第13話 オタと生傷とシチュ

 翌日、学校の昼休み。

 生徒たちの憩いの時間になり、教室では各々昼食を広げている。

 クラスメイトたちが楽しげに談笑している中、机に突っ伏す俺に相野が声をかけてきた。


「どうしたのお前?」

「いや、萌えと料理を融合させた、全く新しい弁当作りに挑戦してみたのだが、これがもうなかなかさっぱりで」

「うん、末期ですね。お薬出しときますね。……今度カウンセリングも受けましょうか」

「人をやばい人みたいに言うんじゃない」

「やばい人じゃないかもしれんがヤバい人に見える」


 そう言って相野は自分の持っていた焼きそばパンにかぶりついた。


「お前飯食わないの?」

「見て驚け、この三石スペシャルを」


 俺はドンっと長方形の弁当箱を取り出す。


「えっ、弁当作ったの? っていうか作れるのお前?」

「作れない」


 パカっと蓋を開けると、なかなか悲惨な感じだった。焦げすぎた卵焼きに、切れ目を入れすぎて足が少ないタコさんウィンナー。明らかに揚げすぎで茶黒くなった唐揚げ。誰がどう見ても失敗作だ。


「えっ、何コレ? お前料理出来ない萌えキャラ設定つけようとしてる?」


 だとしたら大間違いだと正論を言う相野。


「違うよバカ、リアル失敗だよ。言わせんな恥ずかしい」


 相野は唐揚げを1つつまんで口に放り込むと顔をしかめた。


「ごくごく普通にまずいが、死ぬほどまずいってわけでもないのがリアル」

「知ってる。今更ながら家庭科の調理実習ちゃんとやっておけば良かった」

「あんなもんで料理スキル上がるかよ」


 ごもっとも


「それにしても何で急に料理?」


 俺はかいつまんで今回の事情を説明し、少しでもあがく為に協力者? の助言を受けて料理することにしたと言う。


「なるほどね。心意気は買うが、時間ないのに料理に挑戦するって言うこと事態無謀以外何者でもない。……まぁお前ならなんとかしそうな気もするが」

「何だそれは」

「いやさ、お前近くの百貨店でマスクヒーローエックスのバイトやるって言ってたよな?」

「それが何か?」

「知り合いがそれを見に行ったらしいんだけど、怪人とエックスの演技が半端なかったって言ってた。お前確かエックスやってたよな?」

「違う戦闘兵です」


 さらっとバレバレな嘘をつく。


「いろいろ練習してたんだろ? 情熱込めてやったら、それは人に伝わるってことだ。弁当も例え下手くそでも、練習の成果が伝わればそれは成功と言ってもいいんじゃないか?」

「お前……珍しくいいこと言ってるな」

「珍しいは余計だ。ま、頑張れよ。弁当1つで伊達先輩の心が奪えるとは思えんが。万が一、いや億が一くらいの確率で居土先輩に逆転勝利したら、非モテの希望になるからな」

「くっそ、見てろよ。伊達先輩と結婚することになったら絶対式に呼んでやるからな」

「ハハハ、楽しみにしてるぜ」


 相野はそうなったら、式場で腹踊りしながらブレイクダンスしてやると笑う。

 完全にバカにされとる。でも多分それが世間の正当な評価なんだろうな。


 学校が終わり家に帰ってひたすら料理三昧。

 失敗作も捨てるのは気が引けるので食べ続けた。料理研究科とかに太った人が多いのは、そういう理由もあるかもしれない。流石に失礼か。

 雷火ちゃんが料理してるなら実況してくださいよと言ってきたので、彼女とボイスチャットを繋げながら、お料理状況を音声のみで実況することにした。

 しかしボイチャを繋げると、雷火ちゃんはひたすらダウン系な声で、「三石さんもう諦めましょうよ~」とか「ゲームしません?」とか、やたらと気を逸らす方向で話をしてくる。


