第278話 白と黒
俺はMutyubeで、真下さんの音楽を聞きながら唸っていた。
「うめぇ……」
プロ声優だから歌唱力はあって当然なのかもしれないが、日5アニメのオープニングに抜擢されるほどだ。業界でも彼女の技術は認知されているのだろう。
彼女がサウンドを担当してくれれば、俺たちの作るゲームに話題性が出ることは間違いない。
「でも、俺成瀬さんの曲も好きなんだよな」
俺は成瀬さんの再生数が大して伸びてない、ロックミュージックを聞く。この人は本当にただ埋もれてるだけで、爆発する機会さえあれば上にいけると思うんだが。
素人のアテにならない音楽評価は置いておいて、どちらに頼むか考えないと。でも断られることもあるんだから、両方に話してみればいいやと結論が出て、俺はアパートに帰ることにした。
足を捻挫しているのでノロノロペースで帰宅すると、アパートの前で真下さんが立っているのが見えた。
いつも通りモノトーンのメイド服に、黒のガーター付きストッキング姿。その手には引越してきた時と同じ、大きめのボストンバッグが握られている。
「真下さん、どうしたの?」
やっぱりここでの生活が耐えられないので、実家に帰らせてもらいますと言われそうな雰囲気。
彼女は俺の姿を頭から爪先まで確認すると、小首を傾げた。
「あなたが三石悠介ですの?」
「えっ? うん」
なぜか急に俺の名前を確認すると、彼女は今まで見たことのない嘲笑的な笑みを浮かべる。
「とてもお馬鹿そうな、猿のような顔をしていますわね」
「えっ?」
唐突なる猛毒を吐かれて困惑していると、彼女の右足が不意に動いた。
その瞬間、顔面に回し蹴りが迫っていた。
危機を察して上半身を引くと、俺の鼻先を白い脚が過ぎ去っていく。
俺は突然の蹴りに体勢を崩して尻餅をついた。
「あっぶな!」
「あらあら、どうして躱すのです?」
「かわすに決まってるだろ!」
彼女は右脚を持ち上げたまま、蹴り技が得意な格ゲーキャラみたいなポーズでこちらに微笑む。
ケツついた瞬間、捻挫している足首がズキッと痛んだ。歩ける程度には回復しているが、体重をかけてしまうと痛い。
「あんた誰だ? 真下さんじゃないな?」
「はい、わたくし
マジかよ、本当に弐式っていたのかよ。
クローン人間かと言いたくなるような容姿に唖然とする。違うところがあるとしたら、ストッキングが白か黒かくらい。
「あなたがファーストにまとわりついてる、ゴミ野郎だってことはわかっています。ファーストを返していただきたいのです」
ファーストってなんだ? と思ったが、恐らく一式の一からついたあだ名なのだろう。
「あの子がいなくなって、わたくしとても大変な目にあっています」
「どういうこと?」
「ファーストがいなくなったのに、なぜかアニメやラジオなどは普通に放送しているのは知っています?」
「ああ」
確かに、真下さん仕事再開したと思った矢先に、俺の専属になったもんな。
そのわりにラジオとかちゃんとやってるし、どうなってるんだ? と思っていた。
「わたくし、この通り声帯も似ていますので、ファーストが仕事を休んだ時の予備として活動していたのです。ですが、何をトチ狂ったのか、あの子声優業を休止するといい出したので、それまで代打にすぎなかったわたくしがメインで活動させられているのです」
遊人さんが、真下さんの仕事はなんとかなるって言ってたのはそういう意味か。
真下一式って二人で一人の仕事をやっていたんだ。
なんだその実は双子だったんだ的展開。ミステリー小説じゃないんだぞ。
「待ってくれ、俺は別に真下さんに無理言ってきてもらってるわけじゃないぞ。遊人さんが送り込んできただけだ」
「ご冗談を。あなたファーストと専属契約をしているでしょう?」
「それはそうだけど」
「専属契約は、命を捧げてでも対象に奉仕を行う特別な契約。それを勝手になどという理由で結ばれることはありませんわ」
「じゃ、じゃあ遊人さんの命令じゃなくて、真下さんが専属になるって自分で決めたんだろ?」
「笑止」
彼女は尻をついた俺にフットスタンプを見舞ってくる。
なんとかかわしたものの、避けなかったら顔面を踏みつけられていたぞ。
彼女はサディスティックな笑みを浮かべながら俺を見下ろす。
「とにかく、ファーストがあなたのような男に我が身を捧げて奉仕するとは思えませんわ。あなたファーストを脅迫しているのでしょう?」
「脅迫!? そんなことするわけないだろ!」
「あなたが彼女を無理やり道路の真ん中で歌わせたってことは知っているのですよ」
あぁアキバでチンピラに絡まれた時、真下さんがアカペラで歌を歌って救ってくれた話。
「あれは真下さんが俺の為に……」
「ストーカーは、皆自分の為とかよくわからない妄想を言いだしますわ」
この子の中で、俺は真下さんを追い回す厄介ストーカーって設定になってるのか?
「ファーストはいい子で優しいですから、すぐ勘違いする輩が迫ってくるんです。そう……あなたのようなオタクが」
虫を見るような目で見下ろしてくる。その碧色の瞳には、どこか狂気的な光が宿っている。この子怖ぇよ。
その冷たい視線に、俺は興奮がとまらなかった。
「落ち着いてくれ、決していやらしいことは何もしてない。信じてくれ!」
俺は嘘偽りのない真摯な瞳で弐式を見上げる。
「…………」
その時唐突に勢いの強い風が吹き、真下MKⅡの短いスカートがふわーりと。
「黒」
やばい、見たものを口に出してしまった。
俺の信じてくれって言葉に、一気に信憑性がなくなる。
「そうやってファーストにもセクハラしているのでしょう?」
声は怒っているのに、顔には笑みを浮かべる黒メイド。わお、超迫力。
「お立ちになって」
「は、はい」
彼女が手をさしだしてくれたので、その手をとって立ち上がる。
直後、彼女は両手を地面について逆立ちすると、大きく開脚して全身をひねる。
あっ、この技はアーケードゲーで見たことのある動き。
物凄い旋回力で脚を回転させると、俺の顔面は連続蹴りをくらう。
「ひ、で、ぶ!」
これが中国拳法なのかカポエラなのかはわからないが、逆立ち旋風脚を食らって俺の体は吹っ飛ぶ。
世界がスローになったように感じ、そのまま地面に仰向けに倒れこんだ。
格闘ゲームならYOU LOSEと表記されていることだろう。
真下弐号機は本当に運動神経が良いな。
頭から星を飛ばしてピヨっていると、騒ぎに気づいた白メイドこと一式がアパートから飛び出してきた。
「えっえぇぇぇぇっ!? セカンド何やってるの!?」
「あらファーストいいところに、ストーカーはわたくしが殺しましたわ」
「殺したって、三石様は自分のご主人様ですよ!」
「わかってますわ、だからです」
「三石様は、水咲家の許嫁になる方なんですよ!」
腕組みしていた弐式は、なにその話? 聞いてないという表情を浮かべる。
「ストーカーでは?」
「違います!」
「脅迫されて専属になったのでは?」
「自分の意志で志願したんです!」
「なぜ?」
「なぜってそれは……」
カーっと赤くなっていく一式を見て、弐式は何かを察する。
「あなたまさか……」
「いいから早く謝って!」
「謝ってって……わたくし、回転六連蹴りを顔面に入れたのですよ? 見て、この格ゲーでゲームオーバーになったような、ブサイクな顔を」
「ひでぶ……」
「いいから早く謝って!」
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