第11話 オタは沼に引きずり込む
メイド服からアニコスまで幅広く取り揃えるコスチュームショップ【こすパラ】
店の中に入ると、内装はわりかしオシャレな服屋さんに見えなくもない。
かかっているBGMはアニソンで、店内にアニメキャラコスを着た店員さんが何人かいるけど。
「ご察しの通り、ここはアニメコスチューム屋さんです」
「そっ、そうなのかい?」
先輩は異次元空間を眺めているようで、脳の理解が追いついてないように見えた。
「先輩この中のどれかを着て、写真とらせて下さい!」
俺は両手にメイド服と、水着なのか制服なのかよくわからない衣装を持ってお願いする。
火恋先輩にコスを着てもらい写真を撮る。
相野なら男泣きしながらハラショーと言ってくれるだろう。学校の女子に見られれば、撲殺されること間違いないだろう。
最初から負けるレースを走らされる事になったんだ、好きな人のコスプレ写真の一枚ぐらい撮ってもバチは当たるまい。
「えっえっ?」
火恋先輩は戸惑いまくって、本来ならお前は何を言っているんだ? と一蹴してもいいお願いに対して。
「ど、どれを着ればいいのだろうか? 後衣装代はどれくらい?」
「レンタルなんで気にしなくていいです。好きなのを選んでいただければ!」
火恋先輩は戸惑いながら衣装を見ていくが、顔には好きなのと言われても困ると書かれていた。でしょうな。
「先輩、オススメとしましてはこちらのメイド服なんて非常にメジャーで、可愛らしい作りになっていますが」
俺はキモオタ全開でテンション高く衣装を選んでいく。
店の品揃えは非常に良く、その中でもメイド服コーナーは【アニメ、ゲーム、オリジナル等、メイド服だけで100種類!】とポップに大きく書かれていた。
「わ、私はこういうフリルの多い服は似合わないから!」
凄く恥ずかしがって突っ返そうとしてくるが、貴方が似合わなければ他に誰が似合うと言うのだ。
「着るだけでもいいんです! 無理だと思われたら見せなくてもいいんでお願いします!」
先輩は顔を赤くしながら「無理だ無理だ、私のようなデカイ女が!」と言っているが、俺にぐいぐいと背中を押されて更衣室に入っていく。
ちょっと強引すぎたかなと思いつつも、店の人にカメラの貸出を依頼する。
5分後、ようやく先輩が顔だけ更衣室のカーテンから出してきた。
「悠介君、これはない。本当にない」
「あっ、着れました?」
店員さんと雑談していた俺は更衣室の前に立つ。
「本当にこれはないと思うんだ」
「いやぁ、そんなんいいんで早く見せて下さい」
「君意外とSだよね」
恨みがましい視線を送られるが全く動じない俺。
「どうしてもきついなら、やめましょうか?」
一向にカーテンを開けてくれそうにない先輩。
もしかしてやりすぎて怒らせたかもしれないと、ちょっと後悔してきた。
大体アニメやマンガ知識のない一般人に、コスプレさせるっていうのはやりすぎだろう。
まして火恋先輩はお嬢様。いきなりメイド服着て写真とらせて下さいとか言われたら引くな。うん引く。
「君はまたそういう、やらせておいて困った顔をする……」
「すんません」
あぁ、変な熱が冷えて
オタのエゴを一般人に押し付けるって、一番やっちゃいけないことなのに。
「なんかごめんなさい、変なことさせてしまって」
俺は店員さんに向かって両腕をクロスさせバッテンを作る。
店員さんは残念そうに苦笑うと、候補に上げていたコスチュームを直し始めた。
「すみません調子に乗ってしまいました。ほんと申し訳ないで――」
「これでいいのだろう!」
謝罪しようとすると、先輩は吹っ切れたようにシャーっとカーテンを開く。
「…………」
俺と店員さんは絶句していた。
「な、何か言うなり、笑うなりしてほしい」
さぁ殺せと言わんばりに顔を赤らめてそっぽを向く火恋先輩。
パチパチパチ――
俺と店員さんは己のこみ上げる感動を拍手にしていた。
「何なんだ! 何で泣いてるんだ君は!」
「ハラショー、これが萌えなんですよ」