「三石さん、スマブラやりません?」

「やりません」

「忖度しますよ? ドンキー縛りでやりますから」

「めっちゃ煽る気だな」

「道連れ落下するだけですから」

「あれやられるとめっちゃ腹立つよね――痛った!」


 話しながら調理していると、スパッと指を切ってしまった。


「痛ったぁ~」

「どうかしました? やめる気になりました?」

「ならない、ちょっと指切っただけだよ」

「えっ……大丈夫ですか!?」

「うん、大丈夫。皮切っただけだと思う」


 その割にはダクダクと流れてくる血。

 俺はすでに用意されている救急箱から消毒液とガーゼを取り出す。

 調理を始めてからというもの、傷や火傷がたえないので応急処置も慣れたものである。


「だ、大丈夫ですか?」

「こういう時に誰かに指を舐めてもらえるとギャルゲっぽいよね」

「三石さん何言ってるんですか、早く消毒して下さい。バイ菌入って腐って指落ちますよ」

「すごく恐いこと言うね」

「ちなみにわたしもそのシュチュエーションは萌えます。三石さんは指吸われる方と吸う方どっちが萌えますか?」

「難しいな、吸う方かな?」

「じゃあ今度わたし三石さんの家で料理するんでよろしくお願いします」

「何を!?」

「でもあれって、好感度がそれなりにないと吸った時点でビンタきますよ」

「だろうね、実際そういうシチュエーションがあっても絶対出来ないと思う」


 衛生的でもないし、普通に消毒して絆創膏か包帯巻いてあげるほうが好感度上がりそう。


「あぁでもそれを考えるとオタ同士のカップルっていいですよね。自分がやりたかったシチュエーションやり放題ですよ」

「ちなみに雷火ちゃんがやりたいシチュエーションは何?」

「そうですね、わたし的には好きな先輩にちょっと強引に抱きしめられながら、”君が俺の事を好きなのは知ってるんだよ”って囁かれたいです」

「成程、ワイルド系が好きなのかな?」

「ん~どうでしょう? わたしはワイルドっていうより、子安しやすさんとか縁川ふちかわさんみたいなキャラがいいです」


 オタクあるある。キャラではなく声優名で好みを伝える。


「なるほど、クール俺様系か」

「あっそれですそれです! しっくりきました。ルルーシュ君とかマスクヒーロー兜の天堂さんとか大好きですから!」

「なるほど、俳優で言うと水鳥みずどりヒロみたいな感じだ。雷火ちゃん結構面食い?」

「ん~そんなことないと思いますけど? その属性が似合うのがやっぱりイケメンになっちゃうって感じですね」

「確かに、ブサメンに”君が俺の事を好きなのは知ってるんだよ”って言われても、思い上がんなよってなるもんね」

「そこまで酷いことは言いませんが」


 苦笑う雷火ちゃん。


「まぁとにかく雷火ちゃんが俺に脈なしだってことはよくわかったよ」


 俺が2,3回生まれ変わっても水鳥ヒロにはなれないし、俺様系セリフなんか絶対言えない。

 茶化しながら卵をボウルの中でかき混ぜていると


「えっ?」


 ボイチャ越しの彼女は、一瞬きょとんとした声を上げ唐突に慌て始めた。


「いや、好みは好みですけど理想キャラ生物ナマモノは別物っていうか。水鳥ヒロさんと付き合えると思ってる女の子は一人もいないと言いますか。実際に付き合う人は、優しくて趣味に理解があってその趣味を一緒にやってくれると最高っていうか……」


 最後の方はゴニョゴニョ言って聞き取れなかったが、純情な感じがして可愛かった。

 ちなみにナマモノとはオタ界隈で実在する人間のことを指す。


「雷火ちゃんは本当に可愛いな」

「ふにゃっ!」


 ガタガタと何かが滑り落ちる音がスピーカー越しに聞こえる。


「大丈夫?」

「あぐらかきながらゲーミングチェアに座ってるんですけど、滑り落ちました」

「ケガしないようにね」

「あのですね三石さん、前にも言いましたけど女の子に対してそんな簡単に可愛いとか褒める言葉を使っちゃいけないんですよ。勘違いする子もいるかもしれないじゃないですか」

「そうかな? 雷火ちゃん可愛いと思うけど」

「ふにゃっ!」


 あっ、また落ちたな。俺はベーコンを切りながら、彼女の様子を想像して微笑ましくなる。


「あのですね三石さん、そんなこと他の女の子に言って勘違いされたことないんですか?」

「ん~中学生の時、同級生が可愛らしいリボンで髪をくくってたから、可愛いねって言ったんだ。そうしたら放課後呼び出されて、私○○君が好きだからごめんってなぜかフられたことがある」

「クククッ、マジですかその話?」

「マジマジ。その後、俺その女の子に告白したことになってて、一ヶ月間告白に失敗した可哀想な奴って同情された」


 その噂を流布したのは相野だが。


「悲しすぎでしょう」


 そう言う雷火ちゃんだが笑いをこらえきれていない。


「それ以降はちゃんと頭に○○が可愛いって付け加えるようにした」

「変なトラウマ植え付けられてて草ですね。失礼ですけど、オタクの人って結構笑える過去持ってる人多くないですか?」

「確かに自分の世界観を持ってる人が多いからね。話をしてみると面白かったりする」

「わたしも三石さんと話をしてると楽しいですよ」

「そう? ありがとう」


 俺は熱したフライパンに小さく切ったベーコンとといた卵を流し込んだ。フライパンからジュワーっと音がなり、良い匂いがする。


「三石さん、何でわたしのは通用しないんですか?」

「何が?」

「いや、三石さんと話すと楽しいって」

「あぁごめんね、オタクって敵意には敏感なのに好意には鈍感な気がするよ」

「全くです、お詫びとして今度どっか連れて行って下さい」

「うん、いいよ。今度同人誌の即売会に行くつもりなんだけど一緒に行く?」

「マジですか! 行きます行きます超行きます! わたしそういうイベント行きたかったんですけど、チキンなんでなかなか手が出なかったんですよ」

「行ったことはない?」

「小さいイベントには一回だけあります。ただ身内でやってます感が強くて、売ってる人もお客さんも皆顔見知りで疎外感を受けました」

「たまにあるね、そういうところで新規のお客さん獲得すればいいのにって思うけど。ちなみに何のイベントだったの?」

「と、刀剣円舞……」

「刀円か~、君やっぱイケメン好きだよね?」

「言われると思いました! 違いますから! 全部キャラとして好きなだけで、わたしの好みは優しくて普通の人ですから!」

「そんなに念を押さなくても」

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