第279話 悪の御主人

 俺たちは場所をアパートの玄関前から、囲炉裏のある談話室へと移していた。


 俺の目の前には、正座した白黒メイドこと真下一号と弐号。

 黒メイドの胸に『わたしはご主人さまの顔面に六連蹴りを浴びせた、悪いメイドです』と書かれたプレートがぶら下げられている。


「あの、本当に悪い子ではないので」


 繰り返し頭を下げる真下さん。頭についているメイドカチューシャが落ちそうなくらいの下げっぷり。


「まぁまぁファースト、そんなに謝ることではありません」

「それは君が言うセリフではないのでは?」


 あまり反省のない真下弐型を一瞥して、俺は小さくため息を吐いた。


「君は、真下さん……って言うとややこしいな。一式が急に仕事を休んだ原因は、俺から脅迫されているんじゃないかと思ったと。なんでそんなことを?」

「水咲メイドサービスでの噂ですわ。ファーストが変な主人に捕まって、声優業を休止させられ、無理やり奉仕活動をさせられていると」


 そんな事実はないが、よくある推測的な噂話に尾ヒレ背ビレがついて、三石悠介という悪のご主人様に捕まってしまったって話になったのだろう。それで力の2号が1号を助けに乗り込んできたわけだ。


「乱暴な手を使ったことは謝罪いたしますが、わたくしの意志にかわりはありません。ファースト、戻ってらっしゃい。あなたが輝く舞台はここではありません」

「お断りします。自分は三石様と専属契約を結んでいます。その時点で、自分に声の道はありません」

「あなた、今までの特訓を無駄にするつもりですの?」

「ええ。声優業で使ってる真下一式の名前も弐式に改名して、全てセカンドが引き継いで下さい」

「なっ!? わたくしはあくまでサポートであって、ここまで上り詰めたのはあなたの功績ですよ!」

「構いません」


 一式が頷くと、弐式は俺を睨む。多分お前がいるせいでと言いたいのだろう。

 そんな顔されても知らんがなと言いたいところではあるが、俺も真下さんに声優業をやめてもらいたくない。


「真下さん、声優続けてみない? 俺も君に声優やめてほしくないんだけど」

「いくら三石様の命令でも、それはできません。声優業とメイド業を兼任することは不可能です。収録などの時、三石様の側を留守にしてしまいます。それでは専属メイド失格です」

「24時間、俺なんかについてなくていいと思うけどな」


 俺のせいで、彼女の未来が消えるのは本当に勿体ない。


「ファースト、わたくしも主人がもっと優れた方ならば専属メイドの件も了承できましたが、こんなどこの馬の骨ともしれぬ人間にあなたの人生を潰させるわけにはいきません。この方少しだけ調べましたが、親は死んでるし経済力はないし、秀でた技術があるわけでもない。THE一般人じゃないですか。我々を従えるのには気品と権力が足りませんわ」


