第12話 オタは布教する
俺たちは撮影室を借り、最初の一枚だけという話はどうなったんだというくらい写真を撮りまくっていた。
俺としては各衣装一枚ずつと思っていたのだが、ついシャッターを切り続けてしまった。それと言うのも俺より火恋先輩の方がノリがよく、テンション高めだったのだ。
「先輩もう一枚いいですか?」
「ああ、構わない」
先輩はメイド服姿で様々なポーズをとってくれる。
結構キワドイポーズでも言うとおりにしてくれるわ、なんならこうしたらいいんじゃないかと自分でアレンジを加えてポーズをとってくれる。
そのキャラクターは前世では剣王と呼ばれる英雄で、性格は真面目で気高い王なんです。とキャラクターのプロフィールを教えていくと、一生懸命表情等を作ってくれた。
「剣王なのにメイドなんだね」
「そのへんは突っ込んじゃダメです。先輩次は両手でハートを作って、片足を軽く上げてください」
「こうかな」
素晴らしい萌え萌えキュンのポーズだ。若干顔が凛々しすぎるが、それもまた良し。
それからしばらくコスチュームチェンジを交えて撮影が続く。
「先輩、次そっちの黒い衣装いきましょうか?」
「もうこっちはいいのかい?」
今着ているのは、魔法少女リリカルサザンカちゃんの衣装だ。次の衣装はライバル役デスティニーちゃんの衣装だが、デスティニーちゃんの衣装は可愛いよりカッコイイデザインになる。
サザンカちゃんの大きいリボンやフリルを触っているところを見ると、火恋先輩はどうやら可愛い系の衣装の方が好きなようだ。
「先輩、じゃあその衣装でもう少しいいですか?」
「えっ? いや、別に次に移ってもいいんだが……」
「俺がもう少しその衣装で撮りたいので」
「そ、そこまで言うなら続けよう」
仕方ないと言いつつも先輩は嬉しそうに、小物であるステッキを格好良くクルクル回している。
「お店の人じゃなくて君が写真を撮るんだね」
カシャ
「本当は店の人に撮影してもらった方が綺麗に撮ってくれるんですけど、無理言ってかわってもらいました」
カシャ
「それは何故だい?」
カシャ
「勿体ないからです」
カシャ
先輩はシャッターを切るたびに、どこで習ったの? と言いたくなるポーズを披露してくれる。
「勿体ないとは?」
カシャ
「最高の被写体を撮れるんですよ。俺カメラのスキルは正直ないですけど」
カシャ
「自分の好きな人が可愛い衣装で写真撮らせてくれるなんて、その権利を誰かに渡すなんて勿体ないでしょう?」
「えっ?」
カシャ
「あっ先輩、今のなんか変な感じになりました」
とれた写真をデジカメのプレビュー画面で確認すると、その写真だけ先輩の表情が素に返っていた。
「先輩、顔、顔、サザンカちゃんじゃなくなってます」
「す、すまない」
持ち直した先輩はもう一度ポーズをとりなおす。
「先輩こういのって絶対頼んでもしてくれないと思ってました」
カシャ
「私もこんなことをするとは思ってなかったよ」
カシャ
「良い思い出が出来ました」
カシャ
「良い思い出というか、恥ずかしい思い出だな」
カシャ
「いや、良い思い出になったのは俺のほうなんで」
カシャ
「あっ……」
「ん? どうかしました?」
「いや、何でもない」
カシャ
「先輩、写真とか撮られるの好きなんですか?」
カシャ
「いや、こんなにたくさん撮られることは今までになかったし初めてだよ。写真なんて家族旅行の時に撮ってるくらいだ」
「まぁそれが普通ですよね」
ただデジカメに保存されている火恋先輩の写真を見ると、どんな時よりもイキイキしている気がしてならない。
シャッター音だけが響き、しばし無言の時間が続く。
何か話でもした方がいいだろうと思い、いい機会なので火恋先輩の個人的なことを聞こうと思う。
「先輩は進学するんですか?」
カシャ
「そのつもりだったんだけどね。家の話でどうなるかわからなくなってきた。もし早くに子を成すのであれば、学業どころではなくなってしまうだろう」
ですよねーと相槌を打ちながら俺はシャッターを切り続けた。
「妊娠したまま学業を続けても良いのだが、やはり万が一があるからな」
