第277話 シナリオ
荷造りを始めた天と分かれ、マンションの外へと出る。
次はシナリオ担当か、サウンド担当を決めようと考えているとスマホが急に鳴り響く。
ディスプレイには水咲月の名前が表示されていた。
「はい、もしもし?」
『あーあたしだけど、ちょっと聞きたいことがあるんだけど』
「どうした?」
『あんた、次のコミケでゲーム作ろうとしてるわね?』
「そうそう、遊人さんの依頼で。今プログラマーとグラフィッカーを確保したところなんだ」
『へー天受けたんだ』
「よくグラフィッカーが誰かわかったな」
『わかるわよ、あの子絶対あんたの依頼以外受けないから』
「遊人さんも言ってたけど、天ってそんな気難しいのか?」
『ええ、あの子は本当に芸術に関しては天才な分、自分がやりたいことしかしないわ。実際おフランスの映画監督が、天を主演女優にして映画を撮りたいって現金で3億持ってきたけど、あの子気がのらないからヤダって蹴ってたし』
「ストイックな奴だ」
俺も大金を前にして「この仕事は気に入らんからやらん」とか言ってみたいものだ。
いざ3億目の前にしたら「なんでもやりますぅ!」って言うと思うが。
『何人でやるか知らないけど、後埋まってないのはシナリオとサウンドってとこ?』
「そうそう」
『へー、シナリオ埋まってないんだー、シナリオってめちゃくちゃ重要なのに』
「そうなんだよ。今のところビジュアルノベルを想定してるから、絵がよくてもシナリオがダメだったら、絵だけゲーって言われるしな」
エロゲ等ADVゲームにおいて、絵だけゲーは蔑称であり、絵以外褒めるところがない時に使われる。
『そうよね、シナリオは重要よねシナリオは。もう中核と言っていいわね。ラーメンの麺、ハンバーガーの肉みたいなもんよ』
「それでさ、よければ月にシナリオを」
『えっ、あたし?』
かなりわざとらしく聞き返してくる月。
「こういうのは面と向かって頼んだ方がいいと思うんだが、ちょうど連絡がきたから」
『え~……急に言われても困るわね。あたしだって暇じゃないし、そこまで時間とれるかわかんないし』
そりゃそうだよな。
特に月はノベル作家として執筆してるわけだし、水咲でもいろいろと仕事があるだろう。
それを大した報酬も出せないサークルに勧誘するのは、無理があるというものだ。
「そうか……残念だけどしょうがないな。他当たってみるよ」
『えっ、ちょっと諦めるの早くない? もうちょっと頑張りなさいよ』
「いや、俺も多忙な人を巻き込むのはよくないなと思ってたんだ。月もイベントとか執筆とかあるだろ?」
『あるにはあるけど』
「ネットでシナリオできる人がいないか募ってみる。最悪、静さんにシナリオの書き方を教わるかもしれない」
『静さんって、ゴリゴリの少女マンガ家でしょ? 絶対あんたの作りたいゲームとかけ離れるわよ』
「と、言ってもなぁ……」
困ったなと思っていると、月が咳払いを一つする。
『ん、うん。まぁあたしも忙しいっちゃ忙しいけど、どうしてもと言うなら』
「いや、大丈夫だ。お前に迷惑はかけられない」
『なんでよ! ちょっとぐらい迷惑かけてきなさいよ!!』
「忙しいんだろ?」
『忙しいんだけど、そうじゃなくて! もっとこう、あるでしょ!?』
「心配してくれてありがとな。でもなんとか頑張るよ」
『違う! あたしの聞きたい言葉はそれじゃない!』
こいつは一体何に怒ってるんだ?
するとゴソゴソと音が鳴って、急に執事の藤乃さんが通話に出た。
「申し訳ありません三石様。お嬢様、三石様がゲーム制作のメンバー集めをしていると知って、”あいつひょっとしてあたし抜きでメンバー決定してないわよね?”(声マネ)と、1時間ほど部屋の中を回遊魚のようにウロつき、とうとういても立ってもいられず電話をかけた次第です」
めっちゃシナリオやりたがってるやん。
後ろから、月の「スマホ返して!」と半泣きの声が聞こえる。
「でも忙しいって……」
『三石様が困ってると知って、お得意のプライドが顔を出し、そんな簡単に引き受けてはなめられるなと思って、あれだけ勿体ぶったわけです。今現在お嬢様はあっさり引き下がられて、非常に焦っています』
後ろから心情を解説された月の「もうやめて!」という叫びが聞こえてくる。
「は、はぁ、やってくれるのでしたらこちらも嬉しいんですけど」
『お嬢様、良かったですねメンバーに入れてくれるそうですよ』
再び通話相手が入れ替わり、月が出る。
『さっきの藤乃の話、真に受けないで。別にそんなんじゃないから』
「お、おう。そうだ、月もウチのアパート来ないか? 完全に幽霊屋敷なんだけど、開発メンバー全員そこに集めてるんだ」
『ん~……あたし水咲本社にわりといるから、ちょっと難しいかも。住めるかどうかはわかんないけど、必ず顔は出しに行くわ』
「わかった。あと、開発環境大丈夫か?」
『PCとか? それは全然大丈夫だけど……あー天とか多分スペック高いPC持ってないわね』
「そうなんだ、開発環境整えるところから始まっててハードルの高さを感じてる」
『普通同人って、売れたら人増やしたり機材増やしたりと規模を拡張していくスタイルだから、いきなり役職全員集めるってないもんね』
その通り。同人ゲーム制作って1~10まで全部サークル内でやってる方が珍しくて、自分が担当するポジション以外は外注というケースが多い。
なんなら自分は何もせずに、ゲーム自体全部作ってもらって販売だけしているというパターンもある。
「開発費に困ってて、一攫千金の話を募集してる」
『そんな話ない……こともないけど、あんた無人島とか大丈夫? 健康体?』
一体無人島で何をさせるつもりなのか。
「大丈夫だけど、先にメンバー集めやるよ」
『そうね、開発費は後で話しましょ。設備に関しては水咲で使えそうなものがないか探しとくから』
「ありがとう、いいやつだな」
『ふん、別にあんたが変なゲーム作って、水咲の看板にドロ塗られるのが嫌なだけよ』
後ろから藤乃さんの「今更ツンデレにしてもダメですよ」と言う声が聞こえてきた。
『ちょっとウチの執事に躾が必要だから電話切るわ。あんたも舐められる前に、メイドは教育しておいたほうがいいわよ』
「お、おう。わかった」
月は「藤乃ぉぉ!」とキレ声を残して通話を切った。
あの二人仲いいな、なんだかんだ兄と妹みたいな関係だし。
とりあえずこれでシナリオも確保できたか。
最後はサウンドだが、ウチのメイドに話を通しに行くか、それともギャンブルダメ女に話をするか。
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