとすると、入口扉の前で和装の男性が刀を持って立ちふさがっていた。

 威圧感に満ちた怒りのオーラを纏う剣心さんは、まさしくラスボスである。


「どこに行くつもりだ悠介」

「義父さん、玲愛さんは頂いていきます!」

「ふざけるな小童が!! 誰に喧嘩を売っているのかわかっておるのか!?」


 剣心さんはシャンっと刀を引き抜くと、躊躇なく振るう。


「あー困ります義父さん! そんなもの振り回されては!」

「ワシを義父さんと呼ぶな!」

「義父さん銃刀法違反ですよ!」

「日本の法律はワシの味方だ!」


 清々しいほどクズ権力者だ。

 なんとか躱し続けているが、ここで時間をとられるわけにはいかない。


「おのれ悠介ぇ、このワシを怒らせてタダで――あひゅん」


 突如二階客席から降ってきた花瓶が剣心さんの後頭部に当たり、そのまま前のめりに昏倒する。

 二階にいたウェディングドレス姿の雷火ちゃんが、よしっとガッツポーズを見せる。


「悠介さん今のうちに!」


 大丈夫今の、結構デカイ花瓶当たったけど。


「あ、ありがとう!」


 俺は玲愛さんの腕を引っ張り、ウェディングホールの外へ出ると全力で走る。

 黒スーツのガードマンがズドドドドと波となって追ってくるが、彼らは外に出て足が止まる。

 なぜなら外にいた客は全員チェックのTシャツに、ジーパン、バンダナの古のオタクだらけになっていたからだ。


「な、なんだこれは!?」

「奴らの仲間か!?」

「それにしては数が多すぎる!」


 そう今現在アリスランドにいる客の男は皆オタクファッション。

 俺と全く同じ格好をしてもらうことで、コミケの如く隠れることが可能だ。


「おっさんたち、この程度で驚いてたらコミケ見たら卒倒するぜ」


 不敵な笑みを浮かべるオタクたち。

 しかも人海戦術作戦はこれだけではない。


「伊達玲愛様を確保しました!」


 警備がウェディングドレス姿の女を取り押さえ、ベールを剥がす。

 だが顕になったのはヤンキーギャル。


「はっずれー、あたしはしがないMutyuberだよ」

「ぐぐぐぐ、紛らわしい格好をするな!」

「はぁ今はコスプレイベント中だぜ? 何言ってんだよ」


 ウェディングドレス姿の偽物も混じっており、追手は更に混乱する。

 その間に、バイクに跨った内海さんと一之瀬さんがホール裏から飛び出し、俺たちの前を駆け抜ける。


「三石君、このまま僕らは外に逃げて追手を引き付ける!」

「あたしたちこのままハネムーン行ってくるから!」

「了解です、お気をつけて!」


 二人の乗るオートバイがドドドドドっとエンジン音を響かせながら遠ざかっていくと、彼らを追って黒塗りの自動車が次々に発進していく。


「慎二、戻ってカムバックするんだ!」

「慎二さん、あなたにはもっと相応しい女性がいるでしょ! 人生を棒に振る気なの!?」


 内海さんの両親らしき人たちが、ふざけんなと地団駄を踏んでいる。

 自分に相応しい人も人生も自分で決めるんだ、二人共捕まらないで自由を勝ち取ってくれ。

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