 弐式は流暢に回る舌で、俺をコキおろしていく。

 ただ、俺もそうだよなぁと頷いてしまうくらい正論なので、別に腹は立たなかった。


「セカンド」

「なんですの?」

「……怒るよ」


 あっ、一号が怖い感じに。


「何も知らずに、自分のご主人様の悪口言わないで下さい」


 優しい人が我慢の限界を超えて、静かにキレたような声音。これには弐式も思わず沈黙する。


「セカンド、三石様はいい人だから、きっと一緒にいればわかると思うよ」


 そう言ってにっこりとほほ笑む真下さん、マジ天使。

 弐式は、唇を噛み悔しそうに首を振る。


「これは確実にマインドコントロールされてますわね」

「そんなことするか」


 俺はどこぞの悪の組織じゃないぞ。


「あのさ、俺思いついたんだけど、一式は24時間俺につきっきりになってたら他のことはできないって言ってるわけでしょ?」

「はい、そうですね」

「じゃあさ、専属も二人でやったらよくない?」

「それはどういう意味でしょう?」


 俺は弐号機の肩を叩いて、邪悪な笑みを浮かべる。


「一式がいない時、お前が俺の面倒を見るんだよ」

「!」


 と、まぁ冗談はここまでにして、本人の意志をなんとか声優業に向けないとダメだよな。

 そう思っていると、弐式はわなわなと震えだす。


「あなたファーストだけでは飽き足らず、わたくしまで毒牙にかけるつもり?」

「いや、それは冗談で」

「わかりました。良いでしょう、上とかけあって二人体制でできないか話します」

「やめて、君ややこしくなりそうだから」


 弐式はスマホでどこぞに連絡をとる(多分遊人さん)と、専属メイドの一式の負荷軽減の為、自分もサポートにつくと交渉を行う。

 あっという間にOKが出たのか、ものの数分で通話を終わらせる。


「アニメなどメディアの仕事を休まないことを条件に、二人体制の許可がおりました」

「セカンド、そんな勝手なことを!」

「ファースト、どのみち一人で24時間サポートはできないでしょう?」

「うぅっ……」

「ご主人様、本日付で奉仕を担当させていただきます真下弐式です。どうかよろしくお願いします」


 弐式は立ち上がり、スカートの裾をつまみ口元には笑みを浮かべて挨拶する。

 なんだろう、彼女の目は隙を見せたら殺すと言わんばかりの怪しい光が灯っている。

 あんな攻撃的な笑い初めて見た。


「一式、君の妹怖い」

「大丈夫ですご主人様、自分がお守りいたしますので!」

「言い忘れていましたが、わたくしは主人への奉仕を得意とするファーストと違い、警護を担当するメイドですので武器の携帯を許可されています」


 そう、彼女俺に逆立ち旋風脚を浴びせた時スカートの下が見えたんだけど、明らかに銃の入ったガンベルトが見えたんだよね。

 あれは偽物だよね? 仮に本物だとしても、それは悪い人を撃つんだよね?

 弐式の顔が、どう見ても背後には気をつけろよと言っているので不安しかない。



 翌日――


 俺は目の前で頭からバケツと水を被っている弐式を見て、神妙な表情をしていた。

 一応メイドになったわけだから、家事をさせてみたのだが、キッチンは爆発させるわ、窓は次々割っていくわで、家事スキルの尋常じゃない低さがあらわになった。


「先に聞いておくが、わざとやってるわけではないんだよな?」

「当たり前ですわ!」


 そうか、真剣にやってこれなのか。

 わずか1時間で、荒れ果てた廊下を見やる。不器用ってレベルじゃないぞこれ。

 メイドに必要な家事スキルは一式が秀でているが、運動神経があまりよくない。彼女は逆に、運動神経は良いが家事スキルがからっきし。


「う~む、まさに技の1号と力の2号」


 お互いの弱点部分を補う真下シリーズ。

 本来勝手に家事を終わらせてくれるからメイドって有用なんだと思うけど、次何壊すのかと思うと俺はもう弐式から目が離せなくなっていた。


「昨日の強キャラ感はなんだったのか……。とりあえず片付けてね」

「わかってますわ!」


 そう言いながらも、ぶちまけた水で滑って更に水浸しにする弐式。


「これはどうしたものか……」


 するとキンコーンとベルが鳴り、玄関に宅配がやってきた。

 配達物を受け取って、送り主を確認すると藤乃さんからだ。

 中を開けると、革製のムチが出てきた。乗馬鞭という奴だろうか? 高級そうな造りで振るうとビュンと音が鳴る。


「なんじゃこりゃ?」


 最初意味がわからず、なんで藤乃さんSMグッズなんか送ってきたんだ? と首を傾げていると、メッセージカードが目に入った。

 内容に目を通すと『このムチで傷はできません。メイドの躾も主人の義務です』と書かれていて、正しいムチの使い方というイラスト付きの説明まで入っている。

 俺はムチと、ポンコツ弐式を交互に見やる。


「…………いや、やらないよ!」


 どうやら藤乃さんは、弐式が俺のメイドになった時点でこうなることは予測していたらしい。

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