「……先輩はやっぱり凄いですね。俺がもし女だったとして、いきなり子供を作れと言われてもそんな覚悟できないですよ」
「常に物事というのは覚悟が出来た後にくるものじゃないよ。それを準備不足といって回避するのはただの逃げだ」
先輩マジかっけーす。サザンカちゃんのコスで、左手を腰にあて、右手を顔の横で水平スリーピースにしている萌えポーズをとっていなければもっと良かった。
「むしろ私は伊達家に産まれ、自分で相手を選ばせてもらっている分幸せだと思っている。私のような魅力のない女に君も居土君も候補なんて偉そうに、選定するようなことをして本当にすまないと思っている」
「その辺はお家事情なんでしょうがないですよ」
世界に名を馳せる伊達財閥が、婚約者候補を選ぶのは当然だろう。
俺がその候補に選ばれたのがおかしいだけで、火恋先輩にはなんの落ち度もない。
「それに……伊達先輩は魅力のある女性だと思います。いつも威風堂々という感じで、凛としています」
「そ、そうか……君の言葉はなんだか響くな……」
むしろ当事者である火恋先輩が一番きつい立場だろう。
自由に恋愛も許されず、俺か居土先輩の二択だけ。
ほんとはもっと相応しい人間がいたかもしれない。
――気づけば2時間近く、夢中で写真を撮っていた。
「先輩、じゃあこのへんにしましょうか?」
メイド服、サザンカコス、デスティニーコスの写真で記録画像データは200枚をオーバーした。
俺はお店の人にカメラからのプリントアウトを依頼する。
枚数が多い分時間がかかったが、先輩はその間また違うコスプレ衣装を見ていたので退屈はしなかった。恐らくよっぽど気に入ったのだと見える。
(デートにここ誘えばよかったかな)
意外にもウケが良くて、ちょっとした後悔。
それから俺は、印刷が終わり受け取った分厚い紙袋を先輩に手渡す。
「先輩一応同じの2セット焼き増ししてるんで、先輩の分これです」
「お、多いね」
「山ほど撮りましたからね」
「す、すまない」
「いやいやごちそうさまですよ」
先輩は恐る恐る封筒をあけると。
「ひゃう!」
なんて可愛らしい悲鳴を上げた。
「どうかしました?」
「こ、これが私……」
なんだかありえないものを見るようで、赤面しながらまじまじと写真を見ていた。
俺はクスリと笑いながら。
「先輩、楽しかったですか?」
それを否定できる材料が写真には写っておらず、全てキャラになりきった萌えポーズが写っている。
「……楽しくなかった、なんて言って誰が信用してくれるんだい?」
はぁっとため息を吐くと、火恋先輩は小さい声で楽しかった……と呟いた。
二人で店の外に出ると、俺はポンと手を打つ。
「そうだ、ほんのちょっとだけでいいんで待ってもらえますか? 先輩の家ブルーレイデッキありましたっけ?」
「ある……と思うが。確か妹が持っていたはず」
それは好都合。
俺は全力ダッシュでマママップに入り、
「あの、これリリカルサザンカちゃん第一シーズンのアニメブルーレイなんで、良かったら見てください」
俺は先輩にサザンカちゃんのブルーレイ第一巻を手渡す。
「いや、これは貰えない。さっきの写真撮影は時計のお礼で……」
「お礼をもらいすぎたので、多少の返還は必要です。それをきっかけに少しでもアニメ分野に興味をもっていただければ嬉しいです」
先輩は困りながらもブルーレイを受け取ってくれた。
「あの、もしこれ以降の話も見たいと言っていただけるなら、俺の家に全巻あるんでお貸しします」
「わかった、ありがとう。このアニメに今日私が着ていたキャラクターが?」
「そうです、可愛い絵柄ですけどゴリゴリのバトルものなんで、映像作品として楽しんでもらえると思います」
「わかった、見させてもらうよ」
「ありがとうございます!」
大きくお礼を言って、俺は先輩を駅まで送る。
彼女が駅の中に吸い込まれるのを見送ってから気づく。
「あれ? 俺何しに電気街来たんだっけ?」
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