第276話 グラフィッカー
「兄さん、早くゲームの打ち合わせをしましょう」
「それもそうだな。ミッチー、これは内緒なんだけどな、すんげー人が監督に就く予定だから。それも発表OKが出たら教えてやるよ」
「監督?」
「おう、ミッチーも知ってる人だぜ」
外注メンバーだけじゃなくて、更に凄い人を雇うつもりなのか?
しかも俺の知ってる人ってことは、ゲームメーカーの有名プロデューサー? それとも本当に知り合いか?
困ったな、ポンコツプランナー摩周に自爆してもらうぐらいしか今のところ勝ち目がないのに、ちゃんとした監督がついたらそれすら望めなくなってしまう。
「じゃあな、ミッチーもコツコツ送りバント頑張れよ。そんで俺様たちの満塁ホームランを、コミケで指くわえて見ててくれ」
そう残して摩周達、ライバルサークルは去っていった。
「ええ、コツコツ頑張らせてもらいますよ」
俺は彼らとわかれ、天の元へと向かう。
つい先日まで暮らしていた、メゾンペンペン草。
俺たちはアパートに移ってしまったので、今現在ここにいる知り合いは天のみだ。
彼女の部屋のインターホンを鳴らし、暫し待つと部屋着で髪が少し乱れた美少年、ではなく天が出てきた。
「なに?」
声低っ。
めっちゃテンション低いぞ。
「もしかして寝起きだった?」
「違うよ」
「ど、どした? 機嫌悪そうだけど」
「ボクのお隣さんが、ボクに何も言わずに勝手に引っ越しちゃったんだ」
天のお隣さんとは、つまり俺のことである。
「天、決して引っ越したわけじゃないぞ? 一時的に住まいを移してるだけで、いずれはこっちに戻ると思う」
「伊達姉妹と暮らしてるくせに。今頃酒池肉林なんでしょ」
「んなわけあるか。確かに一つ屋根の下で暮らしてるけど、決して一緒の部屋で暮らしてるわけじゃないんだぞ」
「メイドまで囲ってるくせに」
「それはお前の父さんが、勝手に送り込んできたんだって!」
「はぁ……ボクもメイド業やろうかな」
やばい、フラストレーションが半端なく溜まって、天のソウルジェムが黒く濁ってる。
すんなり引き受けてくれるかと思っていたが、コミケの話をしても【君たちだけでやれば?】とか言われそうな雰囲気だ。
「で、なに? 何か用があったんでしょ?」
「いや、その……遊人さんから、コミケでゲームを作らないかって話が来てて……」
「それで?」
「できれば天さんに、グラフィッカーを担当していただけないかと思っている所存でして」
「ボク、メンタルに左右されるわりとメンヘラだよ?」
「頑張って機嫌とります」
「ふ~ん……どうやって機嫌とってくれるの?」
「そうですね、肩揉んだり、アンパン買ってきたりしますが」
「パシリじゃん。もっとちゃんとした芸で機嫌とって」
「芸、芸か……。歌とかどうだ?」
「……いいね、今歌って」
天の無茶振りに応え、俺はガンニョムEXEのオープニングテーマを玄関先で歌う。
自分で言うのもなんだが、アカペラでもかなりイケてると思う。
「もういい、30点」
「採点厳しくないですか?」
カラオケマシン天の強制終了をくらってしまった。
「君、よくその歌唱力で機嫌とるって言ったね。ジャイアンみたいでわりと不快だったよ」
「すみません、自分ではイケてると思ってたんですけど」
わりと音外してた自覚はある。
「カラオケの時、結構普通だったじゃん」
「BGMがないと、急激に音とれなくなるんです」
「いるよねそういう人。……じゃあ、さっきの曲もう一回歌ってみようか」
滑ったネタを二回やらせてくる辺り、もしかしてこいつS気があるかもしれない。
俺はマンションの玄関先で、きっちりガンニョムEXEのテーマを一曲分歌わされた。
「よくそこまで歌い切れるね」
「下手だけど好きだからな。これ以上は近所迷惑だから勘弁してほしいけど」
俺は歌下手だけど、歌好きというわりと迷惑な奴だった。
俺の羞恥心と引き換えに、天の笑顔が少しだけ戻った気がする。
「……グラフィッカーの件だけど、どうせもう伊達姉妹がメンバーに入ってるんでしょ?」
「入ってる。雷火ちゃんはプログラマーとしてめちゃくちゃ優秀だからな。彼女抜きでは考えられん。勿論、俺の考えるゲームで天抜きってのも考えられん」
「…………やめなよそういう、無自覚で嬉しいこと言うの」
「俺はお前が欲しいと思ってるだけだが?」
「やめなってば、ほんとに!」
天はなぜか朴念仁とつぶやいて唇をとがらせると、ヤレヤレと言いたげに頷いた。
「いいよ、君といると楽しいし受ける」
「やったぜ」
へったくそな歌を披露した甲斐がある。
「そのかわり、週1でボクの機嫌取りにスポーツジムで一緒にトレーニングやってもらうから」
「そのくらいなら全然大丈夫だ」
「わかった。じゃあ交渉成立で。やること決まったら教えて。打ち合わせにも参加するから」
そう言って扉を閉めようとする天を引き止める。
「あの、天もあっちのアパートに来ないか?」
「えっ?」
「風呂もトイレも共同で、文明が一つ後退するくらい酷いとこなんだけど、メンバー全員同じところに集まって開発した方がスムーズじゃないかなって」
「……兄君はしばらくそっちなんだよね?」
「ああ、俺だけじゃなく静さんたちも。勿論ここに残ってzoomとかの会議通話使ってくれてもいい」
「…………」
「一応オーナーの婆ちゃんから管理人任されてるから、問題あったら遠慮なく言ってくれ」
「それってさ、何かある度に兄君を呼んでもいいってこと?」
「勿論、Gとか出る時あるからな」
「深夜でも?」
「全然問題ない」
「へー……深夜でもいいんだ」
何を想像したのか、天の表情が明らかにニヤッとした。
「そうだ、あのアパート囲炉裏のある談話室があって、俺大体そこにいるから。困った事とか、ゲームの事とかで相談があったらすぐに話せるぞ」
「待って、それってラインとかで誘う必要なく、兄君と直接会って話せるってこと?」
「まぁそうだな。ルームシェアとか合宿とかに近い雰囲気だと思う」
「ルームシェア!? いいね、行く、すぐ行く」
「お、おう、そうか。いきなり凄い食いついてきたな」
「はぁ……悔しいなぁ。せっかく彼氏に放置プレイされて、機嫌悪い彼女役になりきってたのに」
「嫌な役だな」
「結局、君に尻尾振っちゃうんだから」
機嫌が良くなった天は、今日のうちに引っ越しするつもりらしく、荷造りを始めるのだった。
なんとかこれでプログラマとグラフィッカーが揃い、ゲームを制作する最低条件は整った。
次はシナリオか、音楽か。
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