先輩の着るメイド服は黒と白を基調にしたエプロンドレスタイプで、胸元やスカートの各所にフリルがふんだんに使われたフレンチスタイル。
異常なまでに短いスカートに、美しい脚線美が引き立つニーハイソックス。
風が少しでも吹けば見えてしまいそうなマイクロミニのスカート下から白のガーターベルトがのぞいており、美しさとセクシーさを兼ね備えた、まさしく絶対領域と化していた。
背面腰部の大きなエプロンリボンも現実じゃありえないだろの一言だが、そのありえなさと現実感が絶妙で言葉で言い表すなら2,5次元の住人。
アニメキャラの具現化と呼んでいいかもしれない。
「最高です。ボキャブラリーが貧困で申し訳ありません。この言葉しか出てきません。SSRです」
先輩は勢いで出てきたのはよかったが、絶賛されると思っていなかったらしく耳まで真っ赤になっていた。
「この衣装背中あきすぎじゃないかい?」
背中を気にする火恋先輩。確かにこのメイド服のデザインは、背中の部分がぱっくりと見えるオープンバック仕様。俺も背中を覗き込むと。
「ぶっ」
思わず吹き出してしまった。ピンクのブラ線が丸見えになっている。
「先輩、最高です。この衣装で撮らせていただけるんでしょうか?」
「ん……ん~……」
火恋先輩は少し迷っているようだった。ただ恥ずかしいから嫌というよりかは、他にどんなものがあるか興味の方が強いようで、メイド服の格好のまま他の衣装を物色し始めた。
俺はすぐさま彼女の後ろに立ち、背中が見えないようにガードする。
「その、悠介君、この服は何かのキャラクターのものなのかい?」
「それは元々とあるゲームのキャラクター商品で、
「そ、そうなんだ。いろいろあるんだね」
火恋先輩はなるほどよくわからんという感じで、ぼんやり納得している。
本当はレンタル衣装着たまま他の衣装探すとかやっちゃいけないんだけど、店員さん嬉しそうだしいいだろ。
しばらく物色していると、店員さんから「このようなものもありますが?」と勧められてきた。
「おぅ、これは」
この可愛らしい衣装は魔法少女リリカルサザンカちゃんのバリアフォームジャケット。アニメコスはハードルが高いんじゃないかと思ったが、先輩は意外とノリ気なようでまじまじと見てらっしゃる。
「これはキャラクターものだよね?」
「そうですね。アニメのものです」
すると丁度のタイミングで、サザンカちゃんのアニメを店内で放送していた。
「あれですね」
「あっ、あれが……」
俺が指すモニターには、主人公のサザンカちゃん(10歳)がライバルのデスティニーちゃん(10歳)と死闘を繰り広げていた。
「まだ子供じゃないか。あれが人気なのかい?」
「えぇ……大きなお友達に」
俺は自身を恥じるように両手で顔を隠す。
「まぁ、アニコスはさすがにハードル高いと思うんで」
何よりサザンカちゃんの衣装は今着ているメイド服よりフリフリ度が高い上に、少女の可愛いらしさを追求したフォルムになっている。
さすがにこれをカッコイイ寄りの火恋先輩が着るのは想像できない。
「男性はこういうのを着ると嬉しいものなのだろうか?」
先輩は恥ずかしそうにアニメのサザンカちゃんと、手元にある衣装を見比べている。
「一概には言えないですけど、俺は嬉しいです。ただこれは多分オタク限定なんで、普通の人にやるとドン引きされます」
「そう……なのかい?」
「好きな人たちが、情熱をかけて好きを形にしたものなんで、サブカル分野に興味がある人にはバカウケですが、一般人には理解しがたいと思います」
先輩は意を決したように顔を上げると俺に尋ねた。
「君は
俺はその答えに対して。
「両方で撮りましょう」
別に二者択一にする必要はないだろう。
男らしい先輩は、手渡されたサザンカちゃん
「3着行こう」
と腹を決めた。カッコ良すぎです先輩。
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